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謀婚 帝国編  作者: 樫本 紗樹
四章 それぞれの願う道

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帝国会議二日目

 シェッド帝国初の会議二日目。昨日と同じ人々が集まったが、ひとつだけ空席のままだった。

「ルイ皇太子殿下はいかがされたのでしょうか」

「ルイはもう皇太子ではないので参加する権利がない。昨日の事をもう忘れたのか?」

 質問をしたウジェーヌにシャルルは呆れたような表情を向ける。

「本気なのでしょうか。正当な後継者は他におられないではありませんか」

「皆は昨日のルイの態度を見て、将来の教皇として敬えると思えたか? あの性根を叩き直す自信がある娘を知る者が居たら妻として推挙してほしいくらいだ。その子供に問題がなければ跡を継がせる事を検討してもいい」

 シャルルの言葉にその場にいた全員が沈黙する。若いならまだしも、もうすぐ三十歳になろうとしている男の性根を変えるなど難しい。しかも自分の罪を他の人間に擦り付ける事に罪悪感がない男に嫁がせれば、何かあった時に妻が悪いと難癖をつけられる可能性が高い。

「何故あのような性格なのかは亡くなった父に聞いてほしい。ルイは父の元で育てられたのだから」

 シャルルの冷めた言葉に全員が視線を伏せる。前皇帝は誰もが異を唱える事が出来なかった独裁者だ。収穫量に比例しない納税義務に国民達は疲弊していたが、誰もそれに背く事は出来なかった。

 静まり返った部屋で手を上げる者がいた。北方領主ゲールマンである。シャルルは発言の許可を与えた。

「皇太子剥奪という陛下の判断に異論はございません。ただ、シルヴィ様の件は受け入れ難いものがあります」

「アナスタシアの子供ではないからか」

「そうではありません。シルヴィ様はあの混乱時にレヴィ王国へ逃げた方。女神マリーの血を繋ぐ者として相応しいとは思えません」

「昨日も説明致しましたが、逃げたのではなく私の代わりに仕事を依頼したのです」

「それは本当に皇妃殿下の意思なのでしょうか」

 昨夜、ゲールマンから個別に会いたいとアナスタシアは連絡を受けていた。しかしここで北方だけを贔屓するわけにはいかないと彼女は断った。彼はシャルルにそう言えと命令されたと思っているのだろう。皇帝の意見に逆らう事は出来ないのだから、そう思われても仕方がない。

「私の意思です。私がいかに女神マリーに憧れ、行動をしていたのかは兄である貴方ならよくご存じでしょう。シルヴィ様が一番相応しいと思っております」

「ちなみにシルヴィ様の相手はどなたなのでしょうか」

「シルヴィ様は現在独身でいらっしゃいます。相手はシルヴィ様にお任せしたいと考えております。当人同士の意思を無視して決めた結婚はどこかに歪みが生じてしまいますから」

 アナスタシアは無表情であったが、まるで同じ過ちをシルヴィにはさせたくないと言っているようだった。事情を知っているゲールマンはそれ以上彼女に問う事が出来ない。イーゴリとの結婚を望んでいた妹を皇帝の命令には逆らえないと送り出したのは父だが、彼もまた同意見だったのだ。北方の領民を守る為に妹を犠牲にした罪悪感を彼は今も抱えていた。それに彼は自分が望んだ女性を妻に迎えていたのである。

「それ故に帝国を解体しようと決めたのだ。皇帝では皆の気持ちも収まらないだろう。だが女神マリーの末裔が権力を持たない教皇になる、それならば受け入れる余地はあると信じている」

「しかしこれからとなると、空位時代が出来てしまうのではないでしょうか」

「そうだな。私が後何十年生きられるかわからない。また、シルヴィが必ず男児を出産できる保証はどこにもない。その場合はローレンツ公国に打診してみようと思う」

 シャルルの言葉に参加者達は驚きの表情を浮かべる。ローレンツ公国は皇弟が独立を宣言しており、その血は未だ途絶えていない。だが四年前に戦争を仕掛けた相手であり、この話を受けてもらえるとは思えなかった。

「教義の違いで独立した国だ。向こうが了承するかはわからない。だが、どうしても血を繋ぐ事に拘るのならば選択肢のひとつになりうるだろう」

 室内はしんと静まり返った。前皇帝が亡くなって以降も変わらぬ体制に、地方の者達はシャルルには期待できないと判断しており、今回も集めてみたが進まないのではないかと思っていた。だがシャルルは自分の意見を述べ、そしてそれを勝手に決めるのではなく同意を求めている。

