第十四話「魔王の襲来」
セエレ編1-3「パイモン&オリエンス」
「よぉ、エレインちゃん。何か良い依頼ないかなぁ。」
受付のエレインに声を掛けるのは毎日のように来てるBランクの方。弓と魔法というここでは比較的に珍しい戦闘方法で、本人曰く周りに居ないからこそ挑戦してるそうだ。それでBランクまで上り詰めたのだから実力は申し分ない。
ただ、依頼など壁を見れば大抵は貼ってるし、受付が用意するのはAランク以上のものばかりだ。一部は例外もあるが、この男に達成出来るとは到底思えない。
そんな彼がしつこく掛けるのは間違いなく、エレインの見た目が可愛らしいというその一点のみによるものだ。ちょび髭をザラリと触るその癖も毎日のように見せられてるせいで覚えてしまった。普段は優しい彼女も内心は少し苛ついてるのだが、そんな男のマシンガントークも次の瞬間途切れた。
バンッ!!
ギルドの扉が思い切り後方を通り過ぎた。流石にその音や視界に映る物体によりその方向へと衆目が集まる。中には「なかなか元気なやつじゃねえか。」と酒飲みながら褒めるやつも居たが、その破壊した奴が入ると共に全員が武器を構えた。
見た目を偽ることもなく入ってきたのは悪魔達。しかも、数体どころの話じゃない。物凄い数量の悪魔達が一斉にギルドメンバーへと襲い掛かる。その場に偶然居合わせたDランクがそこそこ慣れてきたその槍で突きをするものの、その硬い肌には傷など付かず、反撃を喰らう…と思ったら、その悪魔は一太刀の下に切り捨てられる。
シュワッツ・ヌーディゴンを筆頭としたマスターランクのパーティが2階で飲み食いしてたのが今回は助かったと言えよう。しかし、それでも切り漏らしが出来るほど、悪魔は無尽蔵に出てくる。それと同時に街中で爆発音がその耳に届くと共にシュワッツは少しだけ危機感を覚えた。
「……少し不味いな。」
同時刻、街の離れにて結界の調整を行っていた。3人のギルドマスター達が一斉に気付く。街に降り立つ強大な魔力の持ち主達を。それと共に悪魔の姿も確認し、言葉を交わすことなく三方へと散った。
しかし、その魔力の持ち主達も当然その存在に気付いており、真っ先に出会ったのはアーデルであった。
「初めまして、アーデルさん。ボクはパイモン。一応、西の魔王やってます。以後よろしくね!」
黒の長髪に軽い金の装飾が施された白布を体に羽織った背の低い…少女?声は男の子であり、1人称がボクであることから、少年と仮定しよう。髪の長さは身長と同じだけあって、顔は可愛らしい。ただ、その布から見えた胸板は膨らみなく、体つきからも少年なのか少女なのか判別が付かない。銀の冠を腕に付けており、指には沢山の指輪が嵌められている。
その風貌からアーデルは即座に魔術師と判定し、距離を詰め、愛剣による抜刀する。その横薙ぎを半歩後ろにふらっと蹌踉めく形で避けられ、そのまま軽く距離を取る。
「ひっどいなぁ。急に斬りかかって来るだなんてギルマスのすることじゃないよ!そんなに、ギルドの子達がきになるんだね。その気持ちわかるわかる。なんたって、魔王だから君のことな~んでもわかっちゃう。」
朗らかに話すその雰囲気は無邪気そのもので邪気など感じられない。何の攻撃も行わないのもそのように見せる1つでもあるのだが、パイモンから感じるその魔力量は明らかにその辺の悪魔とは格が違う。この屈託のない笑みを浮かべる辺りも王者としての風格が感じられる。
ここは無理をしてでも、武器の開放を行うべきではないのか?
こいつ一体仕留めるだけでも相当の有利となると見るべきだ。例え、自身は瀕死となり最悪の場合死んだとしてもだ。
「それはやめた方がいいかなぁ。だってさ、ほら。グランダ君の気配この街から消えたでしょ?に対して、他の魔王達の魔力は特に何もなく至って健全そのもの。そりゃあ、君の必殺技はボクには避けようもないし、倒しようもないけど、君がここで倒れるのは不味いんじゃないかな。いや、ひじょーに不味いよね?」
心を読んだのか!?
