38『国務省前のドラマ』
真夏ダイアリー
38『国務省前のドラマ』
「いやあ、真夏君のお陰で、時間通りに渡すことができたよ」
野村大使は、国務省玄関の階段を降りながら、横顔のまま言った。
「ハル長官の慌てた顔ったら、なかったね」
来栖特別大使も後ろ手を組ながら、愉快そうに応じた。
「前を向いたまま聞いて下さい」
「……?」
怪訝な顔をしていたが、二人の大使は、話を聞く体勢になってくれた。
「あと、三十分で、真珠湾への攻撃が始まります」
「そんなに際どいタイムテーブルだったのかね!?」
「足を止めないでください、来栖大使」
「真夏君は知っていたんだね」
「はい、訓電をアメリカに渡すまでは、話せませんでした。アメリカは事前に知っていましたから、真珠湾への攻撃を、どうしても、日本のスネークアタック(だまし討ち)にしたかったんです」
三人は、国務省の前で、大使館の公用車が来るのを待った。
「それで、あの記念写真を撮ったんだね」
野村大使が、含み笑いをしながら言った。
「野村さん、周りにご注意を……」
来栖大使が、笑顔のまま注意した。
わたしたちの周囲は、不自然に立ち止まったままの男たちが、三十メートルほどの距離を置いて立っている。
やがて、公用車がやってきた。
「すみません、運転代わってもらえません。あなたには、わたしたちが乗ってきた車を運転していただきたいの」
「君……なんのために?」
「お国のために」
わたしは、なかば引きずり出すようにして、運転手を降ろして交代した。
「大使、衝撃に備えてください」
そう言うと、わたしはアクセルを一杯に踏み込み、少しハンドルを右に切った。
「真夏君、なにを……!?」
ドン!
次の瞬間、公用車は歩道の消火栓にぶつかり、壊れた消火栓から派手に水が吹き上がった。
プシューーーーーーーーー!
「大丈夫ですか?」
「ああ、しかし、なぜ、こんな事を……」
予想通り、交差点の角にいたお巡りさんがとんできた。
「なんだ、君か?」
そのお巡りさんが、シュワちゃん似のジョージ・ルインスキであったのは想定外だった。ジョージのことは、このダイアリーの№35に書いてあるわ。
「ごめんなさい、ジョージ。こんなことで、あなたと再会するなんて」
「外交官特権があるから、強制はできないけど、署まで来てもらえるかな?」
「ああ、かまわんよ。過失とは言え、アメリカの公共物を壊したんだ、大使として責任はとらせてもらうよ」
野村大使が困ったような、それでいて目は笑いながら言った。
「あ、大使閣下ですか。本官の立場をご理解いただき恐縮です。まず、事故状況の書類を簡単に書きますので、サインを……」
そのとき、不自然に立ち止まっていた男の一人がやってきた。
「大使は、重要なお仕事で来られたんだ。お引き留めしてはいけない」
「いや、しかし……」
「さ、早くお行きになってください」
「でも……」
「これは、国務省の要請です。あと三十分もすれば、大使館も賑やかになる。そうじゃありませんか?」
その男は、にこやかに、しかし断固とした意思で言った。
「じゃあ、ジョ-ジ・ルインスキ巡査。またいずれ」
「ああ、マナツ。言っとくけど、オレは巡査じゃなくて二等巡査部長だ。覚えとけ」
「ジョージも、この事件覚えといてね。1941年12月7日午後1時12分!」
「ああ、いずれ消火栓の修理代もらいにいくからな!」
「オーケー!」
「早く行け!」
国務省のオッサンの一言で、わたしは車を出した。
「これだけ、印象づけておけば、問題ないでしょう」
「あれが、言ってたお巡りさんかい?」
「ええ、素敵なポリスマンでしょう」
「なかなかの、国際親善だったね」
「いいえ、来栖大使には負けます。奥さんアメリカ人なんですものね」
「いいや、アメリカ系日本人だよ」
「真夏君は、一人娘だね」
「はい」
「どうだね、ああいうのを婿にして、アメリカ系日本人を増やすというのは?」
真夏は、あてつけに、車を急加速させた……背景にはワシントンの冴え渡った冬の青空が広がっていた。




