第三十二話「二度目の夢」
街が少し騒々しいが、どうしたのだろうか?
あいにく、私はアーデルの代わりに仕事頑張ってるし、外の様子は見に行けない。にしても、マーリンったら私を悪魔と勘違いするなんて酷いものだ。確かに私の体は人間から能力により進化を遂げさせたけれども、悪魔ではない。そもそも大地の魔力は私のものではなくてフェアツェルトから借りてたものなのだから、これが元々の私の魔力なのだ。そこを勘違いしてる。
だから、早く誤解を解いてまた皆で楽しく暮らしたいのだが、癖で能力を発動したことをきっと怒ってるんだろうな。もし、あのとき使わなかったらここまで捻れることも無かったかもしれない。どちらにしろ、魔力に気付かれ誤解はするだろうけど、説明する時間くらいは与えて貰えたかもしれない。そこは失敗だった。
でも、この能力は多分、この世で一番強い。だから、この力を使って人と悪魔の共存だって可能なのにな。ある意味、それを願ったからこそ、手に入れた能力かもしれない。なんたって、マーリンは私を魔神と勘違いしたということは、脆弱な私の元々の魔力をそのレベルにまで到達することができる程の能力ということだ。記憶の無かった頃の私は時間的問題点から仕方がないという理由で悪魔を殺してしまってたが、これからはその必要など無くなる。どうしようもない屑や外道ならその道を私の能力によって正せば良いのだから交渉という面倒な手順が省略出来るのだ。正に私の為の私という存在を現したスキルだ。
そうこう考えてる内にあっという間に書類が終わってしまった。部下を待機させてるし、飲み物でも持ってきてもらおう。
「ナルヘー?珈琲持ってきてー。」
「ほらよ。」
私の仕事量を見て、既に作っていたようだ。何とも気の利く対応だ。そういえば、確認はしていなかったが、彼女はアーデルの秘書かそれに準ずる者と見ていたが、実際にそうなのか不明だ。後で確認しておこう。
「ありがとう。」
反射的に礼を言ったが、明らかに男の声であることがわかった。
差し出された熱々の珈琲を一口飲んだところで、それを差し出してきたグランダへと意識を移す。そのごつい手を出された時点で魔力探知し、何の魔力も感じ取れなかったことから男で探知を弾ける程度の実力者はグランダしか知らない。
グランダと決めつけた上で顔を窺ったが、予想通りの相手だ。ならば、この珈琲に何か入れられてるかもという考えにも至ったが、自分に掛けた魔術によって薬関係は効かなくなっているので、気にすることなく口に付けたのだ。最悪の場合、死んだとしても蘇生させることなど容易だ。扉の方を見てみると、部下が居ない。つまり、この男が何かをしたということだが、一体何をしたのだろう。少なくとも私はこの男のことを何も知らない。
とりあえず、お礼という名目の上で手を差し伸ばす。すると、何の危険も顧みず普通に握手してきた。最強の男といえどこの能力の前には無意味。曼荼羅障壁すらもすり抜ける。能力を発動した瞬間、不思議と手の感覚が消えた。自分の握手していたはずの手を見てみるとレケの手は消えていた。切断面は完璧に肌で覆われていて、まるで最初から右手など存在しなかったかのように消滅した。その何とも言えない奇妙な現象に膨大な知識の中からグランダの能力を推測する。何かしらの対象となったときその相手に対して発動するタイプだろうか。しかも、これは単に手を消滅させたのではなく、存在の消滅?もしかすると、私でなければ無くなったことにすら気付かなかった可能性も有り得る。
「おいおい、何してんだよ。俺に勝てるわけないだろう?少しは思い知ったか、バーカ。」
余裕の笑みで少し子供っぽさがありつつ罵られる。だが、自分に対して能力を発動し、失くした手を元に戻す。
「へぇ、それがアーデルちゃんの愛剣を書き換えた能力ってわけか。事象系能力者は久し振りに見たな。懐かしいもんだ。」
堂々とレケの前で昔の思い出に感傷に浸るが、レケも流石に何度も手をふっ飛ばされたく無いので触れない。非常に心に来るものがある。まさか、自分の更に上に行く者が居たとは思いもよらなかった。それに自分の能力が使えない上に攻撃も出来ないのは辛い。ただの戦闘馬鹿と評価してたのは不味かったらしい。間違いなく彼が最強と認めざる得ない。だが、いつまでも最強で居させる気も無いのは間違いない。既に計算は開始した。
「それでギルマスさんが何の用かしら?」
「そうそう、嬢ちゃんの能力を解除するようギルマスとして忠告に来たわけだ。してくれる?」
「嫌と言ったら?」
グランダの持つ謎の能力がわからない以上、あれを全身に食らったらどうなるかはわからない。最悪消えてしまうかもと思い自分に対して次々と能力を行使する。あくまで気付かれないようにやっていたつもりなのだが、バレバレだったらしい。