あいにく、パイモンに関しては今の所情報がない。なんたって、魔王の中でも人間を前に姿を現したのは恐らくこれが初めて。用意周到なのか臆病なのか貧弱なのかは定かではないが、この話し方といい見た感じといい臆病にも貧弱にも見えない。とすれば、用意周到なのだろうか?この無邪気そうな見た目からは到底考えられないが、その時点で罠なのかもしれない。
そもそも開放をしなくとも、魔法がある。
今の所、魔法なんて基本的に見せたことはない。心が読めるならこれも避けられることになるのだが、どちらにしろ剣が避けられるのはもうわかっている。こちらには《Schutzrittar・Schwert》の常時効果により攻撃は届かないのだし、遠慮なく試した方が良いだろう。
「攻撃届かないと思ってるみたいだけどそれは間違いだよ。光の屈折をずらして、実際に立ってる位置とはずらしてるんでしょ?アーデルはその愛剣で君自身も光に近い存在だから本当の君は透明でそこに居るのはその空間に投影されたタダの映像ってわけ。凄いね。そんな器用な真似が出来るのは君ぐらいだろうさ。でもね、それも範囲魔法使えば結局避けきれなくて終わりさ。それよりもさ?周りの人達を殺してしまうかもしれないほどの魔法を使わせて良いのかな?だめだよね?んじゃ、楽しくボクと一緒に遊戯してようよ。」
撒こうにも撒けないだろうし、勝とうにも勝てないし、その魔王が何処かに行かぬよう斬りかかるしかなかった。パイモンはふらふらと楽しそうに避ける。数度斬りかかるものの見切ってるのはよくわかる。だから、アーサー戦で見た斬撃を飛ばすのを真似てみた。
剣を振り下ろす瞬間にその剣の魔力をそのまま魔法に変換し、それを斬撃という形で飛ばす。原理としてはこんなものだろう。
最もアーサーのアレは剣そのものの力であるためにこんな面倒なことはしていないのだろうけど、それでもこれも1つの技だ。
まだ名前の固定はしてないから弱いけれども、それはパイモンの予想外の攻撃だったようで初めてその顔に焦りを見ることが出来た。
しかし、その攻撃の弱さを見て、念の為避けた後に薄ら笑みを浮かべる。なんともわかりやすいものだが、少なくとも心が読めるわけではないというのは確信した。
ならば、パイモンの能力とはいったいなんだろう?
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一方、同時刻に魔王と出会ったのはグランニャーノ・アトランニだった。周りの建物が燃えているその中で立っている者こそ魔王。魔力的にも間違いない。黒い髪にオールバック、ジョリジョリ髭から察するに見た目的には40代くらいだろうか。実際の年齢など聞けば間違いなく卒倒するのは悪魔のお約束。黒服を着こなしていることから貴族というのが伺える。
「まだ生き残りが居たか。死ね。」
目の前に赤い炎が覆われ襲う。しかし、グランニャーノを囲うように包まれるだけでその炎で一片も服が燃えることはなかった。その表情が崩れることはなく無表情にその魔王を見つめる。瞬きもなくただ冷たく冷たく。
「ちっ、弱過ぎたか。ほらよっ。」
今度は黒い炎がグランニャーノに襲いかかるが、それを見て気にすることもなくそれを受ける。あまりにも強かったらしく、次々とその障壁は割れる。最初から5枚張ってたようだが、その全てが割れると共に異変が起きた。障壁が瞬時に貼られたのだ。
詠唱破棄にしたにしても、魔法名は固定しなければならない。とすれば、固定せずに発動したとなる。ならば、その障壁は障壁として意味をなさないと思われたのだが、その予想は外れ、その障壁は壊せなかった。
「ん?今、何が……。」
その魔王もそれが予想外のことだったみたいで、疑問そうに首を傾げている。正に摩訶不思議なことが起きたのだ。そういう反応をしても仕方ない。考える時間はすぐに中断された。
周囲に氷の柱が包囲している。
その魔法を見て真っ先に魔法名が頭の中に過ぎる。
《凍て塞ぐ鉄処女-フリーズロックメイデン-》
氷の上級魔法だが、グランニャーノがその名を口にはしてない。ならば、何処かにこの魔法が使える者が潜んでるということになる。多少なりとも気をつけておこうと思いつつ、魔力探知を行う。
