17. flowering festival
17. flowering festival
満月の下、咲き乱れる花の中にいくつもの灯りが灯される。
花と灯りの共演がこんなにも美しいとは知らなかった。
「シン様、見てください。あそこのお店、魚型の焼き菓子を売っていますよ。」
エドナが屋台のひとつを指差す。
ユーラビアの港町で食べた、魚型の甘い生地に大量のエビが入っていた食べ物を思い出す。
あれは衝撃的な不味さだった。
シンが苦笑しながら食べたいのかと尋ねると、エドナが元気よく肯定した。
恐る恐るひとつ買って渡すと、エドナは満面の笑みで食べ始める。
「シン様!魚が入っていません。なにやら甘いものが入っています。・・・すごく美味しいですよ!」
驚きと喜びが混じった表情でエドナが見つめてきた。
その表情のまま、今食べていた魚型焼き菓子を差し出す。
勢いで受け取ってしまい、逡巡していると、店主の男性が笑いながら話しかけてきた。
「それは豆を甘く煮たものだよ。ヤシナではよく食べられるんだ。魚型の生地も面白いだろう。」
エドナが興味深そうに聞き入る。
逡巡を振り切って一口食べてみると、確かに甘くて美味しかった。
焼き菓子をエドナに返し、店の方を改めて見る。
エドナは何かに気づいて一瞬硬直したが、シンに悟られる前にそそくさと焼き菓子を食べた。
「へえ、豆の他にも何種類か中身があるんだ。」
シンは店の方に見入っていた。
「あ、エドナちゃん、シンさん、探しました!」
澄んだ声がかけられる。
振り向くと、ミナトが立っていた。
シンとエドナが持ち帰った水と村の生薬で声が戻ったのだ。
「ミナトさん!喉はどうですか。すぐに歌って大丈夫ですか?」
エドナが心配そうに尋ねる。
対して、ミナトはふわりと微笑んで答えた。
「本当にありがとう。もうすっかり大丈夫。半年以上歌の練習をしてきたのに急に歌えなくなっていたから、むしろ歌いたくて仕方が無いの。」
既に歌っているかのように、言葉を滑らかにつなぐ。
ミナトが手を叩いた。
「そう!花祭りの最後で歌う前に、衣装に着替えるの。エドナちゃん、折角花祭りに来たのだから、あなたもハルムの祭り衣装を着てみない?」
満面の笑みで誘うミナトに、エドナがうろたえる。
周囲を見渡すと、確かに若い女性は皆綺麗な服に身を包んでいる。
所々に花の装飾が施された、美しい衣装。
シンが穏やかに笑う。
「折角だから行ってきたら?」
「決まり!行こう。」
ミナトが小さくガッツポーズを取り、エドナの手を引く。
シンはその様子を眩しそうに見送った。
「よっ、おにーさん。」
後ろから声をかけられる。
振り向くと、ミナトの姉のカナエが立っていた。
「花は用意した?」
含みのある笑顔を向けて尋ねてくる。
何のことか皆目見当がつかなかったので聞き返すと、カナエはひとつの屋台を指差しながら説明した。
「この花祭りはねえ、大事に思っている女性に花を贈るんだよ。その人に似合う花を選ぶの。ほら、あれが花売りの屋台。」
大事、という言葉に若干うろたえながらも、屋台に向かうカナエに続いた。
屋台には様々な切り花が並んでいた。
目を細めてしまうような綺麗な光景に、思わず黙る。
「どれにする?どれがあの子に似合うかな。」
ひとつひとつの花に目を配る。
色も形も様々な花たち。
とても決められなかった。
「どれも似合うと思うな・・・」
心の中で呟いたはずの言葉が漏れる。
顔を上げると、カナエが含み笑いをしている。
何となく馴染みのある雰囲気だ。
術式学者の顔が重なった。
「君、あの子のこと、相当に好きと見た。」
うろたえを隠して軽くため息をつくと、カナエが楽しそうに続けた。
