08:農村から北へと向かえ
「いやぁすごかったな、兄ちゃん! 俺ぁたまげたぜ!」
「あんなの見た事ねえよ! いやあれだけの魔猪の群れも初めて見たが!」
「まさか魔豪猪まで出るとはなぁ! しかもそれを倒しちまうだなんて!」
僕らは村の中心で、猪料理を振る舞われている。
畑仕事はしないで大丈夫なのかと思うけど、モモレス村の人たちからすると宴をせずにはいられない出来事だったらしい。
それだけ魔猪に悩まされてきたし、森の主と言われる魔豪猪は恐怖だったのだろう。
実際、冬を前にした実りの時期、今の季節は魔猪が畑を荒らす事はままあるらしい。
今回は魔豪猪まで森を出て来た事で、その群れは拡大していた。
とてもコレットさんや村の皆さんでは対処出来ないレベルだっただろうと。
まぁたまたま僕らが居て良かったとも思うし、なんでこのタイミングだよ、とも思う。
ともかく誰も怪我なく倒せて良かった。
疲れたけどね。頭が。
身体は『使用者の魂』の影響で使っている最中の動きに関して疲れる事はないんだけど、いくつも″宝剣″を操りながら色々な状況を把握するっていうのは頭が疲れる。
慣れてないだけかもしれない。ちゃんとした冒険者の人たちなら出来る事なのかもしれない。
でも僕は鍛治師だから。そういう所に不足を感じる。
これからも旅を続け、魔物と戦い続けるのだろうし、こういった戦闘にも慣れていかないといけないなーというのが反省点だ。
少なくともチーノは僕が守らないといけないしね。
神様に怪我をさせるわけにはいかないし。分体が怪我するのか分からないけど。
そんなチーノは猪肉など無視してコレットさんに焼き芋を貰っている。
「今日発つのであればもうこの焼き芋は食えんのじゃろ!? 今のうちに食うしかあるまい!」
焼き芋に釣られて″宝剣″を探す旅を止めるとか言い出さなくて良かったよ。
この村に居残るとか言い出しそうで怖かった。
でもそんな力説しなくても……。
ああ、それで倒した魔猪と魔豪猪だけど、所有権は倒した僕にあったんだけど、さすがに数が数だから、持てそうな部位素材だけをもらって、ほとんどは村に提供した。
だからこうして宴になってるんだけど、それでも肉は多過ぎるらしいので、干し肉にして冬支度に使うそうだ。
そうして手助けになれば僕も嬉しい。
「ベッシュ、改めてありがとうね」
焼き芋を頬張るチーノの頭を撫でていたコレットさんが僕にお酒を持ってきて、隣に座る。
僕はほとんど飲めないんだけど、一応貰って口をつける。
いえいえ、と言いつつ「やっぱり苦いなー」としか思えない。よくみんな水みたいに飲めるもんだ。
「あの剣とか槍とかが例の『特殊な剣』ってやつなんだろ? すごかったねぇ」
「ハハ、まぁ槍とか鞭とかもあるんで『特殊な武器』って感じですけどね」
「あたしは武器の事なんか全然分からないが、ありゃ世界を旅して探す価値のあるもんだってくらいは分かるよ」
どうやら<操演>で飛ばした事についても剣の能力だと思っているらしい。
否定するまでもないけどね。実際″宝剣″の性能はすごいし。
これで魔法攻撃めいたものまで見せていたらと思うと……やっぱ剣戟だけで戦って正解だよね。
「魔豪猪に迫られた時はさすがに胆が冷えたよ。こりゃ死ぬなってさ。――でもそう思ってたらグルグルに縛られて倒れてるんだもの。何が起こったのか分からなかったよ」
「あの鞭はここに来る前に手に入れたんですよ。持ってて良かったです、ホントに」
【魔鞭グレイプニル】はノルサンデル農産国に入ってから打った″宝剣″だ。
これがなければ別の剣を<操演>で飛ばすくらいしか思いつかなかった。
槍とかの投擲武器は近くにコレットさんが居る状況だと使えないし。
『光るもの』からどんな″宝剣″が生まれるのかは、打ってみないと分からない。
だからグレイプニルを手に入れたのは本当に偶然だ。
もうちょっと普段から使いやすい″宝剣″が出てくれると助かるんだけど、基本的にどれも『規格外の性能』と『異質な外見』なんだよね。だから使いづらい。
まぁだからこそ″宝剣″と呼べるのだろうけど。
グレイプニルにしても何の皮かも分からないし、装飾とかはないからシンプルなんだけど、一つの柄から四本も伸びた鞭なんか、少なくとも僕はこの世界で見た事がない。
だから腰に佩くわけにもいかず、普段使いは出来ないと思っている。
<伸縮自在>も<絶対捕縛>もすごく便利だけどね。
「あたしもベッシュみたいに強けりゃいいんだけどね……」
「僕が強いわけじゃなくて『剣』が強いんですよ」
「何言ってるんだい。あの場に駆け付けて、魔猪の群れを前に戦おうとしたのはベッシュだろ? あたしを助けようと思ったのもベッシュだ。それは『剣』とは関係ない、ベッシュの強さだろうに」
ああ……確かにそれは僕の意思だった。
″宝剣″を使っていると『使用者の魂』が映って全能感を覚える時もある。それが勇気に変わる事も。
でもコレットさんたちを助けようと動いたのは、紛れもなく僕の意思。
そうか――それが僕の強さって事なのか。
いやでも戦える冒険者が戦えない村人を守るのって当たり前じゃないのか?
