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狂魔伝  作者: ラジオ
第一章
15/67

story14‐‐計略‐‐

 約束の二十分が経ち、そろそろ夜の帳が下り始めるかという頃。

 泉と隼人の目の前には、血塗れの服を着た若い男が立っていた。男の目は赤くなってはいない。

 トランシーバーでボスに連絡したすぐ後で、ちょうど小塚たちも狂魔らしき怪しい女性に遭遇したとの報告があった。

 男はいたずらっぽい薄笑いを浮かべていた。

「待ちくたびれたよ」

 男の口調には余裕の色が窺えた。

「あんた、何者なんだよ」

 隼人の挑発的な態度は泉の目にもはっきりと見てとれた。あえてそうしているようにも見える。

「野芝隼人さん、であってるかな? そちらが安藤泉さん?」

「あんた、本当に狂魔か?」

「その口調から察するに、僕を狂魔だと思っているけど確信できているわけではない、ってところかな」

 泉は目の前の男の笑みに、底の見えない、何かを企んでいるような悪意を感じた。今までの狂魔から泉が感じたのは『殺意』であり、目の前のこの男が醸し出しているような『悪意』ではなかった。

「隼人さん、この人……狂魔じゃありません」

「……ああ」

 隼人も同じように感じていたらしく、泉の言葉に同調するように頷いた。

「あんた、どうして組織の情報をもってるんだ?」

「君たちの中にスパイがいるから、っていう理由以外に何があるのかこっちが訊きたいぐらいだよ」

 男は常に隼人をからかうように喋った。

「隼人さん、あの人の言うことを鵜呑みにしちゃだめです」

「わかってる」

 隼人の顔は明らかに怒りを表していた。

 だがその顔色には微かに疑念も漂っているようだった。

 相手が確かに組織の情報を持っている以上、組織の誰かが情報を流しているか、組織に何者かが忍び込んだことになる。組織の堅固な警備を破れるとは思えない。とすると、本当にスパイがいるか、組織の誰かが知らないうちに情報を流しているかのどちらかの可能性が高い。だが組織の人間はほとんど外界との接触を断っている。

