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狂魔伝  作者: ラジオ
第二章
32/67

story31‐‐理想郷‐‐

 本部の地下六階、休憩室。

「つまり、話をまとめると……」

 佐川が眉間に人差指をあてながら、三人それぞれの話を整理した。

「まず、蒼井が自分の計画の邪魔者たるあたしたちを消すため、組織に狂魔化患者の森岡菊男として潜入。ボスと隼人さんに書類を書かせて外出し、人々を狂魔化させてあたしたちを襲わせる。主戦力

の小塚君と、狂魔を研究する岩谷さんが邪魔者だと判断し、二人が孤立したところを襲った。隼人さんの話によると、感知器が反応しなかった狂魔らしきあいつらも、蒼井の手下……」

「そして計画は次の夏、実行される」

 小塚が締めくくった。

 三人は休憩室のそれぞれのソファに座り、田川は佐川のそばに立っていた。

 佐川が天井を見上げた。

「この国を滅ぼすなんて……本当にそんなことが……」

 小塚をやすやすと負かした実力は相当なものだが、それでも蒼井の計画の規模の大きさは、理解するのを頭が拒むようだった。

 隼人は溜息をついた。

「でも、わからないことがまだまだ……」

「おそらく、感知器に反応しなかったあいつらは、俺と似たようなものだ」

「どういうことだ?」

「俺には狂魔の血が混じっているらしい」

 すでに一度聞いた話で、小塚自身も信じていないようだったが、それでもやはり佐川は俯かずにはいられなかった。

「あいつらも同じだとすれば全て納得できる。だが……」

 小塚は考え込むように目を閉じた。

「どうしたの?」

「俺と佐川が戦ったあの女は……確かに俺と同じ孤児院にいた子供だった。だがボスは、孤児は全員死んだと言っていた。嘘をついているようにも見えなかった」

「ボスは死んだと思い込んでいた……ってことか」

 隼人が言葉を継いだ。

「生き残った孤児が他にもいるかもしれないな」

「いたとしても、おそらく蒼井の配下にされているだろう」

 佐川が降参するように両手を上げて呻いた。

「謎はたくさん残るし、栗原さんは見つからないし……一番重要な蒼井もどこにいるのかわからない……何をすればいいんだろう」

「栗原による被害が出ていない以上、そっちは保留して、蒼井の捜索が最優先だ」

 小塚が答えた。

「それもそうだな……でも、お前が手も足も出ない相手をどうやって倒すんだ?」

 隼人が小塚の包帯を巻いた腕を見つめて言った。

「あいつはわざわざ俺が一人になったところを狙った。つまり、大人数を相手にしたら分が悪いってことだ」

「あたしたち三人で何とかなるの?」

 佐川は、とてもそうは考えられないといった口調で訊いた。

「もしも蒼井を止められなかったら……国家レベルの危機なんだろ。だったら戦力は多いに越したことはないし、少なくとも今よりはもっと必要だ」

「まず、安藤の戦力は必要不可欠だ。俺がこんな義手じゃ、今まで通りに戦える保証はない」

「でも……泉ちゃんは……」

「そんなことを言ってる場合じゃない。安藤さんの居場所と、説得する方法を何とか考えるんだ」

 佐川は、隼人が退院してからを境に、急に気の強い男になったように感じた。以前の弱腰の隼人とはまるで違った。蒼井や栗原の話になると目つきが変わるのだった。蒼井に操られていたことも、親友として栗原を救えなかったことも、強い責任を感じているのだろう。

「凛ちゃん」

 佐川が決心したように田川に振り返った。

「栗原さんの捜索は中止して、蒼井の捜索に変更して。それから、泉ちゃんを探していた人から何か情報があったら教えて」

「はい。分かりました」

 田川が他のロボットと通信を開始し、しばらくの間休憩室に沈黙が訪れた。

 その間三人はずっと、目を閉じて集中する田川を見つめていた。

「蒼井の捜索に変更を完了しました。ボスを探していたロボットですが、『都』という店を訪れた後に死亡……機能が完全に停止しています。説得は困難極まりないかと思われます」

