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狂魔伝  作者: ラジオ
第二章
39/67

story38‐‐新たな統率者‐‐

 泉が老舗和風料理店『都』の長期休暇を取れたのは、組織の復帰宣言をした日から二週間後のことだった。泉が長期休暇を取りたい旨を告げると、太一はかなり渋い顔をした。『都』の人気は未だに健在で、泉なしに運営するのは非常に厳しかった。人手はバイトを雇えばどうにか補えたが、食材の調達が問題だった。『都』の料理には山でしか採れない山菜がたくさん盛り込まれている。バイトの新人には、猛毒をもつものが多い山での食材の調達は危険すぎた。太一が直接教えている時間もない。

 そこで泉に救いの手を差し伸べたのは、意外にも雛子だった。

「食材の調達が問題なら、泉おねえちゃんに先に、休暇を取る分の食材を調達してきてもらえばいいんじゃないの?」

 四人は店のテーブルを囲んで話し合っていた。そのうち三人が驚いたように泉の隣に座る雛子の方を向いた。

 シンプルかつ核心をついたアイディアだった。

「だが、泉ちゃんにはここで働いていてもらわなきゃならんぞ」

 太一は長期休暇分の食材を泉が調達する時間がないと言いたいようだった。

 雛子は泉の方を窺いながら言った。

「泉おねえちゃんなら、働いた後でも夜調達に行けるでしょ?」

「え? あ、うん、もちろん」

 大人びた雛子にすっかり感心していたので、泉は少したじろいだ返答になった。

 泉はとにかく早く組織に貢献して名誉挽回したかった。雛子は泉のその気持ちを察していたようだった。幼いながらも自分の力を駆使して人を助けようとするところは、確かに天才科学者の血を引いているのだと改めて感じさせた。

「泉ちゃんがそこまでして休暇を取りたいんなら、俺は別に止めはしない。いつも無理させてんじゃねえかって心配してたくらいだからな」

 よし、と膝を叩いて太一が言った。

「それじゃあ、半年分の食材を採ってきてくれ。山の食材がなくなっちまうかもしれねえが、そもそもここが商売繁盛したのは泉ちゃんたちのおかげだ。そうなっても、泉ちゃんのためなら俺たちは潔く引退させてもらうさ」

 ハルも笑顔で泉を見守っていた。太一と同じ意見のようだった。

「あたしのわがままで……すみません」

「謝ることは……ない!」

 太一が、泉の背後からどすんと何かをテーブルに叩きつけるように置きながら言った。藁を編んで作られた等身大のかごで、調理場の方から取り出してきたらしい。たくさん重なっているため、泉たちの座っている畳の上にも振動が伝わった。

「こんな大きなかごがどうしてこんなにたくさん?」

 泉は目を丸くして訊いた。これだけの量を調達しなければいけないことより、かごの出自が気になったようだった。

「ハルは昔、こういうものを編むのが趣味だったんだ。最初は小さめのものを作ってたんだが……」

「満足できなくなって、とにかく大きなものを作りたくなっちゃったの」

 ハルが恥ずかしそうに顔を赤らめながら言葉を継いだ。

「うちの利益はほとんどこれに消えたんだ」

 太一は実に悲しそうに告白した。

「そ、そんなことないわよ。あんただって町に……何かこう……いかがわしい感じのお店ができてから……たびたび通っていたの……知ってるんだからね」

 これまた突然、ハルがはにかみながらも、夫婦にとっては非常に複雑で重大な告白をした。

「な、ハル、お前、そんなところに行ってないって知ってる俺にそんな嘘をついてなんになるんだよ」

「あ、今慌ててた。顔も赤くなってた。やっぱり、酔ったままそういうところにこっそり、っていう探偵さんの情報は正しかったんだ。あたしは雇った探偵の言うことなんか全然信じてなかったのに……」

「おいおい、何言ってんだよ、ハル。探偵とか……冗談だよなあ?」

「今度は酔ってて覚えてなかったんだ、なんて言って弁明する腹でしょ? 別に今は泉ちゃんたちの前だから誤魔化すのは許してあげるけど、二人になったらたっぷり聞かせてもらいますからねー」

