異世界からの帰還と日本の変遷その2
―1年。そう、たった1年である。
俺が日本を留守にしていたたった1年の間に、日本に何が起きたのだろうか?
伺い知れるのは、激変としか言いようがないほどの変化が日本に―日本社会、いや日本人全体に―起きたのだという事だけだった。
地獄に堕ちるのは俺だけで十二分に過ぎると言うのに、皆が皆同じ地獄へ堕ちてくる選択をするとは、俺には正直言って半ば信じ難い出来事であった。
・・・まぁいいだろう。地獄へ先に堕ちて皆が堕ちて来るのを待っているというのも、死後の世界とやらでの楽しみにしておくことにする。
ロクに信じてはいない神様に対して祈るのは、せめてその際に苦痛なくこの世とやらにおさらば出来るようにしてもらいたい。
という事だけである。俺の祈りは・・・それだけだ。
―2024年・9月15日・日之崎剣十郎の日記より―
2024年、9月15日。高校の時にクラスメイトだった連中と会う為に訪れた日本。
鹿苑寺市に立つ豪邸、桐山邸に足を踏み入れて俺を出迎えたのは、1年ぶりの再開を心から懐かしむクラスメイト達の声ではなかった。
俺を出迎えたのは、かつてのクラスメイト達が殺気立った表情で俺に向ける拳銃の銃口、銃口、銃口だった。
俺をここまで運んできた大牟田でさえ、申し訳なさそうな顔で俺に拳銃の銃口を向けている辺り、
制裁を通り越して陰惨な私刑―リンチーのように思えてしまうのは何故だろう。
仕方なしに俺は両手を頭の上に置いて、クラスメイト達と交戦する意思がない事を示すサインを送った。
修羅場に慣れている俺でさえ、多勢に無勢という言葉ぐらいは知っている。
「罠にはめられた、という事かな?大牟田?」
俺が当然の如く湧いてくる疑問を大牟田にぶつける。
「済まない日之崎、こうする他になかったんだ・・・」
申し訳なさそうに大牟田が俺に詫びた。何だってんだ、いったい全体今日って日は!?
「日之崎・・・何故だ!?」
銃口を向けながら俺に対する非難めいた声を発したのは、
クラスメイトにして生徒会長を務めていた黒目黒髪のすらっとした長身の優男―名を冠越寺源之助という―だった。
「何故、今更になって現れた!?何故・・・あの事件が起きた時俺たちのそばに居てくれなかった!?
いつもお前は、最悪の状況からでも最善の結果をつかみ取ってくれたじゃないか!―何故あの時そばに居て皆を救けて(たすけて)くれなかった!?」
どうやら俺は、半年前に日本に襲い掛かった未曽有のテロ事件の発生時、その場に居合わせなかった事を非難されているようである。
「言っちゃ悪いが、襲い来る危難を自力で乗り越えられない程度の力量の人間なら、あの世とやらに行くのが少々早くなったに過ぎん。
それにこれも昔言ったはずだな、俺は未来から来たネコ型ロボットじゃあないと」
「意外と冷酷だなお前は!流石は戦場で育っただけある!」
口をすぼめて非難の語気を強める冠越寺。
「それに、高校で3年間過ごして俺が改めて感じたのは、俺だけ皆と違う・・・という劣等感だった・・・!!!
殺人を好み、破壊を好み・・・敵を殺める事でしか己の生を実感できない冷酷な性格をした人間なのだ、というな!!!
普通に平和な日本に産まれ、平和・平穏を享受して育ち、戦争を知らずに生きてきたお前たちとは決定的に違うんだ!!!違うんだよ・・・!!!」
と俺は俺自身を唾棄するかのようにひと息で言い捨てて、冠越寺と彼の持ち、俺に向けている銃の銃口に向き直った。
「・・・そんな!そんな事は・・・!!!」
「そんな事は違う、とは誰にも言い切れまい。
少なくとも俺は俺自身をそう評価している、いや、せざるを得なかったんだ・・・」
言いよどむ冠越寺に、俺は頭の上に上げていた両手を下げ、向けられた銃口を下げた。
同時に波が引くように、俺に向けられている銃口たちがリノリウム張りの床に向かって下がっていく。
「そうではない、とは誰にも言い切れまい。
実際戦場にいた俺が平和な日本で出来得る事なんて、戦場と同じで殺人と破壊しかないんだよ・・・
ただ、銃社会になってしまった日本で、お前たちがこれからいつも通りに生きていけるよう、
アドバイスする事くらいは出来るだろう。
皆、床に持っている銃を置いて、俺にお前たちの選んだ銃がどんなものか見せてくれ」
俺が穏やかな顔をして皆に言うと、クラスメイトたちが皆、床に銃を置き始めた。
俺はそれをまじまじと、目を皿のようにして眺めて回る。
「・・・お前らなぁ・・・銃器メーカーがバラバラなのはともかく、何で使っている弾薬の口径までバラバラなんだ?」
これで半年も生き残ってこれたのが不思議でならないぞ、と俺は言葉を付け加えて肩を大げさにすくめてみせる。
弾薬の共有が出来ていない状態で銃撃戦が発生した場合、生き残れる可能性は限りなくゼロに近くなると言い切ってもいいだろう。
用兵の鉄則と言うよりも戦闘の初歩さえ知らないクラスメイトたちの無知さ加減に、
俺はつい先ほどまで感じていた自分自身への理不尽な仕打ちに対する怒りを忘れ、呆れにも似た感情を抱くのだった。
「特に井ノ上!いくら特殊部隊の人間だからと言っても、45口径の銃を普段から持ち歩くな。
9mmパラベラム弾を使う銃を普段使いの銃にしろ」
弾薬の共用が出来ない状態で万一銃撃戦にでもなったら、死ぬのが確定しかねない。
これは降りかかる火の粉を払う払わない以前の問題である。
銃器メーカーの好みはあろうが、弾薬だけは共通のものを用いておく方が精神衛生的にも安全的にもいいだろう。
・・・と言って俺はショボーンとしてうなだれるクラスメイトたちに改めて向き直り、それぞれ銃を拾ってホルスターに収めるよう促した。
ノロノロと、クラスメイトたちはそれぞれの所持している銃を床から持ち上げ、懐のホルスターに収めていく。
「いいか、これから俺は1ヶ月に1回、レムリアから日本に帰ってくる事にする。いいか、1ヶ月間、お前たちに猶予期間をやる。
それまでの間にお前たちは最低2000発は銃を撃って身体に銃を馴染ませ、5m先のマンターゲットの胴体部に必ず命中弾を与えられるようになれ。
まかり間違っても俺みたいに頭や手足を狙おうなんて思うんじゃないぞ、お前たちが狙うのは胴体だけで充分だ!
あとイヤホンをして街中を歩こうなんて自殺行為はやめろ。
街を歩く時は全神経を緊張させ、周囲を警戒し、耳を澄ませるんだ。
スライドの摺動音がしないか?ハンマーをコックする音がしないか?金具が切れる音がしないか?
耳から入ってくる情報も重要になってくる。イヤホンをつけて音楽を聴くのは自宅に居る時だけにするんだ。
分かったな?分かったら返事をしろ!!!」
語気を強めて言う俺に、クラスメイトたちは消え入りそうな表情を浮かべ、か細い声でめいめいに返事を返してきた。
これで一寸先は闇の銃社会を生きていこうと言うのだから、俺はクラスメイト達の先が思いやられてならない気分になって仕方ないのであった。




