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狂魔伝  作者: ラジオ
第二章
28/67

story27‐‐決意‐‐

 佐川が黒い人影を見つけたのはビルの八階だった。

 奥の方で誰かが倒れている。

 そばまで行った時には、佐川は今日何度目か知れない涙を流していた。

 倒れている小塚のそばに、粉々にされた小塚の携帯らしきものがあった。

 ライトで照らすと、小塚を中心に血の海が広がっていた。

 佐川はしゃがみ込み、自分の携帯で管理室に再度電話をかけた。

 相手は先ほどと同じ女性のようで、佐川は八階に来るよう言い、さらに手術の準備をしておくように伝えた。

 佐川は、左腕を切り落とされ、さらに胸に刀が刺さったまま静かに横たわっている小塚にすがりついた。

「……お願いだから………………死なないで」

 佐川の声はか細く、囁きに近いものだった。

「お願いだから……目を……開けてよ…………絶対……死なないって……約束したじゃん……」

 佐川の目からこぼれたあたたかい涙が、小塚の顔の血を洗い流すように落とした。





 それから七時間ほど経過した頃。

 佐川は手術室の前のベンチで、手を組んで祈るように目を閉じていた。

 手術室の扉が開くと、佐川はやつれて泣きはらした顔をゆっくりと上げた。

 あどけない顔立ちの若い女性が手袋を外しながら出てきた。治療課に属する彼女も管理室にいた管理課の者たち同様、人の容姿、声をもってはいるが、人ならざるものらしかった。

「どうでしたか?」

 蚊の鳴くような声で訊いた。

「とりあえずは命を取り留めることができました。しかし、心臓を始めとする彼の複数の内臓が機能を停止しています。狂魔用の医療機器を取り付けましたが、もってあと一週間――」

「やめてよ!」

 相手の言葉を否定しようとするように遮る。

「……もう……やめてよ……どうしてあたしばっかりこうなるのよ……」

「佐川さん、落ち着いてください。小塚さんを助ける方法が一つあります」

 女性は単調に言った。

「何? 何でもいいから早く助けてよ!」

 佐川は相手の両肩を掴んだ。

「ボスから、岩谷さんが研究室で秘密裏に人工臓器を開発していたという話を聞いています。その臓器を……」

「使って!」

 懇願するように掴んだ相手の両肩を揺すった。

「全部使っていいわ。あたしが許可する。責任はあたしがもつからお願い、早く小塚君を助けて!」

「わかりました。すでに別の最も近い通路から臓器を取りに向かっています」

 佐川は女性に抱きついた。

「ありがとう……本当にありがとう……あなたがいなかったら……」

 女性は不快そうな素振りを一切見せずに佐川を受け止めた。

「さっきは取り乱しちゃってごめんなさい……あなたたちには、手術の技術が最初からあったの?」

 少しして佐川は訊いた。

「ボスから直接……しごいていただきました」

 佐川は顔を上げて女性を見つめた。

「しごく?」

「はい。滅茶苦茶にしごかれました」

 佐川はくすっと小さく笑った。

「どうしてロボットのあなたがそんな言葉を遣うの?」

「……秘密にしていただきたいのですが、実は我々には……世界でも最先端の技術を駆使して作られた人工知能が埋め込まれています。そのため、我々には人間と打ち解ける目的で多少の感情に近いものが組み込まれています」

「そうなの?」

「はい。私は先ほど、あなたに生まれて初めて『ありがとう』と言われました。なぜ人間が泣いたり笑ったりするのか、理解できた気がします。ですから、そのささやかなお礼として、あなたに笑っていただけたらと思いました」

「ありがと……ありがとね。あたし、あなたみたいに優しい人に会えたこと、とっても嬉しい……」

「お、おやめください」

 女性は詰まった声で言った。

「……実は……我々にも……涙腺があるのです。ですので……それ以上言われると……」

 女性の目が潤ってきていた。

「あたし、あなたのこと、大好きよ」

 女性の目から一粒のしずくがこぼれ落ちた。

「へへ、あたし、ロボットの女の人泣かせちゃった」

 佐川が身じろぎ一つしない女性の顔を覗き込んで言った。

「そ……そろそろ……臓器が到着します」

「そうね。手術の邪魔になっちゃう」

 佐川は相手の背中で結んでいた自分の手を放し、女性から離れた。

 女性が手で涙を拭う。

「……あたたかい」

 涙を拭った自分の手を見つめてそう呟いた。

「小塚君をお願いします」

 佐川が改めて言い、頭を下げた。

「必ずお救いします」

 女性は手袋をはめながら手術室に入っていった。

 手術はさらに八時間に渡って続いた。岩谷の研究室には臓器のほかに特殊な義手や義足、義眼まで見つかり、小塚の腕も義手ではあるが無事戻り、手術は成功した。

 しかしあと数日は目覚めないだろうということだった。





 黒江総合病院。とある病室。

「……死んだのか?」

 隼人が不意に口を開いた。

 病室の入口には佐川が立っていた。扉も開けっ放しで、今訪れたばかりのようだった。

「どうしてわかったんですか?」

 佐川が尋ねるが、隼人は何も答えない。

「ボスは……隼人さんのことを忘れたことなんかありませんでした。でも、無事に暮らしていると聞いていて、隼人さんが傷ついていたのには気付かなかったと……とても……悔やんでおられました……最期まで……」

「……そうか。落ち着いたらまた話を聞かせてくれ」

 隼人はベッドのそばの椅子を手で示し、必死に嗚咽をこらえようとしていた佐川を座らせた。

 顔を覆う佐川の小さな両手では留め切れないのか、涙が細く白い手首を伝っていた。

 しばらくしてから佐川は、泉が組織を抜けたことから感知器の異常、ボスが栗原に射殺されたこと、美奈子が殺害され、小塚が何者かに殺されかかったことまで、隼人がいなかった間のことを全てすっかり、余すことなく聞かせた。

「栗原が……殺した?」

「監視カメラにはっきり映っていました」

 隼人は大きくて深い溜息をついた。というよりは心を落ち着かせる深呼吸に近かったかもしれない。

「親友がおかしくなって組織も壊滅状態。回復した俺がいつまでもこんなところでのんびりしているわけにはいかないな」

 佐川は、隼人は話を聞いたら酷いショックを受けるものと思っていたが、隼人の目には堅い決意の色が窺えた。

「俺たちに今できることをしよう」

「はい!」


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