 泉と雛子は呆れた表情を隠すことなく二人を見守っていた。

「いつの間にか世界情勢がハルおばさんの有利な方に傾いていますね」

 雛子が二人に聞こえないように泉に囁いた。

「ははは。雛子ちゃん、難しい言葉知ってるね」

 泉は、二人に対する呆れと雛子に対する感心が妙に混ざった具合に笑いながら言った。

「ついでに、雛子の推測ですと……ハルさんの言葉はハッタリですね」

 泉が大口を開けて雛子の方を向き、再びハルの方へ向き直る。

「うそ……見た目が清楚なだけに、余計腹黒い……」

「これが年を重ねた大人の女性……」

 雛子が恐れをなしたように呟いたところで、ハルが急に泉たちの方を振り向いた。

「何か言いましたか?」

「い、いいえ!」

 二人は背筋を伸ばしてきれいに声を揃えた。





 二週間かけて半年分の食材を調達し終えると、泉は翌日の朝、急いで本部に向かった。小塚は退院したため、もう病院ではなく本部に来て欲しいとの連絡が泉のもとに届いていた。新年の数日は店を閉めたため、その間に思いのほか調達を一気に進めることができた。泉が店から長期休暇をもらう間、組織はすでに活動していたらしかった。

 休憩室では小塚が一人泉を待っていた。もう顔を見ても憎悪が芽生えることはない。解放されたようで、泉はやっと本来の自分に戻れた感じがした。

「他のやつはもう夏に向けて武器や食糧の調達に出ている」

 待ちくたびれたというように欠伸をしながら小塚は言った。泉は朝一番に出てきたつもりだったが、組織のメンバーはもっと早くから活動していたようだった。

「あたしは何をすればいいんですか?」

 早く仕事が欲しいと言わんばかりに早口だった。

「その前に、お前がいない間に起こったことを話す必要がある。お前が来るのが遅いから、プリントしてまとめておいた。読め。わからないことがあったら訊け。わかる範囲で答える」

 口下手で説明できないのではと訝りながらも、渡された紙を素直に受け取った。一枚の紙に細かい文字で要約されているようだった。

 泉は目を通し終えると、頭の中を整理するように目を閉じた。

「森岡……いえ、蒼井秀一が岩谷さんを……そして栗原さんがボスを……いや、待ってください」

 泉は何かに思い至ったように目を見開いた。

「どうした?」

「蒼井は自分の計画に邪魔な組織を潰そうとしていたんですよね?」

「そうだ」

「そして、蒼井は人を狂魔化させることができたんですよね?」

「ああ。感情物質を操れるらしいからな。負の感情物質を大量に与えたんだろう」

 泉の顔が歪み始めた。

「そういうことでしたか……」

「何か……わかったのか?」

 小塚は泉の歪んだ顔に、一瞬怯んだように言葉を詰まらせた。

「もしかしたら、全てが蒼井の仕業だったのかもしれません。あたしたちは……元凶の蒼井に見事に踊らされていたのかも……」

 不意に電子音を立てて休憩室の扉が開いた。

 泉と小塚が振り向くと、入ってきたのは若い男だった。

「お前か」

 地下の管理室にいた管理課の一人だった。

「お知り合いですか?」

 泉が訊いた。

「この本部で下働きをしている人型ロボットらしい。管理室で事務を行う管理課と、俺たちの治療をするために医療技術を教え込まれた治療課の二種類がある。こいつは管理課のロボットだ」

