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万華鏡は月を巻き戻す  作者: 舞響


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34話 別れと契約

「お別れだよ、羽瑠。

君が“生きる未来”に変わった。

だから……俺は、ここにはいられない。」


「それって……まさか。」


頭の中で、答えが形になる。


――私の腎臓が朔に移植されない未来になった。

――だから、朔は“存在し続けられない”。


「やだ……そんなの、いやだよ。」


声が震える。

涙が勝手に溢れてくる。


「朔……!

私、朔が好きだよ。

いかないでよ……!」


朔は、泣きじゃくる私の頬にそっと触れた。

その手は、少しだけ冷たかった。



「ありがとう。

俺も好きだよ。羽瑠と過ごせて、本当に楽しかった。


同級生として隣に並べたこと。

デートしたこと。

寝落ち電話したこと。

全部、全部……最高に幸せだった。


羽瑠に“返せた”ことも、よかったと思ってる。」


その言葉に、胸が痛む。


「なんでよ……そんなのってない。

初めから……死ぬ覚悟で、私の未来を変えに来たの……?」


問いかけると、朔はへにゃりと笑った。

あの、いつもの優しい笑い方で。


「幸せな時間をありがとう。

一瞬でも羽瑠の“彼氏”になれて、俺は悔いなんてない。

どうか……綺麗なものを見て、

優しいものに囲まれて、

幸せになって。」


そう言って、朔の手が私の頬からそっと離れた。


黒木がそっと朔に近づく。

白衣の裾がわずかに揺れ、床に落ちる蛍光灯の光が彼の影を長く伸ばした。


「なにするの?」


「触診だよ。とってくったりしない。」


黒木の声は落ち着いているのに、どこか急いでいるようにも聞こえた。

彼の指先が朔の下腹部に触れる。冷たい手だった。


下腹部を触る。


「本当だ。

腎臓がない。

これ死ぬな。臓器不全だ。」


淡々とした声なのに、その言葉は鋭く胸に刺さる。


「どうにかならないの?」


私の声は震えていた。

朔の呼吸が浅くなっていくのが、すぐ隣で分かる。


「どうにもならない。

腎臓が一つなくなったんだ。

死ぬしかない。」


黒木は医師の顔で言う。

感情を押し殺したような、冷静すぎる声。


「腎臓あるじゃん!!

私の。」


思わず叫んだ。

胸が痛くて、息が苦しい。


「本気で言ってるの?」


黒木の目がわずかに揺れた。

驚きと、呆れと、ほんの少しの戸惑い。


「本気だよ。一度移植できてるってことは合うってことでしょ?」


「あのさ、未成年の移植って出来るわけないでしょ? 親の同意もないし、しかも他人同士。」


黒木は眉間に皺を寄せ、ため息をつく。

医師としての理性が、羽瑠の必死さを押し返す。


「それでも!!

それでもやってよ!!」


声が裏返る。

涙が頬を伝うのが自分でも分かった。


「親が帰ってくるのは明日だから、どうにかなるでしょう!?」


必死に言葉を重ねる。


「それに貴方ここの院長の息子でしょ。

権限使って上手いことやってよ!」


「そんな無茶いわれたって、僕は内科の医師だ。」


黒木は苦笑する。

でもその目は、どこか痛そうだった。


「私論文みたよ。蓮水先生の。

小児の臓器移植におけるなんたらかんたらってやつ。」


黒木の肩がピクリと動く。

図星を刺されたように。


「海外でも経験積んでるって…若いのにすごいなって感心した。」


「君はほんとに。」


黒木は目を伏せ、額に手を当てる。

困惑と、諦めと、少しの感情が混ざった表情。


「まあ、その論文の内容半分も理解できなかったけどね。」


私は涙を拭いながら、無理に笑ってみせた。

朔の呼吸が弱くなっていく音が、静かな廊下に響いていた。


「僕が君を殺さない保証あると思う?」


黒木の声は低く、静かで、どこか試すようだった。

蛍光灯の光が彼の横顔を照らし、影が頬に落ちる。


「じゃあ契約する。」


私は震える声で言い返す。


「契約?」


黒木が眉をひそめる。

その目は、興味と警戒が入り混じっていた。


「もし、腎臓移植できたら、私は貴方が人を殺したくなったり、一人で寂しいときに話し相手になる。

どんな時でも。」


言いながら、胸が痛くて、息が詰まりそうだった。

でも、朔を助けたい気持ちがそれを押しのける。


「なにそれ。」


黒木は呆れたように笑う。

けれど、その笑みの奥に一瞬だけ揺らぎが見えた。


「私 お姉さんに似てるんでしょ?

この先、生きてたらお姉さんが成長してるように見えるでしょ?

それって貴方にとったら悪くないでしょ?」


黒木の目が細くなる。


その瞳の奥に、過去の影がちらりと浮かんだ。


「そうだね。」


短く答える声は、どこか諦めにも似ていた。


「はあーわかった。

死んでも文句言わないでね。」


黒木は肩をすくめ、白衣のポケットに手を突っ込む。

その仕草は投げやりなのに、どこか覚悟めいていた。


「いうから。

絶対枕もとにたつから。」


私が言うと、黒木は一瞬だけ目を丸くし、すぐに苦笑した。


「ちょっと何やってるですか。」


突然、扉が開き、白衣を着た女性が顔を出す。

驚いたように目を見開いている。


「ちょうど良かった。

緊急手術する。

手伝って。」


黒木は淡々と告げる。

その声には、もう迷いがなかった。


「今からですか?」


「ああ、はやく。」


黒木の声に焦りが混じる。

朔の呼吸がさらに浅くなっていくのが分かる。


「えー。なんか違法な匂いがするんですけどー。」


「手当だすから。」


「わかりましたよ。忘れないでくださいね。」


ため息をつきながらも、黒木は朔を見下ろし、

そして私を見た。


その目には、

さっきまでなかった“決意”が宿っていた。


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