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カンタンテ公爵家に犬が来た  作者: ジュレヌク


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カンタンテ公爵家に犬が来た 前編

ある日、カンタンテ公爵家に、産まれたばかりの子犬が連れてこられた。


それは、この家の一人娘であり、軍事国家ミリアムの第五王子クリストファーの妻サブリナが、



「子犬を見てみたいわ」



と言ったからだ。


執事兼絵本作家でもあるシルベスターの新作、



『ワンワン。はじめまして、ボク、チワワ』



を読んで、どうしても本物の子犬を見たくなったらしい。


その要望に応えられなくて、良き夫と言えようか?


愛妻が喜ぶ顔が一番の好物である夫は、サブリナのためならば、どんな非道な手段でも躊躇なく用いる。


しかも、カンタンテ公爵家に婿入りしたとはいえ、シルベスターの兄は、この国の王であり、彼自身軍部を預かるトップ。


権力を振り回すくらい朝飯前のクズ男は、自分の部下に命令を下した。



「子犬を連れてこい。可愛く、従順で、いつまでも大きくならない子犬だ」



部下達は、頭を抱えた。


なにせ、彼らは軍人。


扱う犬種は軍用犬に相応しいシェパードやドーベルマンといった大型犬ばかりだ。

 

下手をしたら小柄なサブリナよりもデカくなる。


もし、彼女に怪我でもさせようものなら、文字通り、自分の頭が身体から切り離されることになるだろう。


背に腹は代えられない彼らは、手当たり次第に各部署に伝令を飛ばした。



子犬急募。


謝礼、月給三ヶ月分。


大きくならない犬種希望。


大人しく、愛らしく、従順なら、尚良し。



ある意味、こちらも丸投げの無茶振りだが、自腹を切ってまで報酬を用意した彼らの元に届けられたのは、街の警備を担っている犬の子供だった。


犬種は、シュナウザー。


軍用犬に比べれば、小さいと言える。


元々牧羊犬として品種改良されているため、運動神経と知能指数が高いことも高評価だ。


それに、クリストファーとの比較なら、成犬になっても手乗りサイズと言ってもいい。


あくまでも、王国内でも一、二の巨体を誇る男と比べたらの話だが。


それに、幸運なことに、この犬は、特に体が小さかった。


同じ日に生まれた兄弟に、全ての栄養を取られてしまったのではないかと疑うほどに痩せ細っていたのだ。


あまり、長くは生きられないかも知れないが、庇護欲をそそる姿は、きっと深窓の令嬢たるサブリナをも魅了することだろう。


そんな経緯を経てやって来た子犬は、全体的に濃いグレーなのに、眉毛と口周りが白い毛で、なんとも愛嬌のある顔をしていた。



「まぁ、なんて可愛いのかしら」



犬よりもっと可愛い顔で喜ぶサブリナに、クリストファーもご満悦だ。


名前も、飼い主であるサブリナにちなんで、『サナ』と付けられた。


新築された新婚夫婦の為の屋敷の前に、その日の内にドッグランを兼ね備えたサナ専用スペースが用意されることとなる。


ただ、生後2週間という幼さの為、先ずは、屋敷内の一角に設けられたスペースで治療と飼育を行うことにした。



「はい、あーん」



サブリナは、自らサナの口元までミルクを含ませた布を持っていき、唇を湿らすような根気良さで栄養を与え続けた。


その甲斐甲斐しさに、クリストファーが拗ね、夜の寝室で慰めてあげるのにサブリナが苦労することになったのは、思わぬ誤算だった。


それでも、夫婦仲を更に良くする相乗効果ももたらしたサナは、クリストファーからも受け入れられる稀有な存在となっていく。


どこを歩いても怒られず、何をしても怒られない。


この屋敷内で、サブリナ以外に、ここまでの好待遇を受ける生物はサナだけだ。


こうなると、いくら賢くとも犬。


傍若無人な態度になっていくと思われた。


それなのに、サナは、とても聞き分けがよく、サブリナとクリストファーだけでなく、使用人達にも愛らしく懐いた。


彼らの多くは、サブリナが救った孤児達だが、愛情豊かで全員が家族のような固い絆で結ばれている。


そんな彼らですら、サナのお世話を巡って喧嘩するほど夢中になっていた。


こうして、サナが居る日常が当たり前となり、自由にお散歩するようになると、ある一つの驚くべき才能を見せるようになる。


まず、サブリナは、一度聞いたことは、忘れたくても忘れられない体質の為、外部との接触を絶つよう屋敷内だけで生活している。


それ故に、使用人達も、外部からの侵入者には神経を尖らせていた。


それでも不埒な者は後を絶たず、深夜に塀を乗り越えて侵入を試みる他国の密偵なども居る。



「ふっ、思ったより簡単に入れたな」



ある夜、全身黒尽くめの男が、警備の穴を突いて屋敷内に侵入を果たした。


そして、足音も立てず、見回りの目を盗み、サブリナの寝室へと近づいていく。


狂犬と言われる軍部トップのクリストファーに言うことを聞かせたいならば、先ずは、愛妻を抑えるべし。


戦場にて無敗を誇るクリストファーをなんとかすべく、敵国も必死なのだ。


そんな重い責務を与えられ、無謀ともいえる潜入を果たした彼の耳に、



フンフンフンフン



小さな息遣いが聞こえてきた。


しかし、立ち止まり耳を澄ますと、突如として消える。


空耳か?


