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12話 AIに絵を奪われたので、人間を絵具にしました。2

 巨大な筆を引きずると、穂先がアスファルトを撫で、虹色の線を残していく。


 住宅街を抜けた先に、見覚えのあるアーケードがあった。


 商店街だった。


 どの店もシャッターを下ろし、人影はない。


 その一枚に、懐かしい街の風景が描かれていた。


 私の絵だ。


 どうして、ここに来たのだろう。


 わからない。でも、胸の奥が温かくなる。


「あの、大丈夫?」


 振り返ると、スーツ姿の女性が立っていた。肩に鞄を掛け、疲れた顔をしている。


「こんな時間に一人で……お家は近いの?」


「うん」


「そっか。でも、もう遅いから……」


 近づいた女性が、言葉を止めた。


 視線が私の七色の髪から顔、足元、巨大な筆へと移っていく。


「な、なに、それ……?」


 私の腕から緑色の絵具が滴った。


 ぴちゃん。


「ひっ!」


 女性が後ずさり、足をもつれさせて尻餅をついた。


「来ないで!」


 どうして怖がるのだろう。


 こんなに綺麗なのに。


 ふと、筆が目に入った。


「あ♥」


 そうだ。さっき、パパとママを描いた。


 だったら。


「ねえ。あなたも、描いていい?」


「え?」


 返事を待たず、穂先を女性の肩へ押し当てた。


「いやっ、やめ――ひゃあっ」


 黒いスーツに七色の絵具が染み込み、肌の奥へと広がった。


 女性が肩を押さえる。けれど、その指先まで柔らかな絵具に変わり始めた。


「うそ……手が……」


 指が崩れ、桃色の雫となって穂先へ吸い込まれる。


「いやぁっ! たすけ……」


 悲鳴が甘い吐息に変わった。


 女性は目を見開き、鮮やかに色づいていく身体を見下ろした。


 恐怖に引きつっていた顔が緩み、頬に笑みが浮かぶ。


 腕も脚も、次々と絵具へほどけていく。


「ふふ。そうでしょう?」


 私は嬉しくなった。


 女性の身体が、色とりどりの絵具となって筆へ吸い込まれていく。


「んふっ……いや、溶けちゃう!溶けちゃう」


「うん。とっても綺麗に描いてあげる」


「ぁあああああ」


 最後に残った笑顔が桃色に溶け、穂先へ消えた。


 あとには鞄だけが残った。


「わあ」


 筆が少し重くなり、色が増えていた。


 私は周囲を見回した。


 何も描かれていないシャッターがある。


 そこへ穂先を押し当てると、灰色の鉄板に鮮やかな色彩が走った。


 古い喫茶店。花の飾られた窓。


 そして、店先で楽しそうに微笑む仕事帰りの女性。


 さっきの人だった。


 けれど、もう疲れた顔はしていない。


「できた」


 胸の奥が温かくなった。


 久しぶりだった。


 自分の絵を、心から綺麗だと思えたのは。


 私はシャッターの並ぶ通りを見渡した。


 まだ、こんなにある。


 描いていない場所が、こんなにたくさん。


「そっか」


 目に溜まった七色の涙が、頬を伝った。


 涙に滲んだアーケードが、鮮やかな空色に見えた。


「そうだ。続きを描けばいいんだ」


 もう、やめなくていい。


 もう、諦めなくていい。


「あは……あははっ! あはははははっ!!!!」


 私は巨大な筆を抱きしめた。


 次は何を描こう。


 あのお店も、あっちのシャッターも。


 みんな、みんな、綺麗にしてあげよう。


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