第38話 なんとか乗り切ったと思ったら、次の爆弾が爆発しました
「ただいまー……」
いつも通りの挨拶とともにドアを開けた瞬間、陽奈が僕の胸に飛び込んできた。
「おかえり、志貴!」
「うおっ!? ど、どうしたんだ陽奈。急に……」
「だって、志貴がいつも通りの感じで帰ってきたのが嬉しくて……」
陽奈は僕の胸に顔を埋めたまま、安心したように吐息をつく。
「なんだよ、いつも通りって。別に何もないよ」
「うんうん、信じてたよ志貴。大好き!」
「変なやつだな」と苦笑しながら、僕は陽奈の頭を撫でる。
「……えへへ、もっとして」
「……そろそろ、いいかなぁ?」
リビングの入り口で、のどかが笑顔で立っていた。だが、その瞳は全く笑っていない。
「何? のどか、羨ましいの?」
陽奈が勝ち誇ったように煽る。
「羨ましいです! 志貴くん、後で私にもしてくださいね」
「のどか!? そんなキャラだったっけ?」
「いいんです。志貴くんを早く私だけに夢中にさせるためですから!」
「アタシだって! 志貴を夢中にさせるもん!」
「……早くしてくれませんか?」
さらに冷徹な声が響く。美雪姫が、修羅の如きオーラを纏ってこちらを睨んでいた。
「は、はい……すぐ行きます」
美雪姫の「鶴の一声」で、のどかと陽奈はしぶしぶ僕から離れていった。美雪姫は二人の背中を見送ると、僕にだけ聞こえるフランス語で吐き捨てた。
「Ils flirtent partout... quel coureur de jupons…(どこでもイチャイチャして……本当にスケコマシですね)」
おい、どこがスケコマシだ。
今のどこにその要素があったんだよ……。
*
「それで? 今日のドッジはどうだったの?」
夕食を頬張りながら、陽奈が前のめりに聞いてきた。
「食べるか話すかどっちかにしなよ」
僕がたしなめると、陽奈は慌ててご飯を飲み込み、目を輝かせた。
「それで……? どうだったのよ!」
僕は少し真剣な顔で、正直な感想を口にする。
「思っていた以上に楽しかったよ。やっぱり、チームプレイってのも捨てがたいよな」
その瞬間、陽奈の表情から光が消えた。
「そう……なんだ……」
彼女は勢いよく乗り出していた体を戻し、覇気のない声で呟く。
「じゃあ、ドッジボール部にするんだ……」
「おいおい、どうしたんだ? そんなこの世の終わりみたいな顔して」
「だって、今回は志貴と一緒に練習できると思っていたから……」
「練習くらい、いつでも一緒にできるだろ?」
「それもいいけど! アタシは一緒に『部活』として頑張りたかったの!」
陽奈の瞳に、うっすらと涙が浮かぶ。
「アタシ、もう帰る……」
「おい、陽奈待てって!」
僕は立ち上がり、逃げようとする彼女の腕を掴む。
「離して!」
「いや、離さない。ちゃんと僕の話を聞け」
「アタシを捨てたくせに! 急に出てきたあの双子に尻尾振ったくせに!」
「捨ててないし、尻尾も振ってない! 落ち着け!」
無理やり陽奈をこちらに向かせる。
「まだ、ドッジボール部に入ると決めたわけじゃない」
「え……?」
「さっきのはただの感想だ。向こうも月曜日まで返事を待ってくれると言ってくれた。だから、それまでじっくり悩むつもりだ」
「……そうだったの? アタシ、てっきり……」
「お前の早とちりなんて今に始まったことじゃないだろ。何年一緒にいると思ってるんだ」
「うん……うん、ありがとう、志貴……」
「さあ、早く席に戻れ。おかずが冷めるぞ」
「全く、人騒がせなやつだ」と味噌汁を啜る杏。
「いつものことでしょう。勝手に話を進めるんですから」と紅茶を優雅に飲む美雪姫。
「仲直りできてよかったですね、陽奈ちゃん」と、のどかが微笑みながら皿を片付け始める。
ようやく、いつもの平穏な夕食が戻ってきた。
(そういえば、日曜の件はまだ誰にも話してなかったな……)
そう思いながら席に着いた、その時だった。
――テーブルに置いてあった僕のスマホが、一通の通知を告げる。
『今日はありがとうございました。プレイしている姿、とてもかっこよかったです』
『日曜日も、楽しみにしていますね』
「……日曜日、ってなに?」
横から画面を覗き込んだ陽奈が、地を這うような声で呟いた。
その一言で、リビングの空気が一瞬で凍りつく。
「これはどういうことかな、志貴?」
「詳しく、理由をお聞きしましょうか。志貴さん?」
波乱の夕食会は、どうやらここからが本番のようだった。