「おいおい、そんなに警戒しなくても消したりしねーよ。でも、残念だなぁ。このまま平和的解決をしたかったんだが……」
グランダの言葉が終わると共に微かにグランダの口元が動いた。その動かし方から予測するに「発動」と言ったのだろう。それの効果はすぐに現れる。周りの時空が引き伸ばされていく。空間という存在が目視できるこの現象はアーサーの使っていた転移に近いものを感じるが、その後すぐにレケの意識は奪われた。
………。
………………。
………………………。
気が付けば二人は場所を移動していた。
レケは病室で眠りについていた。そこにグランダが近付き、魔術を発動する。普通の魔法陣と違って、何重にも複雑に魔術式がレケの中に刻まれていく。その術式機構が動き始めると共にグランダの魔力が尽きるまでそれは永久に動く。だが、接続は切ったので流しこんだ分が無くなれば勝手に解除されるだろう。
《掠れ逝く現》+《掠れ逝く現》=《永久に不変の其の魂》
「これで1週間から1ヶ月位には伸びただろ。本当なら16年は眠りから覚まさない筈なんだけどなぁ。ま、これで約束は果たしたぞ。さぁて、もう一眠りすっかぁ。」
そう言って、欠伸しながら病室から普通に歩いて出ていく。出ると共に廊下ではなく自分の個室へと歩いてったので誰にも気づかれることはない。まるでその病室の扉と遥か遠くにあるグランダの部屋が空間的に繋がってるかのようではあったが、その後誰が通ってもグランダの部屋へ着く者は居なかったり。
アーデルは愛剣の力を失っておらず、それどころか業務に励んでいる。マーリン達は今日もレケが目を覚ます日を待ち望んでギルドへと向かう。先程までの街の騒々しさとは違い、活気に溢れている。先程までのあれは夢だったのだろうか?夢などではない。確かにあった現実だ。だが、レケの記憶は目を覚ます前のままだ。
それから8日後の夜。ウィンド達にとっては、狼王に負け、三人の女戦士に助けられた後の話。アセトはベッドで寝かせて、ウィンドはとある植物や木の実を採取しに行った。ウィンドは今日の負けから反省点を考え、その結果アセトを完全に掌握することを決めた。洗脳もまだ深層心理までは侵食できず、少し手間取ってるが一気に進めて連携プレイの技術を高める予定だ。本来なら彼女の意思を尊重しつつ研鑽したかったが、彼女はレケを取り戻す為に必要な駒でもあるのだ。時間は掛けてられない。多少強引でもこちらの動きに合わせてもらおう。
一方、アセトは眠りから目を覚ましていた。ぼっーと天井を見詰め、さっきまで何をしていたのか何となく思い出す。すると、狼王に負けた自分のビジョンが映し出された。それにより自分はウィンドより先に地に伏したということを実感する。そして、ウィンドは少なくともこの部屋には連れて来られる程度には余裕があったのだろうと推測。
起き上がろうとしたとき、体に異変がないことからAランクの人にでも助けてもらったんだなと理解した。だが、精神的な疲れが体を重くさせる。少し躊躇いつつもやっとの思いで立った体はふらふらとソファーへと向かった。倒れるようにソファーに体を預ける。そこで初めてこのソファーが割と硬いことに気付く。こんなとこにいつも寝かせていたのだとウィンドの顔が脳裏に浮かぶ。そのままソファーから漂う微かなウィンドの匂いに誘われるままに大きく鼻から息を吸い込む。それは甘美であったが、渇いた喉に当たると共に、自分は喉が渇いてることに気付いた。
またもや重いその体をなんとか持ち上げ、キッチンへと貯蓄されていた紅茶をコップに注ぐ。この紅茶もなんだかんだウィンドが自作したものでいつの間にかウィンドの全てが気に入ってたらしい。ただ、そんな気持ちなど今は感じることなく、一度わかってしまった以上極端に渇いてきたその喉を潤す為に紅茶を一気に飲み干す。喉に通るそれこそが今の私の求めていた飲み物だと充実感が湧いてくる。喉のイガイガした痛みは取れたが、体はまだ紅茶を欲しがっている。甘いケーキのように病みつきになっていることは重々承知だが、もう一度だけ注いであおった。これで最後だと自分に言い聞かせて、その紅茶が入った容器を自分から遠ざける。
体にまだ疲れがあるのでウィンドが帰ってくる前にもう一眠りしようとベッドの方へ歩いていくと、ドアがノックされた。本来なら無視してそのまま眠ってしまいたいが、アセトの性格上一度聞いてしまうと落ち着かないのだ。それの対処をせねば、その後も後悔という形で変に残ってしまう。だから、少し息苦しいこの気持ちを解消する為にも怠いその体に鞭を入れ、扉を開けに行く。
