第34話 見学に来ただけなのに、即戦力扱いされました
いつも陸上部が使っているグラウンドに着くと、既に数人が準備運動を終え、それぞれのメニューに取り組んでいた。
部長の声がかかると、部員たちが一斉に集まってくる。
「みんな、今日は見学者が来ている! 陽奈ちゃんの幼馴染、伏野志貴くんだ」
紹介を受け、僕は一礼する。
「もしかしたら入部してくれるかもしれないから、みんなよろしくな!」
『はい!』という威勢のいい返事が響く。
「まあ、見学だし気負う必要はない。いつも通りやるぞ」
部長の合図で男子と女子が分かれ始める。
「じゃあ、志貴。また後でね」
陽奈はそう言って女子の列へ離れていった。彼女の背中を見送り、僕は男子の集団へ向かう。
一年生も数人混ざっているようだ。隣に立った男子が、緊張をほぐすように話しかけてきた。
「よう。君、陸上やってたのか?」
「うん。中学二年の時までだけどね」
「そうか。俺は高校からなんだ。置いていかれないように必死だよ」
「僕も、もし入部したら……今度こそ、全力でやるつもりだよ」
そんな会話をしているうちに、僕たちの出番が来た。
今回の練習は四人一組での100メートル走り込みだ。
僕がスタートラインに立つと、周囲から値踏みするような視線と声が飛んできた。
「お手並み拝見だな」
「一年のブランクがあるって聞いたけど、大丈夫か?」
試されている。
見学とはいえ、戦力にならないような無様な姿は見せられない。陸上を辞めた後も、一人で走り込みだけは続けてきたんだ。
――一丁、やってやるか。
ホイッスルの鋭い音が鼓膜を叩く。
一斉に飛び出す四影。
僕は地面に意識を集中させ、前へ倒れ込むように踏み出した。
陸上はスタートダッシュが命だ。ここで波に乗らなければ、最高速度には到達できない。
低く、鋭く、地面を蹴り続ける。
徐々に身体が起き上がり、視界が開けた。
景色が一気に後ろへ流れ、風が身体を叩く。
短距離特有の、肺が焼けるような疾走感。
——この感覚だ。
中学の時、顧問には「スタミナがあるから長距離はどうだ」と言われたこともあった。けれど、僕は短距離にこだわった。
コンマ数秒の世界で、純粋なスピードだけがモノを言うあの残酷で美しい勝負。
その熱に浸る瞬間が、僕はたまらなく好きだった。
気づけば、僕は独走状態でゴールを駆け抜けていた。
「……ふぅ」
軽く息を整える。まだ余裕はある。
「お疲れ! はぁ、はぁ……。お前、すげぇんだな。速すぎてビビったぜ」
さっきの男子が、肩を上下させながら近づいてきた。
「ありがとう。昔、短距離を専門にしてたからかな。スピードには少し自信があるんだ」
「絶対入部しろよ。それで、俺にも走り方教えてくれ!」
「入るかはまだ決めてないけど、僕の走り方で良ければいつでも教えるよ」
そう約束を交わし、僕たちは列に戻った。
*
「これは……」
「ああ、ヤッベェな」
志貴が走り終えた光景を、部長と名倉は呆然と見届けていた。
「あれで一年のブランクがあるだと? 馬鹿げてるぜ……」
「流石に驚いたな。熱海の幼馴染だから期待はしていたが、アイツも大概だ。一年の遅れなんて、一瞬で取り戻しやがる」
「喉から手が出るほど欲しい戦力だが……無理やり入れようとしても、アイツの性格じゃ逆効果だろうな」
「そうだな。……あとは、熱海に任せるか」
志貴の預かり知らぬところで、陸上部全体に衝撃という名の激震が走っていた。
*
練習が終わり、更衣室で着替えを済ませて陽奈と合流する。
「どうだった? 今日の練習」
「いやぁ、久しぶりに全力で走ったけど、やっぱり楽しかったよ」
「本当!?」
僕の言葉に、陽奈がパッと顔を輝かせる。
「誘ってくれてありがとな、陽奈」
「それで……入るの? 陸上部」
陽奈が真剣な瞳で僕を射抜く。
「ん、それは……」
答えに窮していると、「志貴くん、お疲れ様」と部長が声をかけてきた。
「本日はありがとうございました、部長さん」
「いい走りだったよ。ここだけの話、君は間違いなく即戦力だ。いつでも歓迎するよ」
部長は満足げに頷いて去っていった。
「部長、よっぽど志貴に入ってほしいみたいね」
「そうなのかな。嬉しいけど、一応ドッジボール部も見てみたいんだよね」「ふーん……あの子たちに、会いたいんだ?」陽奈の視線が、すっと細められる。さっきまでの明るさが、嘘みたいに消えていた。
「あの子たち……? いや、純粋に競技に興味があるだけで……!」「ほんとに?」一歩、距離を詰められる。逃げ場を塞ぐような視線に、思わず言葉が詰まった。
「……ふん、どうだか!」陽奈はプイッと顔を背けて歩き出す。僕は慌てて、その後を追った。
(ふぅ、猛犬をなだめるのは、全力疾走より骨が折れるな……)
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