僕も鍛冶師ではあるけど一応冒険者なわけだし、魔物と率先して戦うのは当然じゃないのかな。
それを『強さ』って言ってしまうと、何か変な感じがする。
「あたしもあの時、【豊穣の鍬】を振ってたら魔豪猪も耕せたのかねぇ」
「出来そうに思えますけどね。コレットさんの″神器″見た時スゴイと思いましたし。あんなに刃の大きい鍬なんて見た事ないですもん」
「ハハッ、そうかねぇ。ま、そうかもしれないね。――となれば、あたしが強くなれればいいのか」
コレットさんは空を見てそう言う。
「今後同じように魔物の群れが襲って来たって、ちゃんと立ち向かえるように。あたしが村を守れるように。――強くならないとね」
美人なのに男勝りで、面倒見が良くて。
そんなコレットさんが決意を籠めたように言う表情は、とてもかっこよく見えた。
♦
「気が向いたらまたおいでよ! 元気でな!」
そんな声を背に、僕とチーノはモモレス村を出た。
馬に揺られ、見えなくなるまで手を振り続けた。
旅は一期一会だけど、この村は本当に「来て良かった」と思える場所だった。
寂しくはあるけど、僕らは前を向いて進まなければいけない。
目的も目標もはるか先なのだから。
僕の前に座るチーノはと言えば、お土産に焼き芋と干し芋をもらって満足気だ。
焼き芋をお土産にもらった所で日持ちしないだろうし、冷めちゃうと思うんだけど……。
もう【鍛治の神】じゃなくて【芋の神】と言われても違和感がない。
ともかく向かうは北だ。
ノルサンデル農産国を北上し、港町から海を渡って北大陸――ラズール大陸へ。
その道中で″宝剣″の反応が近くにあると良いのだけれど。
「微妙じゃのう。一番近いのは北の方角。しかし少し先じゃ。次の大陸に向かうまでに果たして何本手に入れられるかのう」
「あのさぁ、チーノ」
「なんじゃ」
チーノが振り返って僕を見上げる。
真上を向いた髪の毛先が顔に当たりそうになる。
「ふと思ったんだけど……海にあるとか、ないよね?」
「…………」
今までが陸路で、石やら作物やらが『光るもの』となっていた。
それが″海底の石″や″海の中の植物″の可能性だってあるんじゃないかと。
そうなると……どうやって打つのかという話になる。
期待を込めてチーノに振ってみたけど……。
「それはない、と信じよう」
と、神様らしからぬ神頼みをしていた。
「いや、異界からこの世界に″宝剣″が生まれるように『設定』したのってチーノだよね!?」
「どこにどんな形で生まれるかはランダムじゃと言っておるじゃろう!」
「『地上の自然物』とか限定してないの!?」
「してはおらんが普通そうなるじゃろ! こう、異界からふわっと地上に降りて来て、自然物に宿る、みたいな! 我が無意識にそんなイメージをしていたに違いないわ!」
「してないって事には変わりないじゃん! むしろ広い海に降りる可能性の方が高いじゃん!」
「ええい! 信じよ! 我は神じゃぞ!? 其方は【鍛治の神子】じゃろう! 我を信じんでどうする!」
と、言い争ってみたものの結論としては『祈れ』って事らしい。
まぁ今まで陸路だけで八本の″宝剣″を手にしているから、陸にいくつもあるのは分かってるんだけどね。
これで本当に海中とかにあるとしたら……諦めよう。
祈るだけ無駄だったと諦めよう。
でもチーノは誰に祈ってるの?
自分? 天界の本体? 創造の神ティアモーゼ様?
僕は【鍛治の神子】だけど、うちの神様がよく分かりません。
コレットさん仲間になると思いました?
残念。この小説はヒロインなしの二人旅です。
え? チーノはヒロインじゃないのかって? ……ないでしょう。