そ子にいたのは白い学生姿の男の子だった。身長的にはアセトより10cmくらい低い男としては相当小柄でショタと言ったほうが良いだろう。その優しげな表情と瑠璃色の瞳に茶髪はアセトの好みど真ん中で今でなければ抱きついてたかもしれない。偶然にもこちらの精神力はあんまり無いので、抱きつこうとは思わず、早く寝る方を優先している。
「あ……あの………すみません!」
「はい?」
「その……よかったら………ですけど、一緒にパーティ組んでもらえませんか!」
一週間ももう経っているというのに今更パーティの募集をしてるとは、今まで引き篭もっていたのだろうか。それとも、この一週間は只管勧誘頑張ってたのかもしれない。どちらにしろ、そんな気力は無いので拒否をする。
「ごめんなさい。私は少し疲れてて、行けないの。」
普通ならばこれで帰るのだが、その男の子は帰らなかった。非常におどおどとしていて小動物みたいに可愛らしいと思いつつ彼を眺めているが、見られると恥ずかしいのか怖いのか何度も目を逸らしている。そんなところがまたアセトの心を擽るのだが、気力が全く無いのは間違いなく、何と言われようと断るつもりだ。
「え……あ………そ……それなら……その疲れた体を……ぼ、僕が治しますので…………治ったら来て………くれますか?…………」
相当控えめに謙虚とはなってるが、言ってることは強気と捉えられても仕方ない。アセトとしても治してくれるなら行きたいのだが、もう夕方に差し迫って来てるし、夜の森は危ないので遠慮したい。だが、ここで見逃せば自分好みの彼は無理をしてでも挑むか、ここにはパーティに参加させてくれる人は居ないと思い他のところへ向かう可能性がある。杖を持ってるのと見た目の白い学生服?から察するに学生で回復術士と見た方が良いだろう。回復するとも言ってたし彼の全体から想像しうる年齢を重ねるとまだ攻撃魔法は習得出来てないか初級程度しか知らない可能性は十二分にある。更に身体能力は人並みすらない可能性はより有り得ることである。ならば、その回復魔法とやらの効果の程だけでも確かめておいて、パーティに足りうるのなら引き込むのが最善だろう。ウィンドには悪いがアセト自身の判断で決めさせてもらう。
「わかったわ。その回復魔法とやらが良ければ行ってあげるわよ。」
「………本当ですか!」
みるみる顔が明るくなって、笑顔となる。それを見てるだけで少し癒やされる気もするが、体の怠さは相変わらずそのままだ。アセトが「本当よ。」と返すと共に彼は魔法を発動する。
「《精霊の雫》発動。」
少なくとも魔法の殆どを熟知しているアセトはその魔法を聞いたことがなかった。つまり、それは合成魔法かオリジナル魔法ということになる。自分の真上に魔法陣が浮かび上がり、雫が頭上に落ちると共に体が発光する。体の怠さやストレス、息苦しさその全てが何事も無かったかのように消えていく。それどころか活力まで出てきて今なら何が来ても勝てそうな気すらもしている。だからこそ、その強大な効果と目の前の彼の手腕に驚かざるを得ない。これほどの力を持つ彼が何故今まで誰からも勧誘されなかったのか、何故彼の勧誘は断られたのか不思議で不思議で堪らない。彼の言動だけ見て判断したのなら愚の骨頂。彼は回復術士ではなく師と呼ばれるべき存在だ。
ただ一つだけ気になる。少なくともハインツ家の統治する街にこんな学生服は存在しない。間違いなく他の街から来ている。
「それで……どう……でした?」
不安そうにこちらの顔をチラチラと窺っている。その仕草にキュンとしつつも明らかに自分達のパーティに欲しい人材であるのは誰の目から見ても明白。自分達の馴染み深い街以外から来ているからと言って、何か裏があるとか考えても仕方ないし、ついていって上げるとしよう。
「良いわよ。ただし、私達のパーティに入ってね。」
これだけ優秀な人材なのだから、恐らくはある程度役に立つだろう。仮に運動能力が無かったとしてもこれから鍛え上げれば良いだけの話だ。
「あ、ありがとうございます!」
「それで、君の名前は?」
「ぼ、僕は……ディーモート・アウフリッティ……です!」
8日目にして、ウィンドとアセトのパーティに正式な3人目が参加することとなった。しかし、何れにしても未だに前衛が居ないというところは今後も課題となってくだろう。特に目標を竜の討伐としているなら余計にだ。
ウィンドのパーティに3人目が登場しました。
彼はこの先の最終章間近までずっと居てくれる主要人物です。作者はショタ好きなので少し贔屓目なのです(笑)冗談はともかく、それぞれ登場人物の名前には意味があるので、良ければ………。
次もお楽しみに~♫