「それなら、とりあえず俺たちは蒼井を探すぞ。やつらが組織化していればアジトとなる場所が必要だ。怪しいところを見つけたら互いに報告しろ」

 小塚の言葉を皮切りに、三人はそれぞれ組織の別々の車に乗った。田川は佐川の車に同乗して、三台の車は蒼井のアジトの捜索を始めた。





 蒼井は、メガネをかけて痩せ細った男と共に地下にいた。

「薬はそろそろできるか? 夏までに特訓しなくてはならないんだけど」

 薬の製造現場をじっくり眺めながら男に尋ねる。

「その点は問題ありません。しかし、どうして夏にこだわるんでしょう?」

「怨臓も作れなかった君ごときの質問に答えるのも癪だが……」

 男は恐怖で一瞬固まり、身体中から冷や汗が噴き出した。

「そんなに緊張しなくていい」

 様子の変わった男に気付いて蒼井が言った。

「少なくとも、君が道具として使える間は殺したりはしないから。せいぜい必死になるんだね。で、何の話だったっけ?」

 蒼井は細く鋭い狐のような目つきで、悪魔のような微笑を浮かべながら睨みつけた。

 男は石に化したように硬直した。

「で、何の話だったっけ?」

 もう一度、男の身体に恐怖を染み込ませるようにゆっくり尋ねた。

「あ……は、はい。なぜ……夏までに……」

 男は舌がもつれて最後まで言い切れなかった。

「そうだった。せっかくだがら、楽しいことはまとめて楽しもうと思ってね。兄の栗原京は、少なくとも夏までには本当の自分を完全に取り戻す。だから、この世で唯一の真の狂魔に戻った彼を、僕の計画と一緒に殺してやるのさ。さあ、わかったかい?」

「……はい」





 捜索を始めて一週間後。ちょうど正午を回った頃だったが、灰色の空からは綿のような雪が舞っていた。

 孤児院跡に向かっていた小塚から、佐川と隼人のトランシーバーに連絡が入った。

『孤児の生き残りを見つけた。今、車を降りて追っている。孤児院跡の東の洞窟に向かっているようだ。すぐに来てくれ』

 隼人はすぐに洞窟前に到着し、その後三十分ほどしてようやく佐川と田川が積もった雪を踏みしめて現れた。

「本当にこんなところにアジトが?」

 佐川が入り口前の大岩に座る小塚に訊ねた。背中には刀を二本背負っている。頭に雪がかなり載っていた。急いだつもりだったが、かなり待たせたようだった。

「確かに、入口に何の見張りもないってのは少し気になる。どうでもいいアジトなのかもしれない」

 小塚は腕を振って飛び降りた。

「だがまあ、調べてみないと何もわからない。ライトは持ってきてるか?」

 佐川は懐から四人分の小型の懐中電灯を取り出した。佐川が遅れたのは、懐中電灯を取りに本部に寄ってからここへ来たためだった。

「確か、保つのは四時間だったよな?」

 受け取りながら隼人が確認するように聞いた。

「そう。でも、こんなに広い洞窟を四時間で調べられるかな……」

 ここまで来るときに見た限りでは、洞窟は何キロもありそうなほど長く、大きかった。

「無理そうだったら明日また来ればいい」

 小塚がカチカチと明かりをつけたり消したりしながら言った。

「そうだよね。じゃ、行きましょう」

 小塚を先頭にして四人は、月明かりのない夜よりも暗く、底なし沼よりも深い洞窟の中へ吸い込まれるように消えていった。





「うまく誘いこんだか?」

 切り開かれた森の中央に立つ、孤児院跡の屋上。

 蒼井はさびた手すりに背を預けながら携帯を耳に当てていた。

 見上げる空から舞い落ちる雪は、大気中の塵や埃が混じり、濁ったような灰白色だった。

「……そうか。ぐしゃぐしゃにしてくれてかまわない」

 そう言うと蒼井は携帯の電源を切り、コートのポケットに入れた。

 溜息をつき、目を閉じて思い浮かべる。

 殺しあう国民。

 荒野で人の死体をつつくカラス。

 そして、青い空に輝く太陽の下で、朽ちた建物や道路に草木が蔓延り、リスが走り回って、蝶が飛び回る、自然の楽園。

 日本列島は無人島と化し、大陸の人々は武器を持って互いに争う。

 やがて人類は絶え、パズルはリセットされる。

 ゆっくりと瞼を開き、灰色の空が視界を覆った。

「……夏には、この雪が真っ黒な血の雨になっているのか」

 髪を一房摘まんでじっと見つめた。

「……黒く染まらないといいな」

 やがて蒼井は思い出したように言った。

「そういえば、あの子たちの訓練の最中に邪魔が入ったんだったな」

 蒼井は何かを楽しみにするかのように口元をほころばせながら屋上を後にした。





「……まったく。ここは悪魔の墓ではないと、何度言ったらわかるのやら……」

 法衣に身を包み、頭をきれいに剃った年配の僧侶が愚痴をこぼした。

 薄暗い小屋の中のようだった。

 はっきりとはしないが、時折外から小鳥の囀りのような小動物の鳴き声が聞こえてくる。

 僧侶は蓋を閉じた棺の上で胡坐をかいていた。

 僧侶の正面方向の壁の下に、顔の描かれていない菩薩の銅像が置かれている。

「ああ……天よ」

 僧侶はその菩薩の銅像に嘆くように言った。

「こんな墓守が私の天命だとでもおっしゃるのですか?」

 僧侶は銅像を見つめたが、ただ小屋の中に、雲のようにモクモクと沈黙が漂うだけだった。

 一人虚しく溜息をつく。

「……こんなことなら、あいつの山を選べばよかったのう」


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