プロローグ
それは、何の変哲もないある晴れた日だった。
昨日よりは輝いているけれど、明日よりはくすんでいる。そんな日。
シオン・ノア・ブライヤーは自室のベッドに横になりながら窓の外を見つめた。
大きな窓からは気持ちのいい日差しが降り注ぎ、庭園の綺麗な花々を眺めることができた。
その漆黒の長い髪を無造作に垂らし、紫紺の瞳を憂慮に染めたまま。
シオン・ノア・ブライヤーは何をするでもなく、ただその景色を眺めていた。
そしてポツリと一言つぶやいた。
「今ので一体何回目だったんだろう?」
あぁ、本当に虚しい。
これまでのすべてが無くなる経験は、幾度経験しても慣れないものだった。
そして誓った。
「回帰者、見つけたら絶対にXしてやる」
*****
初めて回帰したと気づいた時、シオンは大いに喜んだ。
ブライヤー公爵家。
ノディス王国の建国に携わった名門公爵家。にも関わらず、臣籍降下した三代前の王妹により財政難に陥った落ちぶれた公爵家。
そんな我が家門を立て直すチャンスを得たと思ったからだった。
シオンには、前世の記憶があった。
平凡な会社員として働き、趣味はラノベを読み漁ること。ごく平凡なオタク生活を満喫していた前世の記憶は、今世では全く役に立たなかった。
前世では存在しなかった魔法。全く使ったことのない剣。踊ったことのないダンス。遥かに厳しい礼儀作法。見たことの無い動植物。使ったことのない言語。複雑怪奇な魔道具。
そのどれもが初めてな文字通り今世一周目。
知識として知っているのと、実際やるのとでは、雲泥の差だった。
前世の知識は全く役に立たなかった。むしろ邪魔だった。
シオンが前世のことを思い出したのは十歳の頃だった。
周りはもう一通りの教育が終わり、中等学園入学に備えている頃。
シオンは以前からチラチラと思い出していたその記憶の正体がしれて安堵した。だが、その記憶が邪魔になるとは夢にも思っていなかった。
話している内に混ざってしまう前世の言語。完璧にした筈の礼儀作法を崩してしまう習慣。
思い出したばかりの頃は、前世の記憶に引っ張られてありえない失態を繰り返してしまった。
そんな小さな積み重ねが、シオンを "ブライヤー公爵家の落ちこぼれの次男" の枠に押し込めてしまった。
シオンは、悔しかった。
人よりも多い知識を生かすどころか寧ろ溺れてしまった自分の未熟さが、ずっと下の爵位の人間達に「顔だけの役たたず」と馬鹿にされる自分自身が、ただ悔しかった。
だから初めて回帰した時は嬉しかった。チャンスだと思った。
これで汚名返上をして今度こそチート無双できる!と喜んだ。一度は夢見たことだったから。
本当に、そう思っていた。
その回帰によって、中等学園卒業を二回、高等学園卒業を二回させ、就職した王宮魔術師としての経歴を消し、三度目の高等学園入学を経験させられるまでは。




