28奴目 ヌルヌルの薬を塗る
帰るなりすぐ、俺は採って来た薬草で傷薬作りを開始した。
鍋で煮出したり、日陰で軽く乾燥させたり、塩で手揉みをしたり、すり鉢ですり潰したり。
借りて来た本に書いてある工程を忠実に再現していく。
その間キッチンを独占していたのでニコに文句を言われたりもしたが、何とか無事それは完成した。
「よし、出来たぞ!」
キッチンの椅子に腰掛け、俺が掲げた小瓶に入った緑色の液体を興味深そうに見上げるレイクとニコとデュアの三人。
まあ結論から言って、うまく出来た。と思う。
市販のものより多少色と匂いが濃いが、それは異常と言う程ではなく。
試しに俺自身の体に塗ってみたが、おかしな刺激があるだとかそういったこともなかった。
傷薬としてしっかり治癒効果を発揮するかどうかはまだ分からないが、この調子だとそれも問題ないだろう。
「それじゃあニコ、薬塗ってやるから手をこっちに」
「はいよー」
包帯を取って、手の平を俺に差し出すニコ。
亜人の治癒力が高いからなのか、元々傷の程度が軽かったからなのか、はたまた薬作りに時間を掛け過ぎたからなのか。
そのどれかは分からないが、釘で切ってしまった傷はほとんど治っていた。
「遅くなって悪かったな」
「気にすんな。薬作ってくれてありがとうな!」
「おう」
しかしそれにしても、相変わらずニコの、この毛がびっしりはえた腕は素晴らしいな……。
真っ白で、ツヤツヤで……。
「あはは~幸せ……」
「おいイク、どうしたんだ? そんなに腕ばかり撫でてくれても、ワタシはそんなところ怪我してねえぜ?」
「ゴホン……、あ、ああゴメン。あまりにも毛が綺麗だったもんでさ」
取り乱してしまった。有体に言えば、興奮してしまった。危ない危ない。
「デュアちゃんデュアちゃん」
「どうしたレイクよ」
「イッくんって毛が好きなんだって。わたし下の毛頑張って生やさないと」
「ふっ、未熟者だな貴様は。私など髪の毛がこんなに生えているぞ」
「顔の半分隠れちゃってるもんね。でもわたしだって負けないよ! 下の毛でパンツが編めるくらい伸ばしてみせるんだから!」
「なら私は髪の毛で兜を編んでみせよう!」
「じゃあわたしはブラも編むよ!」
「なかなかやるな。ならば私は鎧を編もう!」
レイクとデュアの不毛な争いは放っておいてと。
気を取り直して、瓶から手作り傷薬を適量取り出し、ニコの手の平の患部へと塗布する。
「どうだニコ」
「うん、治った!」
「いやいや、さすがにそんなすぐには治らねえよ……」
確かに薬草を使用してはいるが、そんなゲームの中のアイテムような、魔法じみた代物ではこれはないのだ。
「そうじゃなくて、変な感じとかしないか?」
「大丈夫だ。完治はしたけど、変な感じはしてねえ」
だから完治はしないんだって……。
「まあおかしな様子がないならひとまずはよかったよ。でも何かあるかもしれないから、痛くなってきたり痒くなってきたりしたらすぐに言ってくれ」
「ほいほい。でもイクが薬を作れるってことは、これからはいっぱい怪我しても大丈夫だな」
「バカを言うな。怪我はしないように気を付けろ。ほら、包帯巻き直すぞ」
ニコの手を掴み、救急箱から取り出した新しい真っ白な包帯を丁寧に巻きつけていく。
しかしその途中、白かったそれが突然真っ赤に染まる。
「なっ――傷口が開いたのか!?」
まさか薬がよくなかったんじゃ!?
