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「婚約者候補」との顔合わせ

 エリザベスはそれからもヴァルミア伯爵邸で過ごし、滞在四日目に「婚約者候補との顔合わせ」であるお茶会が開かれた。

 大人数を招待したお茶会は盛況で、庭園に用意されたテーブルの近くでは、皆思い思いに歓談している。


 リチャード・アディンセルとも引き合わされたけれど、「婚約者候補」としてみるにはちょっと頼りないかなとエリザベスは思った。

 黒い髪に黒い瞳、背は高いが、いたって平凡な容姿でどこにいても目立ちそうにない。エリザベスを見る目は優しいけれど、たぶん誰に対しても同じだ。

 二人を引き合わせたレディ・メアリはご満悦で促した。

「エリザベス、リチャード様と薔薇園を見てきたら?」

 いよいよきたか。若い人同士でお話しなさい……と言われるであろうことは予想の範囲内だった。

 マギーが少し離れたところからついてくる。さすがに二人きりというのはよろしくないということなのだろう。


「ご迷惑じゃなかったですか?」

 リチャードは、エリザベスより頭一つ背が高かった。見下ろしながら、たずねる声も優しい。

「いいえ、とんでもありませんわ。アディンセル様こそ……こんなお話、ご迷惑でしょ?」

 エリザベスは、ちらりとリチャードを見上げた。彼女の言葉の後半は、聞こえなかったことにしたらしい。ふむ、と心の中でつぶやいて、彼の出方を待つことにする。


「ラティーマ大陸のお話を聞かせてもらえませんか? ――ええと、エリザベス、と呼んでも?」

 婚約の話ではなくて、そちらに行ったか。となると、彼のラティーマ大陸に対する好奇心は本物ということか。エリザベスはにこりとして見せた。

「どうぞ、リズと呼んでくださいな。お友達にはそうしてもらっているの」

「では、リズ――あちらに」

 リチャードは、エリザベスを薔薇園の側にあるベンチへと誘い、二人並んでベンチに腰かける。


「大陸のお話ってどんなことをお聞きになりたいのかしら?」

「あちらでは金が豊富に取れるそうですね」

「ええ、豊富と言えば豊富なのでしょうね――」

 マクマリー商会も金鉱を一つ所有している。

 そのことを説明すると、リチャードの目が輝いた。マクマリー家が再興を果たすことができたのは、金鉱の発見に成功したからだ。裏ではかなり苦労したけれど、得るものも多かったと思う。


「金が豊富なのは大陸全土のことなのですか?」

「東側ではそれほどでもないようですね。私は主に西側で生活していましたから、東側についてはそれほど詳しくもないのですけれど」

「そうですか。あちらでの生活はどうですか?」

「それほど悪くもないと思いますけれど、こちらほど洗練されていないのはたしかですわね」

 市場に朝食を買いに行くこと、牧場での乗馬、農園を見て回る時のこと、海に沈む夕陽の美しさ、金鉱で働く男たちの荒っぽさと陽気さ。

ラティーマ大陸での生活を、エリザベスは一つ一つ語る。リチャードはそれに口を挟むことなく耳を傾けていた。


「リズお嬢さん――じゃなかった、お嬢様! そろそろお戻りくださーい!」

 遠くからマギーが手をふる。

「行きましょうか?」

 リチャードが手を差し出す。エリザベスはその手を自然に借りて、そして気がついた。しゃべっていたのは彼女だけだったということに。


 ◆ ◆ ◆


 ヴァルミア伯爵家での滞在を終えて自分の屋敷へ戻ってくると、パーカーが出迎えてくれる。

「お帰りなさいませ、お嬢様」

「警察から連絡はあったのかしら?」

 急ぎ足に玄関ホールを横切りながらエリザベスはたずねた。持ち帰ってきた荷物の片づけは、全てマギーがやってくれるからこのまま仕事場にしている書斎に入るつもりだ。


 後を追いかけてきたパーカーが、エリザベスが放り出した帽子を慌てて受け止めた。

「まだ、捜査はそれほど進んではいないようですよ。何の連絡もありません」

「まあ、怠慢ね!」

 エリザベスは眉をつり上げ――そして、ふんと鼻を鳴らすと足音高く仕事部屋へと入っていった。


 レディ・メアリの目を盗んで仕事をしていたとはいえ、一週間も留守にしていれば手をつけられなかった仕事がそれなりにたまっている。

 たまった仕事に目途をつけた頃には、夕食の時間になっていた。

「パーカー。ちょっといいかしら? あのね、アンドレアス商会のアンドレアスってどんな男? あなたの目から見てってことだけど」

 夕食を終えて、エリザベスは執事を呼ぶ。

 食後のコーヒーを給仕しながら、パーカーは首を傾げて見せた。


「そうですねぇ……正直に申し上げれば」

「正直な意見が聞きたいの」

「苦手なタイプでございます」

 主が留守にしている間は、パーカーの胃も平和だった。エリザベスのことを心配しないでいいというのは、なんとありがたいことなのだろう。

 レディ・メアリがもう少ししょっちゅうエリザベスを招待してくれればいいとも思うけれど、エリザベスの方は応じないであろうということも彼は十分承知していた。


「誠実な商人に見えますが、得体の知れないものを抱えているように思います」

「……あなたにも、そう見える? 実は私も。彼にまかせると決めた時、少し不安ではあったのだけれど」

 アンドレアスは、エリザベスが雇った事務手続き専門の業者だった。

エリザベスがラティーマ大陸から戻ってきた時、商売の一部を代行させるためにアンドレアス商会と契約を結んだのだ。

 それ自体は珍しい話ではない。エリザベスは事務手続きの専門家ではないし、そこに時間を費やすのならば人を雇った方が早い。


「帳簿をね、調べていたらおかしいってことに気がついたのよ。毎日届けてもらって正解だったわね」

 ヴァルミア伯爵邸に滞在している間も、暇を見つけては帳簿を調べていた。レディ・メアリにあちこち連れ回されていたから、ものすごく捗ったとは言い難いのだが。

「いろいろつきあわせて考えたら、アンドレアスが怪しいような気がするのよ」

 テーブルに頬杖をついて、エリザベスは天井を見上げる。

「さようでございますか……すぐに、警察にお届けになりますか?」

 パーカーが不安そうな眼差しになる。それに気がついて、エリザベスは手をふった。


「……考えるわ。しばらくの間は、ね。証拠がないんだもの」

 怪しいとは思うが、確証はない。

 アンドレアスの不正は――犯人がアンドレアスだと仮定して――マクマリー商会の屋台骨に影響を及ぼすほどのものではないのだし、もうしばらくの間は泳がせておいても構わない。

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