八話 取り憑いた『モノ』
「軽音部が今年もやるつもりです!」
女子生徒の叫び声は響き、そこにいた全員を驚かせるのには十分だった。
「まったく……今年もか? 飽きない連中だ」
先生は額を抑えゆっくりと立ち上がる。
「行くんですか?」
悠太は先生の行動を目にし、教師という立場を嘲笑うように問いかける。
「あぁ。伊達に生徒指導部にいるわけではない」
深い嘆息。
面倒事が嫌いな先生はやっとの思いで一歩を踏み出す。
「そうだ……戻らなかったら時間で解散してくれ」
「わかりました」
日向は笑顔で返事をし、手元のメモをポケットに隠した。
「しかし妙だな……いや、行けばわかるか」
先生は頬を掻きながら軽音部のもとへ向かった。
「よし! ゆーた頑張ろーか!」
先生の背が見えなくなったのを確認し、飛ぶように振り返った日向は拳を突き上げた。
「待ってくれ……変だ」
深刻そうに俯き、考えを纏める。
「ふえ?」
張り切って上げられた拳の下ろし時を見失い、戸惑う。
「あまりに行動が早すぎる。何を企んでいる?」
「……ゆーた?」
「まぁ首を突っ込むこともないか。続きをしよう、日向」
「う、うん」
悠太は思考の中に無駄が混ざるのを嫌い、切り捨てる。
話を戻し日向との時間を、空間を堪能する。
しかし、その中で先生を心配する気持ちが蠢き、何度も何度も振り払うのであった。
「浅い判断だね?」
静かに声を出す。
先生は生徒指導室にて男子生徒ふたりを叱責していた。
「すみませんでした」
先生達から見て右で正座をするのは鈴木という軽音部に所属する生徒。
ツーブロックの髪形に着崩された制服。
模範生徒とは言い難い人間。
「これで全てかい?」
「……はい」
机の上には花火が無造作に置かれている。
先生は正座をするふたりの男子生徒に花火を一本ずつ突き刺した。
「浅いなぁ……宮下? 進路どうこうではなく人間性を疑うね。その能力……使い間違えるなよ?」
今回の事件の首謀者である宮下は燃焼系の有潜在者だ。
皮膚と皮膚の間五センチメートルにおいて火を発生させることができるのだ。
「わかりました」
厳重注意の後、ふたりは帰された。
「これは中世古を頼るのも吉かね」
先生はそう呟き、機嫌を悪そうに花火を一本折った。
他の先生に関しては深い憤りを隠しきれずにいた。
「『月鳥神の最期』かぁ……」
バスに揺られながら日向は一冊の本を取り出した。
『月鳥神の顕現』。
「月鳥神はこの『街』に月の姿を示し、崇拝させるために雲を晴らす。これは前節にて記した通りである。ではその姿を隠す雲は何処に消えるのか? 答えは月鳥神の中だ」
第八節の『月鳥神の最期』を自然と口に出しながら読む。
「雲を取り込み続けた月鳥神は、内側の雲に身体を支配され自我を失った。雲を晴らさず、『街』を雲に包み大災害を齎した。そして守護者である『烈』の手によって……殺された」
日向の脳裏に烈の姿が浮かんだ。
「烈が……月鳥を」
今の状況では自分が悠太を殺すことになるのだろうか?
