37『アメリカ国務省』
真夏ダイアリー・37
『アメリカ国務省』
「暗号文のままでいいのかね……」
来栖特命大使が、最初の訓電を電信室から持って現れた。
「解読の時間が惜しいです。訓電は十四部にもなります。着き次第わたしにください」
「しかし、熟練のものでも解読するだけで二十分はかかるよ。十四部ともなると……」
そういいながらも、真夏の目力に押されて、来栖大使は訓電の暗号文を渡した。真夏は、スキャナーで訓電をなぞると、モニターに解読された平文になって現れる。
「おお……!」
野村、来栖両大使が同時に声をあげた。
「海軍の、最新解読機です……あとは……」
真夏は、印刷実行のアイコンをクリック、十秒ほどでプリントアウトされて出てきた。
「こんな高性能な暗号機が、あったんだね」
「大使が、海軍におられたころとは、かなり進歩していますの」
「しかし、これがアメリカの手に渡ったら、機密も何もあったものじゃないなあ」
二枚目の解読済みの訓電を見ながら、来栖大使が唸った。
「セキュリティーは完全です。この機械は、わたしの顔と音声と指紋を認識して、初めて起動します。他の人間がやっても、作動しません」
十四部の暗号化された訓電は、十分ほどで正規の書類として、揃えられた。
「え……最後通牒じゃない!」
最後の、第十四部を読んで、真夏は声をあげた。
「交渉打ち切りの訓電だね」
野村大使が、無表情に言った。
「大丈夫、国際的な慣例では、十分に最後通牒として通用するよ」
そう言って、来栖大使は書類をまとめた。
「付則があります。午後一時にアメリカ側に手渡すように……とっくに、暗号は解読されているのに」
「国務省にすぐ連絡しよう。今は十一時、十分時間はある。来栖さん、お願いしますよ」
「一時間後に発てばいいでしょう。ピッタリでつきます」
「すぐに出ましょう。国務省に着くまで、どんな妨害があるかしれません。アメリカは、すでに同じ電信を傍受しています。解読されてからでは遅いです」
真夏の一言で、そう決まった。車も、大使専用車をやめて、アメリカ人大使館員が故障のため、置いていった私用車を使った。
「真夏君、この車は故障しているよ」
「一分で直します。公用車は一時に国務省に回してもらえるように指示してください」
真夏は、アナライザーで故障箇所を見つけると。アナライザーをリペアに切り替えて、あっという間に直してしまった。
「真夏君、方角が違うんじゃ……」
後部座席で、身を隠しながら来栖大使が呟いた。
「怪しまれないためです」
ブロンドのウィッグを着けた真夏が答えた。
「公使館の前に、フォードのセダンがいたでしょ。あれ、OSS(CIAの前身)です。運ちゃんにウィンクしときました」
ワシントンDCをドライブしたあと、日本大使館とは逆方向から、真夏は国務省に車を着けた。
「お約束より、少し早いんですけど、ハル長官にお目に掛かりたいんですが」
「え?……少々お待ちを!」
秘書官は慌てた。なんせ、日本大使が大使館を出たという情報が届いていないのだ。
「OSSの連中は、なにをやってるんだ……」
秘書官のボヤキは、真夏たちにも聞こえた。二人の大使は苦笑いした。
「準備が整うまで、しばらくお待ちください」
秘書官は、もどってくると外交的な頬笑みで答えた。
「わたしたちが早く着きすぎたんだ、待つとしようか」
野村大使は、廊下の椅子にくつろいだ。
「アメリカは、もう暗号を解いています。あくまで日本のスネークアタックにしたいんです。長くは待てません」
「ハルは大丈夫」
「そんな男じゃないよ」
気の良い二人の大使は、口を揃えてそう言った。
「秘書官、わたし、着任したての大使秘書なんです。お時間かかりそうだから、記念に写真とらせてもらえません?」
「それは光栄だ、じゃ、ミスマナツ、こちらへ」
向こうも時間稼ぎになると思ったのだろう、すんなり誘いに乗った。
「貴方みたいなナイスガイと撮ったら、親が誤解しそうなんで、大使、真ん中に入っていただけます?」
「ああ、いいとも」
「来栖大使、シャッターお願いします。時計と日めくりが入るように……」
三人で撮った写真には、1941年12月7日午後12時50分という記録が残った。
時計が一時をさした。
「ケント、約束の時間。お願いもう一回……」
「あ、ああ、聞いてみるよ……」
秘書官が、長官執務室に入った。
「今です、大使!」
真夏は、大使の背中を押した。閉めきる寸前のドアにぶつかるようにして、野村大使は長官の執務室に入った……。




