Language of a Flower 1
Language of a Flower 1
幼き息子に問われたことがある。
—とうさまの、とうさまととかあさまは、どこにいるの?
嘘をついた。
—ずっと遠くだ。
—会ってみたいな。
—お前がせめて、自分の身を守れるくらい強くなったらな。
このユラ大陸には3つの大国がある。
大陸の西半分を占める、大陸最大の国、ユーラビア。
大陸の東半分のうち北側を占める、排他国家、アイサル。
南半分を占める、共生の国、ヤシナ。
その3国に挟まれるようにして、幾つかの小国が存在している。
3国間ではしばしば領土や資源を巡った争いが起こり、小国もまた、大国による侵略の恐怖に晒されていた。
多くの小国は大国と盟約を結ぶことにより残存している。
だが、小国の中には、自らの国力のみでその国命を繋いでいるものもあった。
アイサルとユーラビアに挟まれるように位置する小国、カンタナグザ。
この国も、そのひとつであった。
「うーん、今日も良い天気!こんなこと毎日言うのはのーてんき!?」
肩ほどまで伸ばした黒髪を風になびかせながら、白いワンピースを着た少女が元気よく走る。
10歳ほどだろうか。
農作業に勤しむ老齢の男性が笑いながら顔を上げる。
「おはよう、メイリスちゃん、今日も元気だね。」
「お芋のおじちゃん!おはよう。もちろん元気だよ!」
メイリスが笑顔をはじけせて返すと、男性が苦笑しながら返した。
「お芋のおじちゃんはないだろう。」
その手には今収穫したばかりの芋が握られていた。
メイリスは笑いながら走り去っていった。
ユーラビア国の、湖を挟んでウユニ村の北に位置する小さな村。
農業と畜産業で成り立つ自給自足の生活が主体の、質素な村。
そんな地味で何の変哲もない村が、今日は嫌に静かだ。
「メイリス、今日は外へ出るのはやめなさい。」
メイリスが家の扉を開けようとすると、村長である父親が神妙な面持ちで言った。
「どうして?今日も良い天気だよ。遊びに行かないと。」
対してメイリスは不服そうに渋る。
村長は頭を抱えて説明した。
「昨日言ったろう・・・。今日は隣国カンタナグザから来客だ。農産物売買の契約についてだよ。私が対応するから、お前は部屋にいなさい。」
そういえば、昨日夕食時に言われた気がする。部屋から出るな、と。
カンタナグザは小国ながら、他国からは恐れられ、距離をおかれている。
その理由は
「あの国の人間は、人の心など持たない。村に入る時に武器は取り上げるが、それでも何をするか分かったものではない。話が終われば早々に帰ってもらう予定だから、それまでは大人しくしていなさい。」
カンタナグザは、その国王をはじめ、国民ひとりひとりの戦闘能力が非常に高い。
だが、その人民の人間性は、残虐で冷血非道だという。
メイリスは軽く返事をし、2階の自室へと上がっていった。
「どきどきするなあ。」
部屋にある紐という紐を集めながらメイリスが呟いた。
「部屋を抜け出すなんて、囚われのお姫様みたい。」
部屋は2階。万が一落ちても大きな怪我はしないだろう。
紐同士を結びつけて頑丈さを確認すると、メイリスは部屋の扉に耳をつけた。
家の玄関の扉が開き、人が入ってくる音が聞こえた。
今だ!
繋げた紐を窓枠にくくりつけて下に垂らし、メイリスは恐る恐る紐をつたって下に降り始めた。
だが、所詮子供の作ったものだ。
メイリスが降り始めて間もなく、紐の繋ぎ目のひとつが外れた。
「わっ!」
「うおっ!」
わっ、だって。せめて、きゃあ、くらい言えないかな。
自分の女の子らしさの欠如を軽く嘆く。
村の他の女の子たちは、もっとかわいらしい声を出すだろう。
ん?
