このままでは終わらない
大急ぎで仕事をこなす。仕事をしている間だけは、何も考えずにいられるから。夕食の時間になっても、仕事部屋の外に出る気にはなれなかった。
普段なら、パーカーとマギーにも側にいてもらって仕事をするのだが、今日は二人とも追い払ってしまって部屋に閉じこもっていると、部屋の扉が叩かれた。
「お嬢様、お夕食の時間になりました」
「……いらない」
今日、何を口にしたのか、まったく覚えていない。けれど、頭がいっぱいで、何を出さ
れても入っていく気がしないのだ。
鍵をかけてしまっているから、パーカーは中に入ってくることはできない。扉をぶち破れば別だろうが、今の彼にそこまでする意味はなかった。
「お体にさわります。昼食も召し上がってないではないですか」
「欲しくないんだもの」
扉に額を押しつけて、エリザベスはため息をついた。自分が悪いことくらいわかっている。だが、心の整理がつかなくて、どうしたらいいのか、まだ答えが見えてこないのだ。
「では、扉の前に軽食をお持ちします。それでよろしいですか?」
「いらないって言ってるのに」
そういうわけにはいきません、と静かな声が聞こえたような気がした。だが、それ以上はパーカーも言う気になれなかったようだ。パーカーの足音が遠ざかっていく。
足音が階段を下りていくのを扉越しに確認して、エリザベスは扉にもたれるようにして座り込んだ。
「……悪いとは、思ってるのよ」
ぽつりとつぶやく。今回の一件はエリザベスのワガママだ。
捜査については警察にまかせておけばいいのに、自分で乗り込んだ。本来なら、きちんと警察に話をするべきだったのだ。
たとえ、警察がエリザベスの話を信じなかったとしても、だ。
けれど、エリザベスは自分で乗り込むことを選択した。
どうしても取り戻したくて――屋根裏部屋になんて放り込んでおかないで、自分の部屋に置いておけばよかった。そうしたらきっと、盗まれることなんてなかった。
手の届くところにおいておきたくなくて、でも捨てられなくて。自分自身の弱さが、今の事態を招いたのだと思えば腹も立つ。
扉の前に座り込んでいたエリザベスの耳に、こちらへと戻ってくる足音が聞こえてきた。そして、廊下においてある飾り台に何かを置く気配が続く。
「お嬢様、サンドイッチとお茶をお持ちしました。後で召し上がってください――今日のところは、これ以上は言いませんから」
「……パーカー……」
「はい、お嬢様」
彼の名を呼んではみたけれど、そこから後は言葉が続かない。出てくる言葉を見失ったエリザベスは、扉に背中を預けて座り込んでいるだけだ。
「お嬢様……どうか、ご自分をあまりお責めになりませんよう」
それだけ言い残して、足音は再び扉の前から遠ざかっていった。階段を足音が下りていくのを待って、エリザベスはそっと扉を開いた。
本当なら、彼はそんなことを口にするべきではなかった。けれど、彼はそうしなかった。
また一つ、自分を責める材料が増えたことにため息ばかりが零れ落ちる。
銀のトレイが置かれている。サンドイッチの載せられた白い皿と、紅茶のカップ、それに林檎のパイが白い布巾の下に隠されていた。
エリザベスは、そのトレイを部屋の中に引き入れる。デスクまでそれを運ぶのももどかしくて、扉の前に座り込んで食べた。
「おいし……」
身体は正直で、一口サンドイッチを齧ると空腹感があっという間に襲いかかってきた。
サンドイッチを全て食べ、それからお茶を一息に飲み干した。皿の上にはまだ林檎のパイが残っている。
エリザベスは、マギーを呼ぶベルを鳴らした。
「リズお嬢さん、ご用ですか? お怪我は、どうですか?」
いそいそと駆けつけてきたマギーは、必死にエリザベスの表情を伺おうとした。ここにこもったきり、出てこなかったエリザベスを心配してくれていたのが、その様子から伝わってきて、再び申し訳なさが押し寄せてくる。
「お茶が欲しいの。持ってきてくれる?」
「かしこまりました」
できるだけ、普段と変わらない様子を心がけながら命じると、ぱっと彼女の表情が明るくなった。
それから、呼ばれてこの部屋まで来た時以上にいそいそと、彼女は階段を降りていく。
彼女が戻ってきたのは、エリザベスが想定していたのよりはるかに短い時間だった。
お湯を沸かすところからやっていたのではとうていこんなに短い間に戻ってくるとも思えない。
「あら、ずいぶん早かったのね」
「パーカーさんがお湯沸かしてたので」
「あら、そう」
エリザベスは苦笑いをうかべた。パーカーにはお見通しだったようだ。彼にはやっぱりかなわない。
マギーをさがらせ、新しく運ばせた紅茶にたっぷりのミルクを注ぐ。
林檎のパイを完食する頃には、空腹感も姿を消していた。台所まで皿を下げようと思ったが、それはやめて廊下に出しておくことにした。
お腹がいっぱいになれば、悲観的な考えも姿を消した。
仕事部屋から、寝室へと向かう足取りは、先ほどまでとはまるで違う。
「……わたしが時計を諦めるか、諦めないか、だけよ」
歯を磨き、寝間着に着替えてエリザベスは鏡の前に座る。ブラシを動かして、金髪をときほぐした。艶が出るまでせっせとブラシをかけて、それからベッドに潜り込んだ。
「……やっぱり諦められない」
正確にいえば、時計は諦めてもいいのだ。
聖骨だって、盗んだ相手にくれてやってもかまわない。諦められないのは、時計の中におさめてある、写真。ラティーマ大陸に移住する前の幸福だった時代の証。
「でも、さすがにこれ以上、他の人は巻き込めないわね」
エリザベスは『レクタフォード十五番地』という住所に思いをはせる。
オルランド公爵の財布の中から探し出したメモの中、すぐにエリザベスが役立てることができそうなのは、あの住所だけだ。
「なるべく早いうちに……該当の場所を探して……」
ああ、その前にダスティの見舞いにも行かなければ。やらなければいけないことはたくさんある。




