楽園騎士団と聖骨
夕食後、図書室に引きこもったエリザベスのもとへ、パーカーが留守にしていた間の新聞を運んでくる。
「……確かに……ショッキングな記事ね……」
エリザベスは記事を眺めて嘆息した。それから、選び出した記事を切り取って紙にはりつけ、ファイルにとじる。
「……楽園騎士団と聖骨?」
『スキャンダラス・ニュース』に読みふけっていたエリザベスは思わず声を上げた。
「ああ……確かにそうかも。つながっていてもおかしくはないわね。宗教的に見れば聖骨って信仰の証としては最高だもの」
エリザベスが見ていたのは、「楽園騎士団、聖者の骨を集める!?」と題した記事だった。
記事によれば、楽園騎士団は聖骨を独占し、信者たちの心を取り戻すのが目的だという。
「聖骨なんか独占して、信仰心は戻るのかしら。パーカー、どう思う?」
「……難しいでしょうね。私は日曜日ごとに礼拝に通ってはいますが、それでも聖骨を持っているからといって、楽園騎士団の仲間入りをしようとは思いませんよ」
「あなたは正常な判断力を持っているからそう思うだろうけれど」
エリザベスは考え込む。パーカーはそうかもしれない。けれど、信じ込みやすい人ならどうだろう?
世の中の人間の大半は、信じやすい人であることをエリザベスは知っている。彼女の父親がそうであったように。
「まあ、楽園騎士団の目的はどうでもいいのよね」
それはエリザベスの手の届く範囲ではない。エリザベスは、『スキャンダラス・ニュース』を脇へよけて、『デイリー・ゴシップ』を取り上げた。
楽園に戻れるのなら――エリザベスの記憶は、不意に過去へとさかのぼる。
エリザベスにとっての楽園は、この屋敷で暮らしていた幼年時代だろう。あの頃は母も生きていたし、放蕩者として知られた父の遊びもほどほどだった。
母が病みついた頃から父の遊びはどんどん激しくなっていき――ギャンブル、飲酒。女性問題がなかったのだけは、認めてやってもいい。
彼の遊びは、病み衰えていく愛する女性の姿は見たくないという弱さが招いたものだから。
エリザベスの母が息を引き取った時には、ギャンブルによる借金でマクマリー家の財産はほとんどが差し押さえられるところだった。
先代の執事、つまり今の執事ヴァレンタイン・パーカーの父親も手を貸してくれて、借金は何とか返したものの体面を保つだけの財産は残っていなかった。
当時のエリザベスが今の年齢であれば、家柄目当ての財産家のもとに嫁ぐこともできただろうけれど、あいにく当時の彼女はまだ十歳になるかならないかの少女でしかなかった。
どうにも逃げ場のない中、父の背中を押し、いや蹴り倒してラティーマ大陸へ渡ることを決意させたのは、エリザベスだった。
「失うものなんてないのだから、行ってみるべきよ。だって、お母様だって、そんなうちひしがれたお父様は見たくないと思うもの」
娘のこの言葉が功を制したのか否か。それは今となっては父にたずねることもできない。
ラティーマ大陸が別名暗黒大陸と呼ばれているのは、内乱が続き、開発が遅れていたことから気性の荒い者が多いからだ。ここ十年ほどで、いくらか変わってきたものの、昔の主な産業は鉱脈から産出される様々な鉱石類。
まともな貴族が行くような場所ではなく、鉱山で働くために罪を犯した者が送り込まれていた時期もあった。
最後の良心で娘はエルネシア王国に残そうとした父にエリザベスは強引についていき、金鉱を発見することができた。
男爵もギャンブルからは足を洗い、国で屋敷を守っている忠実な執事に十分報いるだけの送金もできるようになった。
執事父子がいなかったら、今のエリザベスはいない。
けれど、パーカーは知らないだろう。
ラティーマ大陸に渡る日、エリザベスが家に仕えていた少年と二人でとった写真をこっそり荷物に入れていたことを。
エリザベスにとって、聖骨なんてどうでもいいのだ。大切なのは、懐中時計を取り戻すこと。
手元に置いておくのは気恥ずかしくて屋根裏部屋に封印していたけれど、あの中には骨以上に大切な物も入っている。
◆ ◆ ◆
数日が経過して、帳簿を完全に調べ終えたエリザベスは決めた。
「パーカー。明日、アンドレアスに会いに行くわ。どうしても納得いかないのよね。あなたも来てちょうだい」
「危険なことをなさるおつもりですか?」
パーカーの眉が危険な角度による。直立不動だった彼の手がのろのろと上がっていって、胃のあたりを押さえた。
「危ない? アンドレアスは善良な市民でしょ、たぶんだけど。私がどう見られるかくらい知っているわ。よくて若造、悪ければ頭の空っぽな小娘よ――そろそろ大娘という年齢だけど。要は大人の、頼れそうに見える男性についていてほしいってわけ」
アンドレアスとは何度も顔を合わせたというわけではない。事務手続きなら使いの者に書類を渡せば済んでしまう話だからだ。
けれど、さほど顔を合わせたことがなくても、自分がどう見られているかくらいエリザベスにもわかる。
「私も若造だとは思いますが」
「成人男性がいるのといないのじゃ大違いよ、きっと」
そう言うと、エリザベスはあくびをした。ずっと帳簿や切り抜きとにらめっこをしていたから神経を消耗してしまったようだ。
「今日は早めに寝た方がよさそうね。夕食の時間を早めにしてくれる?」
「そろそろ寝るわ。新聞はこのままにしておいてちょうだい。明日また読むから」
記事を集めたファイルを手に、エリザベスは立ち上がった。寝室に向かう彼女を見送って、パーカーは残された新聞の山を見る。
主が何を見つけ出そうとしているのか、アンドレアスと顔を合わせて何をしようとしているのか、彼には見当もつかなかったけれど、一つだけ確実なことがある。
久しぶりに錠剤を取り出すことになるのだろう。彼の胸ポケットにはいつも硝子の瓶がおさめられている。
主が留守にしていた間は忘れ去っていた痛み。
けれど、執事がそんな悩みを抱えているなんて、当然エリザベスは気づいていないのだった。




