第三十話「天秤と深淵」
周りから見ても間違いなく異質な何処までも白い3人組が、氷河の中歩いていた。一人は兜除けば全身が鎧だが、もう一人は半分近くは肌を露出していて、最後の一人は薄い修道服を着ている。この吹雪が吹き荒れる過酷な環境において、その格好は明らかに異常である。だが、まるで寒そうにはせずにそれぞれのペースで気ままに歩いていた。それも自分達の信じる神からの天啓に従う為だ。そこら辺で死にかける者を助けることが天啓ではない。
1つ目は深淵の魔力への覚醒候補の確認。それはもう終わった。彼等では深淵へは辿り着けないとの判断だ。今の所、深淵の覚醒者はまだ居ないが、天啓通りなら間違いなく現れるのは明白だ。過去に居たという意味では魔王の一角が特殊な方法によって覚醒を果たしていたが、死と再生の塔にて消滅を確認した。覚醒者と思われる少女を確認したが、眠りについている彼女を調べた限りでは覚醒してる可能性は限りなく0に近い為、あの場にいたマーリンという女が怪しいと踏んでいる。
2つ目は天秤の覚醒者への再会。深淵とは真逆の性質を持つ覚醒者だ。天秤の覚醒者自体は8人居る。本来なら7人までと言われてるし、伝承でもそうなっているのだが、一人だけどのような称号を持つのか不明な者が居る。しかも、その見た目も天秤の覚醒者として相応しいとは言えない。髪も金色でないのが特に重要な点だ。しかも、聞くところによると寧ろその者の性質は深淵に当てはまることからも、要注意せねばならない。だが、悔しいことに自分達三人が監視をしようとしても、気付けば見失っている。とにかく、全てにおいて速いというのだけしか情報が入手出来なかった。間違いなく監視した瞬間に気付かれたのだろう。よって、その者の扱いは保留というわけだ。
そんな重要な天啓を受けてはいるが、それと同時に修道女と騎士の両方をこなす、聖騎士なのだ。困ってる人を助けるというのが神の教えなのだから、全てを助けてしまうのは最早仕方のないこと。
「センパイと会うのも数年ぶりだけど、少しは変わってるかなぁ~?」
ムーツの疑問は尤もだ。最低でも、自分たちが幼少期の頃に天秤の覚醒者として自分達の街で見たことがある。ハインツ家の所有する街では天秤という言葉すら知るものは居ないと思うが、少なくとも神を市民全員が崇高するセンテリアス街では天秤の創始者と呼ばれるあのお方のことを知らぬ者は居ない。情報機密力は高く、他の街から訪れる者など純粋な神信仰者以外は話すら流れてこないだろう。故に、深淵のことも私達が知ったのは私達が憧れの存在となったからこそだ。教会の神父と上層部の方々以外には漏れぬようされてるのだ。そんな天秤の創始者は少なくとも初めて会ったときから一度も老いた姿を見たことがない。それは称号によるものなのかは不明だ。もしかしたら、そもそも人でない可能性すら有り得る。それも神父さんが口から漏れた言葉が理由となっている。40代くらいの神父さんが子供の頃と容姿が変わっていないと言うのだ。しかも、単純な見た目だけなら、20代くらいなので今は最低でも60代ということになる。今も隠居することなく、身分を隠され、ピンピンと生きてるらしいのだから、そろそろ種が気になるものだ。
「そうですね。私が子供の頃とムーちゃんやリーベちゃんが子供の頃のお姿は完璧におんなじでしたからね。きっと、神様に愛されてるんでしょう。」
確かに神様に愛されてるという理由なら全て片を付けることは容易だ。だが、60というのはあまりにも長く私の中でそれに対する答えが聞きたくて仕方がない。だが、同じ天秤の覚醒者といえど、相手は60年前から唯一の天秤の覚醒者として君臨されていたお方。そうやすやすと無駄口を叩けるような方ではないのだ。こうして、考えること自体も本来であれば不敬に値する。故に本音は決して表には出さぬつもりだ。