 泉は考えるのをやめて隼人に言った。

「隼人さん、この人を生け捕りにしましょう」

「そうだな。それで全てわかる」

 隼人は依然笑みを浮かべている男に銃を向けた。

「狂魔じゃなければよけられない」





「こいつ……どこかで……」

 小塚は目の前の若い女を見ながら呟いた。

「どうしたの?」

「いや、たぶん気のせいだ。さっさと殺すぞ」

 女は血の付いた黒い三角帽子を斜めに被せ、長い髪は後ろで編んでいた。肩にマントのようなフリルがついている。全体的に奇抜で派手、一言で言えば魔女のような格好だった。

「会って早々殺すだなんて、物騒ですね」

 女の喋り方はどことなく素っ気なかった。世間話でもしているようだった。

「この人、目が赤くない」

 佐川が相手の正常な目を見て指摘する。

「そうだな。でもあの血を見ればわかるだろ。あのゴスロリ女は狂魔だ」

「ぼそぼそと苛立たしい。聞こえていますよー。私が狂魔? 侮辱にもほどがあるわ」

 顔が歪んだ。

「侮辱罪で死になさい」

 女は不意に懐から銃を出した。

 小塚が佐川を近くの茂みの影に突き飛ばしたと同時に、大きな発砲音が響いた。幸い、周囲に人家はない。

 佐川はあとから茂みに飛び込んできた小塚の右腕から血が流れているのを目にした。

「小塚君!」

「今はとりあえず逃げるぞ。ここじゃ不利だ」

 小塚は立ち上がって茂みの奥へと進んでいった。

 佐川も姿勢を低くして小塚のあとに続いた。

 発砲音がするたびに二人のすぐそばを弾がかすめた。

 二人は人の背丈を優に超える草の茂みに入り込んだ。草のてっぺんにはまだ赤い西日が届いていた。

「隠れながら後ろを狙えるポイントまで誘導したら、お前があいつを撃て」

「わかった。なるべく高いところを探して」

「高いところだな」

 二人は時折曲がりながら、高いところを探して茂みをかき分ける。

「傷、大丈夫なの?」

「かすっただけだ」

「それにしても出血量が多いよ」

 佐川は小塚の腕を流れる血が、先ほど見た時よりも増えているのをはっきりと見て取った。

「ここを抜けたら包帯を巻くね」

「今は俺の心配をしている場合じゃない。状況は圧倒的にこっちが不利だ」

 やがて前方に茂みの終わりが見えてきた。

 茂みを抜けるだいぶ手前で小塚が足を止める。

「おかしい。さっきから銃声がしない。後方の草もまったく揺れていない」

「見失ったんじゃないの?」

「いや、たぶんあいつは俺たちを追っていない。俺だったらあの状況なら先に回り込んで待ち伏せする。出てきたところを狙えばほぼ確実に仕留められるからな」

 小塚が引き返し始め、佐川も小塚の出血を案じながらあとに続いた。

「他に道なんてなさそうだったよ」

「他に道があっても、相手にそれを読まれてそこに待ち伏せされていたら終わりだ」

「でも他に選択肢なんてないでしょ」

 小塚は佐川を振り返った。

「俺はさっき、お前と自分の命を絶対に守り通すと誓った。確実にあいつに勝てる方法を見つける」

「そんな方法どこにあるの?」

 佐川は焦り始めていた。

「これから探す。あいつも適当に発砲して場所を知らせるようなまねはしないだろうしな」

「でも血が……」

「うるせえ、死ぬか黙るかどっちかにしろ。俺は今集中して考えなきゃいけねえんだ」

 座り込んだ小塚の右腕は、血で指先まで真っ赤に染まっていた。

「それじゃあ、どうせ考えてるならあたしは小塚君の右腕の応急処置をしてる」

 せっかくお互い認め合えた大切な人を失いたくないという恐怖が、佐川を駆り立てていた。

「勝手にしろ」

 小塚は目を閉じて集中し始めた。





 隼人は目を見張って男を見つめていた。

「うそだろ……」

 隼人の拳銃からはかすかに白い煙が立っていた。

 男は頭を隼人の弾の軌道ぎりぎりにそらしてかわしていた。

 その後隼人は二発連続で的の広い男の腹部を狙って撃ったが、やはりぎりぎりでかわされた。

 男の顔には余裕の表情が漂っていた。

「弾が切れたら君たちの終わりだ」

「くそっ」

 隼人が表情を歪める。

「落ち着いてください。敵の言葉に耳を傾けちゃいけません」

 泉は隼人が動揺しているのを悟って言葉をかけた。

「まずはあたしが隙を作ります」

「安藤さん……」

 隼人は泉を心配そうな表情で見つめた。

「頼りない後輩を心配するような目で見ないでください。小塚さんとの訓練は伊達じゃないんですから。隼人さんは援護をお願いします」

 隼人はやや間を置いて頷いた。

「……わかった」

「ありがとうございます。では、行きます」

 泉は数歩前に出て、男を見据えた。

「後ろの君、女の子に任せるなんて、情けないね」

 男がからかうように言った。

 泉が振り向くと、隼人の顔にはまだいくらか心配そうな表情が窺えたが、泉が笑みを返すと隼人も小さく下手な作り笑いを返した。

 泉は男をじっと見つめた後、正面から一気に走り込んでいった。





「思いついた」

 小塚が目を開け、ポケットに手を突っ込んだ。

「どうするの?」

 佐川の視線が下に下がる。

「逃げない」

「じゃあ何をするの?」

「周りのこのうざったい草を」

 小塚が左手で、背中の刀を金属音を響かせながら鞘から引き抜いた。

「切り飛ばす」

 刀を思い切り地面に刺す。

「そんなことしたら……」

 佐川の言葉には懸念の色が浮かんでいる。

「草を切るときは俺のそばでしゃがんでろ。切ったらすぐに俺と背中合わせで敵を見つけろ。一秒以内に見つけてまた草に隠れる」

「見つけられなかったら?」

「絶対に見つけられる。あいつはどこかから俺たちを見張ってるはずだ。向こうから見えればこっちからでも見える。見つけられなかったらその時考える」

「ボスに作戦考えてもらった方がよかったんじゃ……」

 佐川は不安そうな声色を隠そうともしなかった。

「状況を一から説明してる余裕はない。敵の場所がわかったら俺が走り込む。お前は俺の援護をしろ」

「あんまり至近距離すぎたら小塚君でも避けられないんじゃないの?」

「避けられない距離になったら刀を投げ飛ばす」

 佐川は溜息をついた。

「無茶苦茶ね」

「早くしねえと、この腕も麻痺し始めたみたいだからな」

 小塚は佐川に包帯を巻かれた片腕に視線を移した。

 佐川はもう一度溜息をつき、小塚の足元にしゃがみ込んだ。

「やるぞ」

 小塚は左腕を地面と平行になるまで上げた。





 女は小塚たちのいる背の高い茂みを、近くのブロック塀の隙間から目を凝らして見ていた。女の背後にはぼろ小屋が一つぽつんと建って影を作っているが、今にも崩壊しそうでひと気はなかった。