今、明らかに自分のものではない声も聞こえたような。
「避けられなかった俺も俺だけど、ずっと人に乗っているのもどうかと思う。」
下から声がする。
「うわぁっ!ごめんなさい!」
どうりで大して痛くもなかったわけだ。
メイリスは慌ててその人の上から退いた。
下の人、短い黒髪の少年はゆっくりと立ち上がる。
「やれやれ。この村の家の出入り口は上の階なのか?」
服の土埃を払いながら、少年が言う。
背を向けられているので顔は見えない。
「本当にごめんなさい!」
少年はそれ以上何も言わなかった。
数秒悩んで、メイリスが尋ねる。
「あなたは・・・カンタナグザから?」
少年は答えない。
だが、ここは小さな村だ。子供なら知らないはずが無い。
状況的にも、カンタナグザから来た客、というので間違いないだろう。
「カンタナグザは、どんな国なの?どんな動物が住んでいて、国の人たちは、どんな人で」
勇んで聞くメイリスの言葉は遮られた。
少年の言葉によってではなく
一本の鋭い小刀を突きつけられて。
初めて少年の顔が見える。
鋭い目つき。
「黙れ。」
だが、メイリスはあふれる疑問を内に留められるような子供ではなかった。
「武器は、村を入る時、に・・・?」
「隠し刀なんて、常識だろ。」
常識ではない。少なくとも、この村では。
これ以上メイリスが何も言わないのに満足したのか、少年は小刀を懐にしまった。
「ぷはぁ〜!」
背後で少女が再び口を開く。
「喋らないのって、難しいね。息が続かない!」
腹が立ってくる。馬鹿なのか。
「てめえ・・・殺されたいのか。」
少女は顔をしかめて言った。
「誰に?・・・は!えっと・・・さんかく!?」
ため息。馬鹿だ。
「・・・刺客だろう。」
もう話す気力も失った。
全く。何で王の息子が商人の護衛なんてしなければならないのか。
王・・・父上は、経験だ、などと言ったが、俺を城から少しでも出しておきたかったからではないか。
2人兄弟。ふたつ上の兄。
王が跡取りにしたいのは、きっと兄の方だ。
剣の腕は年齢差を乗り越え、ほぼ互角。
つまり、2年分伸びしろがある自分の方が強い。
では、なぜ兄が贔屓されているのか。
母親だ。自分と兄は、母親が違う。
兄の母の方が、身分が上なのだ。
思考が回り、舌打ちをする。
「ねえ、あなたの名前、なんていうの?何歳?」
少女の声が思考を破った。
「あ、私はメイリス。10歳だよ。」
話したくもないが、無視するほうが面倒だろう。
「アスター。・・・13。」
「アスター!・・・どういう意味なの?」
問いが続く。
「知らん。親の思いつきだろう。」
おい商人、早く商談を終わらせろ。
早く帰らせろ。
鬱陶しい。
念じていると、商人が出てきた。
「やっと終わったか。」
ため息混じりに言うと、商人の男が申し訳なさそうに言った。
「すみません、アスター様。交易品の到着が遅れていて、2日後ということで・・・その2日間、村に滞在させてもらうことになりました。」
何だと。冗談じゃない。
後ろで少女が楽しそうな声をあげるのが聞こえた。
滞在中、村人は敬遠して近づいてこなかった。
ただひとりを除いて。
「ねえ、アスター。何しているの?」
「アスター、馬を見に行こうよ。」
「アスターって王族なんだ。へー、偉いんだね。」
「カンタナグザってどんなところなの?」
物好きにも程がある。
「俺の住んでいる国は、噂の通りだよ。残忍非道な国だ。弱い奴は強い奴に潰される。弱くて生き残れる奴なんて、経済の要を握っている一部の商人だけだ。」
これで引くだろうか。
「見てみたいなあ。」
なんだと。何を言っているんだ。
ため息をつく。
・・・これを言えば、さすがに敬遠するだろう。
「特に王族は、真の意味で非道だ。子は18歳で成人すると王位継承権を得るが、王位の継承には条件がある。」
メイリスが聞き入る。
「カンタナグザの王は、その国一の強者でなければならない。・・・その王を倒すことだ。」
国一の強者に打ち勝ち、新たなる頂点になる。
つまり、実の親の命を奪うことを意味する。
それがカンタナグザの連綿と続けられてきた伝統であり、残虐非道の国とうたわれる所以だ。
メイリスが黙る。
これで引いたな。
なぜだろう、少し胸が痛い気がする。
「そんな国があるんだね・・・。辛いね。・・・この村にいる間は、忘れていいんだよ。」
はっとする。
城での殺伐とした日々。
義務付けられた訓練の毎日。
この長閑な村に来て
この呑気な少女に出会って
変わってしまってはいないだろうか
「ねえアスタ」
「黙れ!」
駄目だ。
このような呑気な色に染まるわけにはいかない。
強くあらなければ意味がない。
強く、強く。それだけが自分の信じていた道だから。
急に怒鳴られて立ち尽くすメイリスに背を向けて、走り去った。