「ですね。私もそう思います。」
きっと、ラインニーべさんは年の功で気付いてるのだろうが、特に何も言わずに接してくれる。これこそが所謂母性愛と言う奴なのだな。実際にお子さんはいらっしゃるそうだし、寧ろ持ってて当たり前かもしれない。私にはその愛情は理解出来ないし、多分そんな相手と出会うことも一生無いと思われるので理解する気も無い。今はその優しさに甘えさせておこう。
氷河に聳え立つとある氷山の一角で待ち合わせをしている。そこにはフードを被ったそのお方が待っていた。
「3人共久し振り、ですね。元気にしてたかしら?」
「はい!貴女様もお変わりがないようで安心しました!」
「お久し振りでございます。お陰様で。」
「ひっさっしぶりー!元気にしてたー!?」
昔と何も変わらぬムーツを見てその少女は苦笑する。
「ふふっ、ムーツは何も変わりませんね。グナードも昔みたいに話していいのよ?私は気にしないわ。」
その言葉に偽りはない。優しげなその声は昔のグナードを懐かしむようにふと出たものだ。だが、ムーツの無い頭とは違ってグナードはそこら辺に居るような貴族の令嬢と同じ教養を学んできた。もう心は大人のつもりだ。圧倒的権力を持ち、圧倒的な戦闘力を持ち、圧倒的なカリスマ性まで併せ持つ彼女に対して無礼な態度は取ることなど出来ない。
「お戯れはよしてください。」
「ごめんね?ラインニーべは聞いたわ。確か子供が出来たらしいわね。おめでとう。」
「それはもう5年前の話ですよ。相変わらず時間感覚が無いんですね。」
「あら、そうだったかしら。それはごめんなさい。まるで昨日のように話してしまいました。」
グナードとは違って、ラインニーべは少し打ち砕けている。長年彼女と共に居た仲でもあり、いつもこんな感じで話してる。まぁ、ムーツもある意味砕け過ぎではあるが、そんな彼女を許してくださるほどに寛容なお方なのだ。だが、彼女の持つ称号は寛容ではない。そこがどうしても不思議なのだが、彼女が言ったのだから間違いないのだろう。
「それで何の用ですか?わざわざ天秤三人で。」
「先日のあれについてですよ。」
「あぁ、あれね。あれの関係者なら私と仲が良いから気にしなくていいわ。私の方で接近してみる。それに…マーリンとは…少し腐れ縁でしてね……。」
「はい、では、そのようにお伝えしておきます。」
「それじゃあ、ついでに今からAランクとして私のサポートお願いね。後で私が何か奢ってあげるわ!」
サポートさせて貰えるのは光栄だが、何かご馳走していただくのは遠慮させて頂こうとその趣旨を口にしようとすると、左右の二人は何か気付いたらしく、
「そ、そんな!貴方様がむぐっ!?」
即座に二人に口を抑えられる。
「ありがとうございます。是非とも私達が貴方の剣となりましょう。」
「ごっ褒美たっのしみだなー♪」
「んー!ん!んっーー!!!」
少女は二人の対応を見て爆笑する。何か怒ってるリーベンの反応も面白くてお腹を抑えて涙が出るくらい笑う。そんな少女の姿を見て、リーベも諦めがついたらしい。その少女が笑ってくれるならそれが正しいのだろう。少し納得は行かないが、どうせ無駄だ。
「では、行きましょう。ふふっ。」
その笑いは別のものだ。これからマーリンに正体を明かしたときどんな顔をするのだろうか?それを考えるのが楽しくてつい笑みが溢れてしまった。
はい、覚醒者という重要な言葉が出てきましたね。これについては、庭園シリーズ全作共通となります。つまるところ、全シリーズに出てきてます。
唯一まだ出てないのは最近書き始めたHVOくらいですね。あれも世界観は庭園シリーズですからね。
では、次の話もお楽しみに~♪




