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27奴目 薬草を探そう

 そんなわけで、山へと向かう準備、装備を整え、ようやく店から出た俺達。

 忘れ物がないかもう一度腰にさげた鎌や布の袋を確認してから、“オープン”になっていた店の看板を引っくり返し“クローズド”へ。


「これでよしと」

「ねえイッくん、見て見て」

「ん? どうしたレイク」

 どこか弾み調子なレイクの声に警戒しながらも振り返ると、彼女はなぜか地面に体育座りをしていた。


「そんなところで何してるんだ? ズボンが汚れるだろ」

 俺のだぞ。


「まあまあ見ててよ。衣類ギャグ第二段!」

 言って、彼女は折りたたんだ両膝をシャツの中へと突っ込んだ。


「巨乳」

「虚乳だな!」

「ナーイスツッコミだねっ」

「はっ――!」

 警戒していたのに、不覚にもレイクのペースに流されてしまった。


「にっしっしっしっし」

 上機嫌な笑い声。俺の突っ込みに満足したらしい。


「まったく、本当にお前は普通に服を着られないのな」

「これがわたしの普通だよ?」

「俺にとっては不通だよ」

 文意不通。


「ほら立て、もう行くぞ」

「はーいっ」

 レイクの手をとり、町へ行くときに通った下山用の道を大きく横に外れ、山の中へと足を踏み入れる。

 地球で、そして日本でいえば、春に近い気候の現在の異世界。

 山も山で春らしく、暖かな日差しを浴びた草木は新しい命を芽吹かせ、それを祝うかのように鳥が羽音を響かせ、花は手を広げ、その周りで昆虫が小躍りときた。まったく賑やかなことだ。

 しかし春かぁ……、思い返せば、俺が異世界へやって来たのは高校二年生の生活がスタートして少し経ったくらいだったか。

 一年で学校生活にも慣れ、そして進路についてはまだ余裕が持て、だから色々な学校行事が一番楽しいと噂の二年生の時期を、まさかこんな異世界で無駄に過ごすことになるとは。

 一体いつになったら帰れるのだろうか。


「はぁ……」

「どうしたのイッくん、溜息なんかついて。幸せが逃げちゃうよ? 突くなら女の子のお尻にしておきなよ。きっと幸せな気分になれるからさ」

「そうだな」

 女の子のお尻うんぬんは置いておくとして、確かにレイクの言うとおり溜息はよくない。

 ただでさえ春というのは、五月病なるうつ病のようなものになりやすい季節と聞く。

 原因は環境や人間関係の変化らしいが、住む世界そのものがまるまる変わってしまった俺だ、気を付けないと。

 もっとポジティブに。

 そうだ、学校をサボって美少女とお山でデートをしていると考えれば、少しは気分も変わってくるんじゃないか?

 むしろ勝ち組だっ!


「ねえイッくん、“幸せ”って早口で言うと“射精”に聞こえない?」

「…………」

 美少女の中身がもっとまともならなぁ……。


「でも女の子のお尻を突けば射精な気分になるわけだから、間違いではないよね?」

「間違いだよ」

 幸せ=射精。

 そんな馬鹿みたいな方程式は、思春期男子の中でもさすがに成り立たない。


「さて、ここら辺でいいんじゃないか? そろそろ真剣に探し始めよう」

 結構奥深くまで足を進めて来た。

 後ろを振り返れば、どこをどう通ってここまで来たのか分からなくなるような、同じような草木ばかりの景色。

 帰るときのために何か目印を付けておけばよかったなと思うが、まあ今更だ。


「んじゃあ確認のためにもう一度。俺が欲しい薬草は、この殺菌効果があるとされるもの、それから鎮痛効果があるとされるもの、後それから――」

 本のページを開き、傷薬を作るために必要とされる薬草を、レイクに見せていく。


「――と、ざっとこんなもんだ。よろしく頼んだぞ」

「あいあいさー。んーでもさイッくん、絶対に今言った薬草じゃないとダメ? 同じ効果を持ってるやつなら、それでもよかったりしない?」

「どうしてだ?」

「分かってると思うけど、わたしが感覚でわかるのはこの目で見た草の状態であって、特定の草が生えている場所そのものじゃないの。だからね、“この薬草”っていうピンポイントな探し方より、“この薬草に似た効果のある薬草”っていうアバウトな探し方の方が早く見つけられると思うんだよね」

