『最終節:サイドチェストが似合う人間になりたい』
沖田先輩に旧校舎の裏側へと連れてこられ、そこには衰弱したケルベロスがいる。
息は弱く、今にも絶命してしまいそうな、虚ろな目をしている。
「それで、僕にどうしろと」
「助けて欲しいの。この子がいなかったら、薬師丸先生を連れてこられなかった。
普通の動物じゃないし、知力の人より魔力の人の中でも、安心院君なら詳しいと思って」
「確かによく凝らせば魔力を感じますが、治療は専門外ですし。
それこそ薬師丸先生を頼るべきじゃ」
「先生はもう学園に戻っちゃって、連れてくるにはこの子の能力がないと無理だし」
「衰弱して、あの空間能力は使えないと」
「・・・違うの。実は、私も分かっているんだけど」
“もう休ませてくれ”
頭の中に直接声が響く。もう1つの魂に何度かされたため、驚きはあまりない。
しかし、動物がこんな意思疎通を可能とする方が驚く。
「こっちの言葉は理解しているのかな」
“ああ。そこの小娘の術にやられたが、そもそも俺の命はとうに尽きている”
「そこをもうちょい詳しく」
“小娘は術で俺の主となった。そのため魔力で延命させられていたに過ぎない”
「なら、魔力をどうにか駆使すれば、生きながられるって話なんじゃ」
“生きてどうする。限りがあると分かっているから、使命を全うする気だった。
だが、いつ死ぬか分からない状況で生きるつもりはない”
「随分人間くさいな。誰にどんな使命を与えられたんだ」
“俺を創った人間の事はよく知らない。だが、使命は単純だ。好きに暴れろ”
「なるほど。自由で良いな。羨ましいよ」
“だからもう休ませてくれ”
延命を望まず、天寿を全うしたい。僕でもそう願う。ならばこのまま、最後を見届けるべきなのかも知れない。
「そんな、嫌だよ。無理矢理従わせたのは謝るから、生きて。お願い!」
沖田先輩の言葉は、珍しい生き物を我が物にしたいとか、空間能力を利用したいとか、私欲のものではない。大切な存在を護りたい。そんな感じだ。
“お前の命令など気にしていない。むしろ、全霊を懸けて闘えた事に感謝している”
「沖田先輩。命とはいつか尽きるものです。殺されるなら分かりますが、寿命ともなれば無理に延命させず、見届ける方がよろしいかと」
“頼む。見届けてくれるなら、悔いはない”
「・・・分かった。そうね」
沖田先輩は何故か僕の袖を掴む。いやいや、恥ずい恥ずい。離してくれ。
“離れていろ。肉体はおそらく残らない。そのためどんな現象が起こるか、予想できない”
キメラと八岐大蛇も死体が突然発火し塵と成って消えたらしいい、危険を考慮して
距離を取る。沖田先輩は頑なにその場に留まろうとするのを、多少強引に移動させる。
「ありがとう!貴方がいてくれたおかげで、たくさんの人を助けられた。本当に、本当に、無力な私に力を貸してくれて、ありがとう!」
泣きながら感謝の言葉を告げ続ける沖田先輩の隣で、僕は生まれて初めて、命が終わる
瞬間を目にする。獰猛な形相のケルベロスは、気づけば優しい顔になっていた。
「僕からも、ありがとう」
ケルベロスの身体は発火し、遺体など残さないほど燃やし尽くした。
火が消えるのを確認し、沖田先輩は涙を流しながら残った灰を懸命に集める。
「やっぱり、私はこの魔法を手放した方が良いのかも。
これまでも何回か、動物の最後を見届けたけど、いつも泣いてばかり」
「冷たい事を言いますが、その方が賢明かも知れません。才能に恵まれても、それを活かすかどうかは本人の意志ですから」
「安心院君に何が分かるの!魔力の家系に生まれて、家族から存在を否定された事なんてないでしょ。良いわよね。才能に恵まれなくても、普通の生活を送れるんだし!」
地雷を踏んだのか、沖田先輩は感情を爆発させる。気遣い疲れ、命の終わり、溜まった
ものが遂に溢れ出したのかな。いきなり呼び出されて怒鳴られるとは、とんだとばっちりだ。
あれ?また意識が遠く・・・。
「今のお主を、先の犬が見たら、どう思うかのう」
「え、誰。安心院君?髪も目も色が」
「特別じゃ。その灰を貸せ」
「何するの」
「犬の魂を降霊させる」
「どういう、キャ!」
安心院の原典である呪術を使い、灰から犬の魂を呼び出す。
儂がこうして転生した術の応用とも言える。
紫色の炎が灯り、声が頭に直接響き出す。
“驚いた。再び声を届けられるとは”
「この声。貴方なの」
「時間はそう長くはない。手短に伝えろ」
“娘よ。何を叫いている。俺はそんな弱者に負けたのではないぞ。
俺の最後を見届けたなら、代わりに現世を生きろ。目を反らすな”
「うん・・・うん。ごめんなさい。」
“謝るなら小僧にだ。では、今度こそ本当にさらばだ”
降霊に用いた触媒である灰は、跡形もなく消え失せた。小娘は涙を拭い、呼吸を整える。
「ごめんなさい、安心院君。自分の弱さを棚に上げて、貴方に八つ当たりしてた」
「人は皆、強さと弱さを兼ね備えておる。弱さを自覚したなら良し。後は、弱さとどう生きていくかが重要じゃ」
「うん。だけど驚いた。そんな忍術使えるなんて」
「秘密じゃぞ。もう儂は消える。香織にはもう一度謝れ」
「え?」
「・・・うお。また意識が飛んでた」
「元に戻ってる」
「え、まさか、あいつ出てきたんですか」
「あいつって、さっきのは誰なの」
「あ~それは秘密です」
「まさか、萌香さんに会いたいのって、今のが理由なんじゃ」
「はっはー!勘が良ろしいこって」
追及されるかと思ったが、聞くべきではないと判断したのか、沖田先輩は深掘りしないで
くれた。やはりこの人は心優しい。それ故ため込む性格なのだから、さっきのは水に流そう。
「ごめんね、安心院君。気を遣ってくれたのに、八つ当たりして」
「なんのなんの。辛い時は誰かに当たりたくなりますよ」
「ありがとう。戻ろっか」
もう1つの魂が、沖田先輩に何をしたのか分からない。けれど、先輩の顔が総合戦の時より、
遙かに凜々しい顔つきになっている。終わりよければ全てよしと思い、特に言及はしな
かった。だが、もう1つの魂が使った術は、今後僕が安心院の人間として生きていくのに
重要な存在であると、この時は知る由もなかった。