「大丈夫かニコ!」
「おいおい落ち着けよイク」
ワタシは大丈夫だ、と俺とは対照的に冷静な口調でニコはそう告げる。
「大丈夫だってお前その血」
「これはワタシの血じゃねえ。開いたのは口は口でも、ワタシの傷口じゃなくてデュアの口だ」
「……はぁ?」
ニコの言うとおり、デュアの方を見ればなぜだかは分からないが確かに彼女は吐血をしていた。
顔に巻きつけられた髪が真っ赤になっている。
「何だよ、ビックリさせるなよ。よかった傷口が開いたんじゃなくて」
焦って損をした。
いや、本来ならば切り傷が開くよりも吐血していることの方が焦るべき事態なのかもしれないが。
デュアの場合これは日常茶飯事と言っても過言ではないので、もう焦る気にもならない。
「で、デュア。お前はどうして血を吐いてるんだ?」
「だ、だってイクト様、私が今朝マメが潰れたという話をしたときには心配もしてくれず、あまつさえそれに塗る薬がなくなったので購入して欲しいとお願いするとお金がないと渋ったではないか……」
な゛の゛に゛! と更に血を吐きながらも訴えをやめないデュア。
「ニコシュタバワーが怪我をすれば山を駆け巡り死に物狂いで傷薬を自作し! そして慈愛に満ちた優しい目で手当てをする! 一体何なのだこの差は……私はイクト様の忠臣だぞ!」
「え……お前それで血を吐いたの?」
意外と繊細なのなこいつ……。
「でもデュア、傷薬の購入を渋ったのは、ニコのときも同じだぞ?」
だからこそ山に行った、入ったのだ。
駆け巡ってもいないし、死に物狂いでもなかったが……。
「それと心配しなかったのはあれだ、えっと」
お前は心配しても『私は騎士だから大丈夫だ~』とか言って、逆に機嫌を損ねるときがあるから。
とは、さすがにこの状況では言い出せなかった。
「ま、まあそうだな、悪かったよデュア。今からでもよかったら傷薬塗ってやろうか?」
「その必要はない!」
「だろうな!」
「この程度の傷でイクト様の手を煩わせるわけにはいかないからな! そもそもこんな傷、騎士である私にとってはあってないようなものだ!」
「そう来ると思ったよ!」
予想済みだよ!
「ん? どうしたイクト様、突然取り乱して」
「お前のせいだよ!」
「まさか敵か? 敵なのだな。ならばその敵、私が切り伏せて見せよう!」
こいつはあれだな、“繊細”と言うより“めんどい”だな……。
まあつっけんどんだった初めの頃に比べると、今の方が幾分かマシではあるけど。
「ねえねえイッくん、わたしもお薬塗って欲しいな~」
「何だよレイク、お前は怪我してないだろ?」
頭の中は長期の入院が必要なくらいに大怪我をしているかもしれないが。
生憎バカに効く薬はないと聞く。
「それがさ、さっき山に入ったときちょっとさ。だからね? 塗ってよ」
「はいはい分かったよ。どこ怪我したんだ?」
問いつつ、傷薬の入った小瓶に手を伸ばす。
しかしその手をレイクは止めた。
「ちょっと待ってイッくん、その瓶じゃなくて、わたしはイッくんの下半身に付いてる瓶から出てくるお薬を塗って欲しいの」
「確かに食べられないと言ったけどなレイク、だからってこれは瓶でもないぞ?」
「あれそうなの?」
「そうだ」
「ああそっか、それは瓶じゃなくて、ビンビンだったねっ」
「ビンビンでもねえよ!」
確かにさっきニコの腕に興奮してたけども!
と言うかもうそのくだりはいいから!
何回重ねて来るんだよまったく……。
「おいゴチャゴチャうるせえぞ、色ボケナスレイクに首だけ騎士デュア」
俺が血で汚れてしまった包帯を新しいものに巻きかえてやるや否や、レイクとデュアを怒鳴りつけるニコ。
「色ボケは否定しないけど、わたしはナスではないよニコちゃん」
「騎士は否定しないが、私は首だけではないぞニコシュタバワー」
「何でもいいけどワタシは今から晩飯を作る。もう少し静かにしろ」
何をいきなり怒り出したのかと思えば、そういうことらしい。
今まで料理が出来なかったことがよほどストレスだったのだろう。
「それからバージンのイク」
「誰がバージンだ」
「ならバー人」
「バー人!?」
何だその新人類は! 童貞であることが特徴のヒト科の動物か!?
「俺を変な分類に指定するな。俺は普通のホモ・サピエンスだ」
「知ってる。イクはホモだ」
誤解が解ける気がしない……。
「で、何だよニコ」
「今晩の飯、あの箱の中のお魚を食うんだろ? 取りに行かねえと」
「ああ、そうだったな」
ニコが怪我をしたので、結局あのアリスさんから送られてきたあの重たい木箱は店の方に置きっぱなしなのだ。
一応端に避けはしたけど。一人で必死で。
「じゃあここに持ってこようか」
しかし怪我をしているニコに手伝わせるはさすがに悪いので、そこはデュアにお願いをした。
そのお願いを聞き入れてもらうまでに随分時間がかかったことは、言うまでもないが……。
とにかく今度は怪我なくキッチンへと箱を運び入れることに成功した。
そしてテーブルの上に乗せたそれを四人で囲い、どんなお魚が入っているのだろう、どんな料理にして食べようと期待を膨らませながら、頑丈に打ち付けられた釘を倉庫にあったバールで抜いていき、上蓋を開け――
「「「「……」」」」
――俺達四人は絶句した。
新年明けましておめでとうございます。
今日も読んでいただき、ありがとうございました。