だが、そんな魔力など目の前のグランニャーノ以外居ない。とすれば、隠れてるその誰かは魔力制御に長けているのだろうか。魔王である自分の探査にも引っかからないなど考えたくはない。
柱に注目すると感覚的に全ての柱が圧縮されてるのがわかる。恐らくは数十倍に。とはいえ、その程度ならまだ問題ない。炎で炙ってやれば溶けるだろう。
その全てを葬り去ろうと炎を灯したその手で燃やしつくそうとするが、炎でその氷は解けない。抵抗を見せると共に魔王へと全発射される。それを体中に炎を纏い強行突破するが、その柱はその魔王の体に傷を付ける。
「はは、なかなかやるなお嬢さん。オレは魔王にして魔界王子やってるオリエンスだ。お嬢ちゃんの名は?」
「……………。」
「ん?名前はって聞いてるんだけど?」
「……………。」
無言。唇を動かそうとすらしない。
目も動かないし、寧ろ生きてるかさえ疑い始める。
しかし、心臓の音は聞こえる。間違いなく人間。
こういう人間にあったのは初めてのことだから、対処に少し悩んだが、すぐに考えるのをやめた。殺せばいいだけの話なのだから。
少なくともこの魔法を使ってる誰かさんは間違いなくこの少女が大切ならしい。殺して憎悪に歪むそのスカシ顔を拝んでやりたい。
「考えるのやめたやめた!」
その腕に黒炎を纏い殴りに掛かる。障壁など簡単に破ってしまい、その肌に触れようとする瞬間にその上半身に向けて、グランニャーノが手に持つ剣で一閃を放つ。真っ二つに切り落とす。血が一滴も出ないのは不自然だが、その切れ目が火で燃えてることから半分は火で出来ているのだろう。
と同時に2つに分かれた体は炎が切断面から吹き出て、ピッタリと繋がり、傷口も無くなる。服も元通りだ。そして、その手に持つ剣を見てオリエンスは驚愕をした。
《冱て乖く氷剣-ザ・アイス・ソード-》
その驚愕もそこで途切れる。更に複数の《冱て乖く氷剣》によりその身をバラバラにされ、その破片は凍り付き塵と化した。グランニャーノが次の魔王を探そうとその歩みを進めようとしたとき、いつの間にか塵芥として空へと舞った筈のオリエンスがそこに立っていた。
「はは、なかなかやるねぇ。その剣複数出せるとかどんだけだよ。」
そんな彼の言葉などどうでもいいようで、その剣がオリエンスを串刺しにする。そして、体中が氷になり、割れるがまたもやオリエンスはどこからともなく現れる。オリエンスも薄々1つの事実に気が付き始めていた。
「はは、無駄無駄。あいにく不死身でね。」
その言葉も興味なく無表情は壊れることはない。
♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦
「おーおー、やってるなぁ。」
別れたあとグランダは街の中で最も高い塔の上から様子を見ていた。魔王がギルマス二人に接触したのを見て、酒を片手におつまみとしてる。接触中に何回か魔力探知をしていたので、それに引っかからぬようするのが、少しだるかったがそれ以降は何の問題もなく楽しんでいる。
「ま、さっさと魔王は全部殺しといてくれたら俺も楽だわな。ホント、戦うのめんどくせーな。」
そんなことを呟くグランダの背後から翼を持つ悪魔達が一斉に襲い掛かる。一体一体も貴族手前の強さを持っており、Aランクも手こずるような相手だ。その物量と音速の速さに気付いていないグランダは致命傷を負うと思いきや、謎の障壁によって全ての悪魔は消滅する。
単純に硬いだけなら肉の塊になるし、反射や攻撃系なら塵となる筈だ。しかし、その悪魔の全ては跡形もなく消えた。まるで、そこに穴があるかのように、ブラックホールがあるかのように消えた。何処かに飛ばしたわけではない、完全に魂ごと消滅したのだ。
グランダは現段階でランキング1位の最強の座に君臨する男。
弱いゆえに逃げたわけではない。それだけは確かである。
だからといって、助けない理由がなんなのかはわからない。
彼に問いただしてもも面倒臭いの一言で片付けられるだろう。
嘘でも真でもだ。




