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狂魔伝  作者: ラジオ
第一章
22/67

story21‐‐才能‐‐

「こんなに大人数で食卓囲むのとっても久しぶりな気がするわ」

 桜が嬉しそうに呟いた。

 泉が無事退院したその夜は、全部で六人が顔を合わせて食事をしていた。

「いつものちょうど二倍だね」

 光が知恵をひけらかすように言った。

 泉は周りを見回した。

 食卓は、真梨香、泉、雛子、反対側に桜、光、博行がそれぞれこの順で座っていた。今日は泉がいなかった間の二倍で、泉の祖父がいた頃に比べてもさらに多かった。

 雛子は相変わらずの無表情だったが、本部ではあまりとってくれなかった食事を今ではちゃんととってくれている。他の四人も楽しそうに食べていた。

「それじゃあ光君。あたしの家は四人家族だから、今日は何倍だ?」

「え……えーっと」

 光は悩ましそうに眉を寄せながら考えた。

「一・五倍?」

 泉はほほ笑んだ。

「おお、よくできましたー」

 真梨香があまり大きな音を立てない程度にパチパチと手を叩いて褒めた。

「よっしゃ! 次の問題は?」

 光は調子に乗ったように次の問題を要求した。

「光はまだ三年生だったよな。少数の掛け算はもう習ったのか?」

 博行が光の方を向いて言った。

「まだだよ。何となく勘でわかった。それに九九だってちょっとは知ってるよ」

 光は得意げだった。

「それじゃあ……」

 真梨香はいやらしい笑みを浮かべた。

「泉のクラスは二十二人だったか……じゃあ……あたしのクラスは二十一人です。あたしのクラスにいる人は今ここにいる人を何倍にした数でしょう?」

「それちょっと酷くない?」

 泉が真梨香に耳打ちした。

 真梨香は人差指を口元にあてた。

「はいはい。でも、光ならきっとできちゃうわ」

 泉は光の表情を眺めた。

「二十一……六……ろくにじゅうに……ろくさんじゅうはち……ん? ろくしにじゅうし?」

 光は明らかに戸惑っているようだった。

「あらら……」

 泉はやっぱり難しかったかと思い始めた。

「わからないのかなー?」

 真梨香が挑発するようにからかった。

「もうちょっと待ってて……えっと……十八と二十四の……」

 光がかわいそうに思えてきた泉はまた真梨香の耳元に囁いた。

「ヒントあげてもいい?」

 真梨香は両手の人差し指で作ったバツ印を泉の目の前に突き出した。

「えー」

 ふと、泉は雛子の方に視線を向けた。

 ゆっくり黙々と食べている。

 泉の視線に気付いた真梨香が察したように耳打ちした。

「さすがにそれは無理よ。まだ小学校通ってないでしょ?」

「聞いてみなきゃわからないでしょ」

 泉はそっと雛子の方に顔を寄せ、声を潜めて尋ねた。

「話は聞いてた? 答えわかる?」

 雛子は返事をせずに食べ続けた。

 泉はさらに囁いた。

「明日猫じゃらしがあるところに連れてってあげる。真白の食いつき方は半端じゃないよ?」

 ゆっくり黙々と食べていた雛子が不意に動きを止め、使っていたフォークを静かに皿に置いた。

 そして一瞬、光の方を横目でちらっと見てから、右手で答えの数字をテーブルに書いてみせた。

 それを見ていた光以外の全員が、文字通り開いた口がふさがらないようだった。

「わかった! 三・五でしょ!」

 しばらくしてから光が答えを言った。

 空気がしらけかけたが、慌てて泉が手を叩いて褒めた。

「お、おおー正解だよ、ひかりー。よくできましたー」

 真梨香が泉の耳元に囁いた。

「何か……光君あわれだね」

「光には言っちゃだめだよ」

 泉は大人二人にも目配せした。

 大人二人は苦笑しながら頷いた。

「もしかして……」

 不意に真梨香が何かに気付き、光に聞こえないよう声を潜めて泉に言った。

「雛子ちゃんが声に出さないで書いて見せたのって……」

 泉も苦笑しながら小声で答えた。

「たぶん、光に気を遣ってくれたんだと思う。この子、こう見えてもうすっかり大人なところあるから」

 空気が静まってきた。

 光が不審に思わないうちにと、真梨香が話題を変えて将来自分がやりたいことについて話し始めた。





 雛子はその後、泉にだけはたまに口をきくようになり、家の近くで泉と取ってきた猫じゃらしを使い、真白とも遊ぶようになった。その時だけは人形ではなく、血の通った人間らしい生き生きとした表情を垣間見せた。

 光は、急に居候して共に暮らすことになった雛子を嫌うことなく、妹でもできたように気軽に話しかけた。突如姉がいなくなって寂しく感じていたのかもしれない。真梨香も平日を含め、頻繁に安藤家に泊まるようになり、泉や光とともに雛子をかわいがった。

 雛子は真白を通じた時に限り、光や真梨香に口をきくようになった。

 だがそこまで到達するのに一週間はかかり、それまでは光や真梨香が現れると、猫じゃらしを使って真白を別の部屋に呼ぶか、真白が来なくても、そのままその部屋に閉じこもってしまうことが多かった。

 雛子が口をきく程度に心を開いたのは、もっぱら光と真梨香の努力の報いというわけではなく、単に真白と遊んではしゃいでいたところを二人に見られてばつが悪くなったからにすぎなかった。心を開いたというよりは、偶然閉め忘れた心の扉に、これまた偶然二人が覗き込んでしまったという感じが近い。