 女は嘲笑的な笑みを浮かべた。

(……なるほど、銃弾の毒はまだあまり回ってはいなかったのね。確かにその作戦は理にかなっているけど……知ってしまえば話は簡単……)

 女の顔からさらに笑みが広がり、ブロック塀の隙間に愛用の銃が差し込まれた。

 やがて草が揺れ始めた。

(……来る!)

 引き金にかける指に力を込めた。

 そして急にある一点を中心に草が螺旋状に切り上げられた。

(……そこね!)

 女は切り上げられた草のちょうど中心点に発砲した。

 口が裂けるほどの笑みが浮かぶ。

 やがて切られて舞い上がっていた草が地面に落ち、辺りの様子が見え始めた。

 女の笑みが消えた。

 草がきれいに円形に切られたその場所には、死体が転がっているどころか、男と女の両方とも姿が見当たらなかった。





 小塚が素早く一回転して草を切り上げた瞬間、二人はそれぞれ反対方向に草の中に飛び込んだ。

 そしてすぐに二人とも振り返る。

 切られて舞っていた草の中に、大きな発砲音と共に一条の鮮やかな銃弾の軌跡が浮かび上がった。

「……そっちか」

 小塚が女の隠れている方向に草を切り倒しながら走っていき、小塚の走っていった方向の視界がひらけた。

 佐川はすぐにブロック塀に隠れていた女を見つけ、狙いをつけて銃の引き金を引いた。

 佐川の銃弾はブロック塀の隙間の真ん中を通り抜け、様子を窺っていた女の右目を撃ち抜いた。

 小塚は超人的な跳躍でブロック塀を飛び越え、見事に女の右目が撃ち抜かれているのを確認した。

 刀を納め、小塚はふと女のそばに落ちている三角帽子に目をやった。

「な……リサだと……」

 黒い三角帽子の縁の裏に『リサ』とカタカナで金の刺繍がしてあった。





 佐川は安堵して全身の力が抜けたようにその場に崩れ落ちた。

「……よかった」

 佐川の手には、小塚のタッチ式の携帯が握られていた。

 小塚は佐川と話している間、画面を佐川に見せながら高速かつ無音で文章を作っていた。

 その画面には黒い文字が大量に並べられていた。

『あのゴスロリ地獄耳女はどこかで俺たちの話を聞いている。芝居をしながらこの文を読め。あいつの撃った弾には毒が塗ってあった。もう俺の右腕は動かない。筋肉を麻痺させる毒らしいから、全身に回るまであまり時間はない。俺たちは周辺の草を切り、背中合わせで一秒間だけあいつを探し、見つけたらまた草に隠れる、というふりを演じる。あいつは必ずその一秒間を狙って撃ってくる。だから俺たちは草を切り上げた瞬間に他の草の中に飛び込む。すぐに俺たちのいた場所に銃弾の軌跡が浮かび上がるから、それを見てあいつのいる方向を確認する。俺があいつのいる方向の視界を開くからお前は草の中からあいつを見つけて撃て。怯ませられればあとは俺が何とか止めを刺す』

 小塚は女の死体を引きずって佐川のもとまで戻ってきた。脇に三角帽子を挟んでいる。

「腕は? 早く戻って毒を抜かないと」

「そうだな」

「早く行かなきゃ」

 佐川は立ち上がった。

「今回に限っては……お前の手柄だ」

「そんなことどうでもいいよ」

 二人は車に向かって歩き始めた。

「あんな高い塀があるとは思わなかった。飛び越える間に撃たれていたかもしれない」

「何が言いたいの? お喋りしてる暇があったら急いでよ」

 佐川の言葉には珍しく棘があった。

「……助かった。それだけだ」

「何言ってるの」

 佐川は小塚が引きずっている女に視線を移して言った。

「最初にあたしをかばって怪我しなかったら、小塚君一人で片がついたでしょ」

「いや、こいつ、他の狂魔と違って――」

「死ぬか黙って急ぐかどっちかにしてくれない?」

 佐川は小塚の言葉を遮り、勝ち誇ったような笑みを小塚に向けた。

 小塚はかすかに口の端を広げ、黙って車へ向かった。


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