「ロボット……でもボスは……」

 不可解そうに眉を寄せる泉のもとに男が歩いてきた。

「お待ちしておりました、ボス。これから……」

「ちょっと! ちょっと待って。ボスってだれ?」

 泉は仰天して声が裏返っていた。野芝東一郎はもうこの世にはいない。

 男は口を開いた時からまっすぐ泉の方を向いていた。

「あたしが……ボス?」

「はい。野芝東一郎さんの指名です」

「ボスがあたしを……どうして……」

「詳しい話は管理室でいたしましょう」

「わかったわ」

 泉が小塚を振り向いた。

「あたしが気付いたのは、もしかしたら栗原さんを助けられるかもしれないということだけです。蒼井との戦いの準備に影響は出ませんから、そのまま続けていてください」

 泉はそう言い残して男の後について休憩室を後にした。

 泉を見送る小塚の表情は睨むように険しいものだった。





「君たち、僕の言うことを守れるね?」

 教会に若い男の声が響く。

 黒ずんだ大理石の巨大な柱が何本も立っている。中央の真上の天井には、中世ヨーロッパ風の絵が描かれた豪華なステンドグラスがはめ込まれている。だが、外は厚い雲に覆われて雪が舞っているため、ステンドグラスが月光を通して教会の内部を照らすことはなかった。まるで教会そのものが光を拒絶しているかのように深い谷底のような闇が蔓延っている。

 蒼井は階段の一番上の祭壇で、信者が祈るために設けられた席に座っている、真っ白な髪の人間たちに見上げられる形で立っていた。

 席の大半が埋まり、彼らは大人しく蒼井の言葉を聞いている。

「君たちはこれから、とても偉大な仕事をする。だが、それにはまだ君たちはこの町でたくさん修練を積まなければならない。だからこの町で暮らす間、君たちは空いている家をどれでも使っていいけど、喧嘩だけはしちゃいけない。君たちみんなが揃っていなきゃできない重要な仕事なんだ。だからもう一度言う」

 蒼井が瞼を大きく開いた。

「絶対に争うな」

 蒼井の威厳のこもった人を従わせるような言葉に全員が頷く。

「それじゃあ、もう家に帰って構わない」

 蒼井がそう言うと、彼らは一斉に立ち上がり、教会を後にした。

「さて、残る問題は彼らか。まったく、まるで生命力の強いネズミ共だな……地獄でも見たいのかな」





「元ボスの東一郎さんは、あなたを非常に高く評価していました」

 地下の管理室に向かって階段を下りながら男が話し出した。とてもロボットとは思えない人間らしい声だった。

「東一郎さんはもともと、神崎さんの孫で秘伝体術を教え込まれていたからという理由で、あなたを組織に勧誘しました。息子には教えなかったが、孫には教えた。それだけで、神崎さんはあなたに期待を抱き、自分の後継ぎになって欲しいと考えていたのを東一郎さんは悟りました。神崎さんがあなたの何に期待を抱いていたのか、東一郎さんは終生知ることができなかったようです。しかし、東一郎さんは神崎さんの意志を信じ、彼もまたあなたに期待を抱きました。あなたには、自分でも気付いていないような、何か特別な才能でもあるのかもしれませんね」

「あたしに才能なんて……組織のみんなを殺そうとしたのに」

「どうして殺そうとしてしまったのですか?」

 男の率直な質問に泉は黙り込む。

「あなたはもう、その理由に気付かれているんじゃないですか? おこがましいようですが、私にはあなたがすでに、その理由にうすうす感付いているように見えます」

 泉が笑った。

「よくわかったね。話し方も考えてることも、とてもロボットとは思えない。確かにあたしはその理由に気付いてる。でも、もっと根本的に突き詰めて考えていたの。善悪について」

「これも私の推測ですが、それこそがあなたの才能のように思えます。物事をよく考え、そこから正しい真実を見抜く」

「何が正しいかなんて、あたしが決めていいことじゃないよ」

「それでもあなたなら、自分の信念のもとに行動すると思います」

「ねえ」

 泉は前を向いたまま言った。

「あなた、あたしのことを知ってるの? さっきから、まるであたしのことをよく知っているみたいに話してるけど」

「あなたは……初代ボスに非常によく似ています」

「祖父がボスの時からあなたは組織にいたの?」

「もちろんです。組織が設置された当初、一番最初に下働き用のロボットとして組織に加えられたのが私です。もっと言うと、『神隠し』の狂魔が国家の施設で暴走した時、それを止めた二体のロボットのうちの一つが私です。神崎さんには、私を組織のメンバー同様に扱っていただきました。私は神崎さんの偉大さをよく知っています。その神崎さんが期待を抱くのです。私はボスとしてのあなたに誠心誠意尽くします」