緊張しすぎて、自分の心音を耳にしたのか?


自問自答しながら再び歩き出すと、またもや、



フンフンフンフン



と鼻歌を歌うような軽やか息遣いが聞こえてくる。


明かりをつけるわけにいかず、ジーッと辺りをうかがっていると、



ガブッ



ギャーーー



足を何者かに噛まれ、侵入者は悲鳴を上げた。


すると数人の使用人が飛び出してきて、男を取り押さえて縛り上げる。



「サナ!お手柄よ!」


「わん」



足元という思わぬ死角から襲いかかる小型犬。


その牙は、思っている以上に鋭い。


しかも、ガリガリガリガリと歯を左右にスライドさせ、傷口を広げる悪質さだ。


このお話は、ママ(サブリナ)に似た愛らしさと、パパ(クリストファー)に似た獰猛さを併せ持つ飼犬サナ(オス)の心の声を綴ったものである。











「さぁ、サナ、頑張ってミルクを飲むのよ」



サナが目を覚ますと、キラキラと輝く天使のように優しい女の子が、自分のことを大切に胸に抱いて、ミルクを口元に運んでくれていた。


兄弟にいじめられ、実母の乳さえほとんど何も口にできなかったサナ。


舌先に感じた甘く温かなミルクは、まさに恵みの雨のように体に染み込んでいく。



チュウチュウ



布に含まれたミルクは、サナが何度か吸えばなくなってしまう。


名残惜しそうに吸い続ける子犬に、サブリナは、慌ててお皿に入れたミルクに布を再び浸けた。


何度も、何度も、何度も。


サナが飽きるまで、サブリナは、この行為を続けた。


こうして、毛も生え揃わず、骨と皮だけになってしまっていた子犬の命は、サブリナの献身的介護で救われることとなる。


この時点で、サナの世界は、サブリナ一色になっていた。


寝ても覚めても、サブリナの事ばかり。


サブリナも、初めて『お世話をする側』に回ったことで、夢中でサナを溺愛し続けた。



「まるで、ママと赤ちゃんですね」



常にサブリナの傍に仕えるメイドのルシエルが、思わずそう呟いてしまうほど仲の良い少女と子犬。



「まぁ、それは、素敵。サナ、私が貴方のママよ」



サブリナに頬擦りされ、サナの中でサブリナはママになった。



『ボクのママは、世界一可愛い!ボクが、ママを守るぞ!』



サナは、フリフリ尻尾を左右に揺らせ、垂れ耳だけど、しっかりとサブリナの指示を聞く。


こうして、従順で無垢で、ママが大好きな小さな騎士が出来上がった。


ただ、眠る時だけは、傍にいさせてもらえない。



「パパ(クリストファー)は、寂しがり屋なのよ」



とママ(サブリナ)は笑うけど、サナは、知っている。


次の日、かなりお疲れモードのママから、パパの濃密な匂いが立ち上っていることを。


これは、動物で言うとマーキングである。



『ママ(サブリナ)は、パパ(クリストファー)のものだぞ!』



と暗にサナに知らしめているのだ。


サナは、他の犬よりも聡い。


ママと居る為には、パパを敵に回してはいけないことを誰よりも知っている。


そして、そんなパパも、ママには逆らえないことも知っている。


ママに溺愛されつつ、パパにも感謝される今の状況は、サナにとっても悪いものではない。


この最高に均衡のとれた毎日を維持するべく、サナは、別室に作られた赤ちゃんベッドの上で、お行儀よく眠りにつくのだ。


更に、味方を増やすべく、他の使用人達とも友好な関係を築くことを怠らない。



「はい、サナ、お手」


「わん」


「私も、私も!」



次々と手を差し出してくるちびっ子の手のひらに、スタンプを押すように次々と肉球を押しつけてやる。


こうやると人間が喜ぶことを、サナは、学習していた。


そして、うっかりさんを装って、自分の尻尾を追い掛けてクルクル回ってみたりもする。



「やーん、サナ、可愛い!」



今日も、サナは、絶好調だ。


日々、己の愛らしさを存分に発揮できるポージングにも余念がない。


だが、それだけでは、不十分だ。


サナは、ママを守る騎士にならなくてはならないのだから。


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