「あー、確かにそうだな」

 欲しい薬草を限定してしまえば、場所自体が分かるわけではないのだから結局探し回らないといけない。

 それでも俺が探すよりは早く見つけられるのだろうけど、やはり時間がかかってしまうのは確か。

 その点“それと同じようなもの”と選択肢を広げておけば、同じ探すでもかなり手間が省ける。


「でも加工をすることを考えると、今言った薬草とまったく同じものの方がよくないか?」

 たとえ得られる効果が同じ薬草だろうと、まったく同じものでない限り、大なり小なり用法用量に違いが出てくるだろう。

 それで薬を作り何事もなければそれでいいが、もしかしたら変な化学反応を起こすかもしれない。

 何せ人体に塗るものだ、何かあってからでは遅い。リスクが大きすぎる。

 ただでさえ素人の俺が薬なんてものを扱うのには危険性が伴うのだから、少しでも安全な道を選ばないと。


「そっか、そうだね。それじゃあ今イッくんが言ったとおりのものを探すよ」

「悪いな。大変だろうけどよろしく頼むよ」

「頑張りまっす!」

 その言葉を合図に、レイクは本格的に薬草探しに身を入れ始めた。

 しかしまさかニコの言ったとおり、感覚で探すことになろうとは。

 まあ俺の感覚とレイクの感覚とでは、差異があり過ぎるが。


「あ、そうだイッくん。ちなみにだけど、食べられる植物のことも分かるよ?」

「何っ!? それ、それもついでに教えてくれ」

 家計が危機的状況の今、食べられるものは少しでも多く手に入れておきたい。

 それに春の山菜だ、旬で美味しいものが多いに違いない。野菜好きのニコも喜ぶだろう。


「じゃあまず、そこのグルグルのやつは食べられるよ」

「よし分かった」

 レイクが指をさした草を手で採り、腰にさげていた布の袋へと放り込む。

 念のためにと思って少し大きめの袋を持って来ていてよかった、これならたくさん収穫して帰れそうだ。


「後は、えーっと、わたし。わたしも一応食べられる植物だよ?」

「それはあれか? お前もこの草同様、袋に突っ込まれたいと?」

「突っ込まれたいけど袋にじゃないかな」

「はいはい……」

 目は真面目に薬草探しに取り組んではいるものの、口だけは相変わらず。

 まったく、この下ネタ王女様はどうにかならないものか。


「それにしてもレイク、今の言葉でふと気になったんだけど、お前って草とか野菜とかを食べることに抵抗はないのか?」

 植物に近い彼女にとって、それは共食いにも似た行為ではないのだろうか。


「抵抗? そんなものは全然ないよ? だっていくらルーツが植物だからと言っても、ベースは人間だし」

「そういうものか」

 光合成で腹を膨らませる時点で、人間とはかなりかけ離れているような気がしないでもないが。


「そういうものだよ。それにさ、イッくんだって哺乳類なのに、同じ哺乳類の牛とか豚とか食べるでしょ? それと同じだよ」

 言われてみれば確かにそうだ。

 哺乳類である牛や豚を食べることに、哺乳類である俺は、感謝はしても抵抗はない。

 それを考えると、植物の性質を持っている彼女が草や野菜を食すというのも、別におかしなことではないのか。


「も一つ言えばイッくんだって下半身にお野菜生えてるのに、お野菜食べるじゃん。それと同じだよ」

「ちょっと待て、俺の下半身に野菜は生えてないぞ?」

「え、じゃあイッくんの下半身にあるそれは何なの? ニンジンじゃないの?」

「違いますよ?」

「あ、そっか、それはニンジンじゃなくてチンチンだったねっ」

「そうだよ! そうだけど!」

 だからもうちょっと自重しようよ女の子!

 ねっ、とか可愛らしく言ってもダメだよ!


「ちなみにちなみに、わたしの下半身にもお野菜がついてます。何だと思う?」

「ん?」

 レイクの下半身のお野菜……?


「さぁ何だろう、さっぱり分からないけど」

「ヒントは『ク』で始まって、『リ』で終わる、二文字の――」

「それ答えだよ!」

 と言うか栗って野菜なのか?

 純粋なる疑問だった。

 日本にいたときならすぐにネットで調べられたが、この異世界ではそんなことは不可能だ。

 知識が欲しければ人に聞くか、図書館に行くかしなければいけない。

 不便だが、そんな不便にもすっかりなれた今日この頃だ。


「それよりレイク、薬草は見つかりそうか?」

「まーまーそんな慌てないでよ、ちゃんと探してるからさ。っとー、そんなことを言ってたら発見しました!」

 言って、彼女は見つけたというその薬草に手を伸ばし、根元から引っこ抜いた。


「えっとそれは……、鎮痛効果のあるやつだったっけか?」

 本の絵と照らし合わせようとページを捲るが、その前にレイクが正解だと頷く。


「まあ鎮痛というか、正確には麻痺だよね。これ丸ごと一本摂取したりしたら、結構危険」

「薬草というより毒草だよなそれ……」

 毒も使いようによれば薬になる、とはよく言ったものだ。

 その逆もまた然り。


「やっぱり初心者が扱うにはリスクがあるな」

 これこそ用法用量を間違えれば、何が起こるか分かったもんではない。


「そこは仕方がないよ、薬にリスクは付き物なんだから。何たって“薬”を逆から読むと“リスク”になるわけだしね。ま、後はイッくんの腕の見せどころなんじゃない?」

「頑張ってみるよ」

 そもそも薬作りにおいて見せる腕など、俺は持ち合わせてはいないが。

 強いて言うならこの本の著者の腕の見せどころか。

 著者の知識にさえ間違いがなければ、問題は発生しない。


「さて、それじゃあ次の薬草を――」

「あ、イッくん、ここにも食べられる植物があるよ!」

「何、どこだ!? ってどうして俺の下半身に手を伸ばしているんだ、そんなところに食べられる植物は生えていない。さっき野菜じゃないって、ニンジンじゃないって結論が出ただろう」

「あれ、そうだったっけ? さっき出たのは“ニンジンじゃなくてインゲンだ”って結論じゃなかったっけ?」

「インゲンじゃねえよ! さすがにもっと太いよ!」

「ああそっか、それはインゲンじゃなくて陰茎だったねっ」

「だから、ねっ、じゃないの!」

 とか何とかふざけつつも、レイクのおかげで欲しい薬草はすぐに揃い、食べられる植物もたくさん集まり、持ってきた布の袋をパンパンにして店へと帰還することが出来たのだった。

今日も読んでいただき、ありがとうございました。

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