「まあ、その子の顔を思い浮かべながら花を選ぶのも、楽しみのひとつだからね。若者よ、悩みたまえ!」
ウインクを残し、カナエが去っていった。
「私の去年着ていた衣装なんだけれど、どうかな?」
「こんな綺麗な服・・・似合わないですよ。勿体無いです。」
「そんなことないよ、あなた元々可愛いんだから。その上綺麗な服を着たら、彼も絶対可愛いって言ってくれるよ。」
「彼!?いや、その、ちが・・・あう。それに、可愛くなんて無いです・・・。」
「卑下しない!ほら、髪の毛も整えるよ。」
「あ、リボンはだめです。」
「大事なの?じゃあ、こうすれば良いかな・・・ばっちり!」
花祭りの賑わいの中、広場の端の長椅子に座って灯と花の共演を楽しむ。
騒めきが起こり、広場の中央に人だかりができた。
祭りのために設けられた舞台に歌姫、ミナトがゆっくりと登った。
きらびやかな水色の衣装に身を包んでいる。
頭に大きなユリの花を付け、栗色の髪を優しい風になびかせる。
足音と人の気配を感じ、振り返る。
「似合わない、ですよね・・・。こんなの・・・。」
少し俯きながら話すその人の声は、最もよく聞き慣れたものであった。
「エドナ・・・。」
目の前にはかわいらしい花飾りのついた、綺麗な服を着た少女が立っている。
長い黒髪を下ろし、普段髪をくくるのに使っているリボンをカチューシャのように巻いている。
思わず無言で見つめる。
歌姫のゆるやかな歌声が響き始めた。
エドナが顔を上げて恥ずかしそうに笑う。。
「やっぱり機動性に優れた服じゃないとですよね!こんな女の子らしい服似合わな」
「かわいいよ。」
エドナの言葉を遮る。
少女の目を優しく見据え、言葉をつなげる。
「今だけじゃない。いつも、すごくかわいいよ。」
立ち上がり、エドナの頭にふわりと花輪をかける。色とりどりの花で作られた、綺麗でかわいらしい花のかんむり。
何だって似合うよ。
当然だ。君自身がこんなにも素敵なのだから。
何故かわからないが、涙がこみ上げてくる。
悲しさなんて微塵も無いのに。
嬉しさだろうか。
嬉しさで涙が出るのだろうか。
体が震え、声も震える。
「シン様・・・私、私・・・」
あなたのことが、すごく、好き。
この先の言葉を口に出そうとすると、どうしても間が空く。
ユーラビアの湖の側の村でもそうだった。
その間を乗り越えようとするのを、目の前の青年は、今度は待たなかった。
ふわりと優しく、暖かい感覚に包まれる。
「また先に言わせちゃあ、今度こそロゼに殴られる。」
自分を優しく抱く、その青年の表情は見えないが、冗談めかした口調でゆっくりと言葉を紡ぐ。
沈黙が流れ、その間に下ろしたままの自分の腕を、同じようにシンの背中にまわす。
静かな息遣いが聞こえる。
少し深く息をついたと思うと、シンは言葉を紡いだ。
「エドナ・・・すごく、好きだよ。大好き。・・・これからも、ずっと、一緒に、色々な所に行こう。一緒に、生きよう。」
暖かいその胸に顔をうずめる。少し早い鼓動を聞きながら、言葉を返す。
「うん・・・私も、大好き。本当に、大好き。・・・何度だって言います。ずっと一緒に居たいです。・・・一緒に、生きたい。」
緩やかな風。
香る花の匂い。
流れるような歌声。
澄んだ歌声に合わせて、人も精霊も優雅に踊る。
世界は本当に美しい。
この美しい世界を、謳歌しよう。
限りある命だから、本当の意味の永遠なんて存在しない。
それでも、限りある自分の限りある永遠は、目の前に在る。
目の前の、この世界で最も愛おしい存在。
あなたこそが、自分にとっての、永遠だから。
ずっと一緒に生きていこう。
今年は閏年ですね。
本編最終話です。
ありがとうございました!
あと2日遊びます。