 事情を何となく察したのか、光と真梨香は雛子のことを深く尋ねることはなく、また、泉も雛子の素性について二人に話して聞かせることはしなかった。





「それ何?」

 真梨香が泉の部屋の机の上に置いてある、小さな黒いものを指差して言った。

「ああ、それ」

 泉はあまり気のないように言った。

「まさかまさか。あれじゃないよねー?」

 真梨香は疑っているかのようなことを言いはしたが、口調と表情にははっきりと期待の色が浮かんでいた。

「たぶん、真梨香が思ってるあれだと思うよ」

「うっそー! じゃあ、これがあの携帯ってやつ?」

「うん」

 泉は苦笑して頷いた。このあたりでは、泉たちの年齢で携帯を目にすることは少ない。

「仕事先との電話以外できないようになってるけどね」

 真梨香は興奮した幼い子供のように携帯を隅々まで眺め回していた。一応タッチ式の最新の機器ということにはなるが、産業の衰退が原因で、実は何十年も前のものだった。

「これ、いつもらったの?」

「二週間前休暇をもらった時。定期的に連絡してるの」

 泉が休暇をもらって家に帰ってから、すでに二週間が経過し、すでに日本全国で雪が降り始める季節となっていた。その日もちょうど夜中からふわふわした静かな雪が降り、正午を回った今でも、外は完全に雪化粧している。

「スズメって冬寒くないのかな」

 窓の外のもみじの木の枝にとまっているスズメを見つめながら、泉が憐れむような口調で呟いた。

「寒いだろうけど、あのお腹のふわふわの毛は気持ちよさそうだなー。それこそ真白に負けないぐらいに」

 真梨香は、早くも興味をなくしたように携帯を机に戻してスズメを見つめていた。生物部員の観察眼が、スズメを容赦なく眺め回す。

 二人はスズメが飛び去っていくまで、そのクリクリした目や両足とび、高い囀りに静かに癒されていた。

「あたしさあ、この前将来の夢……的なこと話したでしょ?」

 珍しく真梨香が疲れたような口調で言った。

「うん。ドイツかどこかで暮らしたいんだっけ? このご時世じゃかなり無理があるだろうけど」

「そう言ったけど、実際は別にこの国じゃなければどこでもいいんだよね」

「どういうこと?」

「あたしは完全に独立したいの。大人になったらあんな家族とは二度と会いたくないし、話したくもない。というか繋がりを断ちたいとさえ思ってる」

 真梨香はあくまで柔らかな表情を保ってはいるが、その言葉には憎悪や嫌悪が見え隠れしていた。

「家族と何かあったの?」

 泉が眉を寄せて尋ねる。

「はっきりした何かがあったわけじゃないけど……あたし、家族はあたしのことを何も理解していないんじゃないかって思うの」

「どうして?」

「……彼岸花って毒があるの知ってる?」

「え? あ、いや……知らなかった」

 泉は急に話が変わって少し戸惑った。

「あたし、生物部で植物の研究しててそれを知った時、何かこう……ぞくぞくしたの。何だか急に興味が湧いたのよ。で、町で本を買って調べたら、この前話したスイセンとか、銀杏とか身近なものにも意外と毒があるってわかったの」

「……そういうこと」

 終始何か諦めたような暗い語調だった真梨香の話を聞いて、泉は話の展開を察した。

「泉は察しがよすぎるよ」

「真梨香の両親は生粋の心配症だったもんね。毒を盛られるんじゃないかって疑われ始めたんでしょ?」

「……そんなことしないって何度も言ったけど、食事の時はいつも毒見でもするみたいに、それぞれのお皿から少しずつ食べ物を口に入れて、変なものが入ってないか確かめてからやっと食べ始めるの」

「料理作ってるのは真梨香のお母さんだったよね。お母さんは真梨香が毒を入れてないって知ってるはずでしょ?」

「食材が冷蔵庫にあったうちに毒を仕込んだかもしれないって思ってるんじゃない?」

 刺々しい言い方だった。

「そんな……自分の娘をそこまで疑うなんて……酷すぎる」

「所詮はそういうことなの。小説やドラマのような家族愛なんて存在しない。きっとそういうのは、現実と違うからこそおもしろいんだよ」

 真梨香の言葉は悟りを開いた偉人のようだった。

「でも……」

 泉はそんなことないと反論しかけたが、ふと口をつぐんだ。入院中考えていた幸と不幸の話を思い出したからだった。またしても自分が思い違いをしていたのを悟った。真梨香は最初から不幸の側の人間であって、自分の幸せが眩しすぎて周りの不幸が見えていなかったのは、結局自分一人だけだったのだと。

「真梨香……」

「ん?」

「お願いだから……変わらないで」

 泣きべそをかいて訴える泉に、真梨香は微笑とも苦笑とも取れる小さな笑みを返しただけで、すぐに視線をそらした。

 泉の察しのよさは、よく言えば真実を見抜く、悪く言えば嫌なことばかりわかってしまうものだった。泉は明らかに後者を意識していた。そして今も、真梨香がすでに変わってしまっていることなどわかりたくもなかったと、心の中で嘆いていた。

 だがもっと的確に表現すると、泉のこの天性の才能は、真実を見抜くというより、むしろ危険の察知に近いものだった。


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