そんな思考が頭を埋め、悠太の死という最悪を想像し苛まれる。
「うぅぅぅ……ゆーたぁ……」
バスの中で一人頭を抱える日向は、周りから引かれていた。
「さて、本日の部活を始め……たいところなんだが」
先生は意気揚々と部活の開始を宣言しようとしたが、途中で自身により止められた。
「どうしたんですか?」
日向は流れを崩された理由を聞いた。
「私は軽音部の件で席を外す。代わりに多氣を置いていく」
勢いをつけ立ち上がった先生は、右手側にいた修慈を指した。
「人のことをモノ扱いしないでください」
「有能な人材として扱っているつもりだが?」
「本当にそうですかね? ならいいんですが……。とりあえず、今日は俺が月研の顧問代理となる。よろしくな」
「はぁ……よろしくお願いします」
悠太はふたりのコントじみたやり取りを傍観し、適当に返事をする。
「じゃあ先生は軽音部のところへ行ってきますよーっと」
両手を頭の後ろで組み、先生は美術室を後にした。
「さて、今回は『雲晴らし』の原因について考えてみようと思う。みんなはどう思う?」
先生の退室後、一定の間をおいてから修慈は部活を開始する。
「私は有潜在者のせいだと思うけど?」
美嘉は頬杖を突きながらそう答えた。
「どうしてそう思う?」
「それ以外に説明がつかないからよ」
修慈の質問に対し、美嘉は片手をひらひらとしながら溜め息とともにそう答えた。
「……本当に月鳥神が存在したら?」
口角を少し上げ、一瞬悠太を睨んだ。
「っ!」
悠太の背筋が凍った。
驚嘆と恐怖。
鼓動の速度が速くなり続ける。
「月鳥神? 神がいるとは思えないわよ?」
鼻で笑いながら美嘉は神の存在を否定する。
「無宗教か?」
「でなきゃこんなセリフ言わないわ」
「だろうな。だが神がいなくとも、その存在が取り憑いていた可能性は否定できない」
「取り憑く?」
「憑依系の有潜在者だな。この本を見てくれ」
修慈は一冊の本とファイルをバッグから取り出した。
「これは?」
「有潜在者に関する資料だ。憑依系の有潜在者について書かれている……つまりは月鳥神が憑依している有潜在者が存在している可能性はゼロではないんだ」
「でもそんな有潜在者が月鳥町にいるという話は聞いたことがない」
悠太は焦り気味に否定を飛ばす。
「そうだな。だが、俺達が知っていることが全てではない。有潜在者であることを隠す人間は少なからず存在する」
自身の超能力を隠す人間は少数ではあるが存在する。
理由は様々。超能力が社会に適合しない、強力過ぎる、他の人間に認識されない、本人が隠蔽することを望んだ……等々。
「憑依系という特殊な有潜在者なら隠したくなる気持ちも大いにあるだろう。まぁ……これは推測だがな」
その時、修慈は日向に視線をぶつけた。
否。
日向の内側に宿る、誰にも知られないはずの烈と視線が合ったのだ。
「先……輩?」
「いや、なんでもない。今回の協力としてはここまでだ。ここからは君達で頑張れよ」
そう言い、修慈は椅子に腰を下ろした。
ポケットから文庫本を取り出し、しおりの位置から読み始めた。
「じゃあ……始めよっか?」
修慈の姿を確認し、日向は苦笑いをしながら部長として行動を始める。
「はいはーい」
「うい」
「じゃあ原因の究明をして行こうと思うんだけど……」
言葉がそこで終わり、笑顔を咲かせた日向。
「どうした?」
途中で止まった台詞に疑問を抱き、悠太は日向の顔を覗く。
「部活らしく役割分担しませんか?」
「あー……その方が効率的だな」
「いいんじゃない?」
ふたりの賛同を聞き、笑顔はより咲き誇り、目がキラキラと光りだす。
「よしよし! 部活だよ! 部活らしくなってきたね! 月研も軌道に乗って――」
「――美術部はここですか?」
日向がテンションを上げ、拳を突き上げようとした刹那、突然の来訪者によってその行動は止められた。
「へ?」
黒い長髪を腰の高さまで垂らした背の低い少女は、美術室の前でおどおどと声を上げたのだ。
「菖蒲雪姫です! 美術部に入部しに来ました!」
勇気を振り絞り、雪姫は美術部への入部を求めた。
そう。
今は廃部となった美術部に。
こんにちは、
下野枯葉です。
先週と今週の土曜日に過酷なことがありまして……。
日曜投稿きついなぁ。と思いながらなんとか投稿できました。
来週は何もないことを祈ります。
さて、今回は学校祭に向けて色々と進めています。
まぁ、順調にはいきません。
フィクションですからね。
ただ、道筋が大きく決まってきました。
悠太、日向、美嘉……そして修慈は『雲晴らし』の真実をどうするのでしょう?
自分でも楽しみです。
今日は手短に済ましますね。
では、今回はこの辺で。
最後に、
金髪幼女は最強です。