 王に仕える騎士が騎士道を誓っているようだった。

「わかった。おじいちゃんの名にかけて、必ず蒼井の野望は打ち砕いてみせる」

「ボスならきっとできます」

 二人は管理室と大きく彫られた扉の前に着いた。大型の機械でも入れるためか、扉自体が何メートルもある巨大な大きさで、威圧感に圧倒されそうだった。

「ここです」

 男がパスワードを入力すると、巨大な扉は電子音を立ててスムーズに開いた。

 無数の機械が置かれているためか、広い割に狭苦しく感じる。照明がないようで薄暗く、機械が不気味な光を発しているだけだった。

「どうしてこんなところに?」

「ここなら……いろいろと説明しやすいのです」

 男の雰囲気が今までと変わった。

 ロボットだとわかっているのに、雰囲気が変わったように思えたのが泉にとってはとても奇妙な感覚だった。

「この人たちもロボットなの?」

 泉の目の前には、機械を置いた台の前の椅子に腰を下ろして微動だにしない人たちがいた。

「彼らは現在待機モード――つまり休憩中です。ボスが指示を与えれば指示通りに動きます」

 まるで人間が眠っているようだった。俯いている者、背筋を伸ばしている者、頬杖をついている者。全員目を閉じているため余計人間味が出ていた。

「あなたはどうして待機モードに入っていないの?」

「私たちの中では私が言わばリーダー的存在にあるので、私がボスをここまで案内することになったのです」

 泉はしばらく何かを考えるように目を閉じて眉を寄せていた。

「……で、話って何?」

 目を開けてから尋ねる。

「私たちの本来の存在意義と使い方をご説明します」

 男は重々しい口調で言った。

「そして前のボスである東一郎さんも知らなかった私たちの秘密も、あなたにはお話ししておきます。と言っても、もうあなたには察しがついていると思いますが」

 男が意味ありげに他のロボットたちの方に視線を向けた。

 泉は彼らを一人一人丁寧に観察し始めた。

 そして手前の若い女性を観察した時、泉は驚愕の表情を浮かべ、目を見開いた。

「まさか……彼らは本当に……」

「はい。彼らは今、眠っています」





 休憩室で一人考え事に耽っていた小塚は、不意に気配を感じたように扉の方に顔を向けた。

 電子音を立てて開いた扉から姿を見せたのは佐川だった。羽織ったコートのポケットに手を突っ込んでいる。

「いつも思ってたんだけど、ここの扉防音性なのに、あたしが入ってくるのどうしてわかるの?」

 佐川は冷えた身体をあたためるためのお茶を淹れ始めた。

「俺にもよくわからんが、お前の時だけなぜか気配を感じる」

「そ、そう」

 佐川はまだお茶を口に入れる前に、頬が少し赤らんだ。

「安藤がさっきここに来た。今はロボットと管理室にいる。もうあいつは完全に正気を取り戻していたみたいだ」

 佐川はあたたまるように両手でカップを包みながら、また一口お茶をすすり、心底安心したような吐息をついた。

「よかった」

「『都』を訪れたロボットみたいにあいつらを殺すことはないだろう……」

 小塚は佐川の表情を観察していた。佐川がお茶の水面に何を見ているのか、想像に難くなかった。

「やっぱりまだ責任を感じているのか。田川のことはお前が罪悪感を覚える必要はないと言っただろう」

「でも、やっぱりそれって、死んじゃった人に失礼だと思う。あたしをかばってくれたのに……」

「田川と仲がよかったようだが、何か特別な思い入れでもあるのか?」

「凛ちゃんは……小塚君の執刀医の一人だったから……」

「……そうか」

 小塚はあまり深入りしなかった。

 しばらく沈黙が続いた後で、再び小塚が口を開いた。

「安藤がいない間に起こった出来事を教えたんだが、何かに気付いたらしい」

 佐川が小塚に顔を向ける。小塚は間を空けずに続けた。

「俺たちの活動に変更が出ることはないようだが、実は俺もさっき改めて考え直していた。それで、どうしても気になる場所を思い出した。安藤と野芝が戻ったらそこを調べに向かいたい」

「いいけど、それってどこ?」

「孤児院跡だ」


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