「昨日の今日で答えを出してほしいと無理を言う気はない。一旦持ち帰り、来春またこのような場を設けたいと思っている。どうしても決めたいのはナタリーの名誉回復だけだ。これさえ決まれば現在皇宮倉庫にある食糧を渡す事が出来る」

「皇宮倉庫に食糧があるのですか?」

「余裕はない。故に渡せる量は、ないよりはましという程度だろう。あとは種があるので育ててほしい」

 シャルルはアナスタシアに視線を向ける。彼女は頷くと口を開いた。

「昨日お話し致しました秋蒔き用の種は雪の下で耐え、春に芽吹くというものです。どの土地なら順応するのかを知る為にも、是非協力をお願い致します」

「その種はどうされたのでしょうか」

「ナタリーがこちらの事を心配して送ってくれたものです。ナタリーは四年前の戦争に心を痛め、二度と戦争が起こらないようにとレヴィ王国で考え、平和の為に活動をしています」

 アナスタシアは会議に参加している者を見回した。何もしていないルイに対し、ナタリーは他国で平和を願っている。皆が平和に仲良く暮らす事はルジョン教の教え。ナタリーはレヴィ王妃になってからルジョン教徒である事を表立って言わなくなったが、平和を願う気持ちはルジョン教徒でなくても持てる。その気持ちがアナスタシアには嬉しかった。

「レヴィ王国は昨日頂いた資料の量を本当に送れるのでしょうか」

 西方領主ミゲルが質問をする。国内で厳しい条件の元で暮らしているミゲルには驚きの量だった。西方はレヴィ王国から遠いので詳細を知らないのだ。そもそもここに集まった者達で、レヴィ王国の実態を知っている者など誰もいない。

「ナタリーからの手紙によると、レヴィ王国はこちらとは比べ物にならない程農業が盛んで、毎年豊作のようです。それでもいつ凶作になるかわからないからと、常に食糧庫に穀物が蓄えられているそうです。その一部を送るという話です」

「つまり備蓄してあった、古い食糧をこちらに押し付けるという話なのでしょうか」

「空腹で苦しむよりは、多少味が劣ったとしても手に入れるべきだと思いますが」

 エドワードが提示したのは確かに昨年収穫された穀物だが、格安で送る事になっている。今年収穫した穀物は例年通りの量を交易すると決まっていた。ちなみにレヴィ王国では穀物がやや余り気味なので、シェッド帝国では考えられない値段で出回っている。故に格安とは無償に近い値段になる。勿論運送費などが上乗せされるが、それでも十分安い。

「文句があるなら受け取らなくてもいい。だがここは意地を張っている場合ではない。飢えに苦しむ人間を一人でも減らす事こそが、今一番大事な事なのではないだろうか」

 シャルルの言葉に各領主達は納得するしかない。人が居なければ農作業が出来ないのである。何とか領民を守り未来に繋げていくには、レヴィ王国の食糧が必要なのだ。

「ナタリー様はレヴィ国王にルジョン教徒になるよう説得はされていないのでしょうか」

 一方、聖職者達は考えが違う。南西の司祭が疑問を口にした。

「レヴィ王国では昔からルジョン教を布教しています。王都に聖堂もあります。ですが、国民性とルジョン教が合わないらしく定着していません。ナタリーも王太子妃の頃は活動をしていたようですが、今は表立っての活動はしておりません」

「禁忌を犯していないのなら率先してルジョン教を広めるべきです。レヴィ国王がルジョン教に改宗すれば、食糧を納める所かこの国の一部にさえなるのですよ」

「陛下はこの国を連邦制に変えるおつもりです。その議論は今必要ないかと思います」

「ここは女神マリーの神託で決めてはいかがでしょうか」

 アナスタシアと南西の司祭のやり取りを遮る発言をした南東の領主に視線が集まる。

「このままでは意見がまとまりません。マリー様のお告げだと言われれば、誰一人文句は言えないはずです。違いますか」

「いや、それでは集まってもらった意味がないと思うのだが」

 すかさずシャルルが否定的な意見を言う。だが南東の領主は怯まなかった。

「私達は今まで意見を言う権利がありませんでした。急に求められても困ります。それとも既に神託を受けられておいでなのでしょうか」

「いや、この件については私とアナスタシアの考えであり、神託はしていない」

「それなら尚更です。この国がどのようになろうとも、私達がルジョン教徒である事は変わりません。ならば、女神マリーの御言葉に従いたいと思います」

 南東の領主の言葉に、ウジェーヌを除く聖職者達が賛同をする。南西の領主も賛同し、空気が一気に変わったのを察したアナスタシアは視線でシャルルに合図を送る。

「わかった。神託の儀式は早朝と決まっているので、明日まで待ってもらう事になるがいいか」

 シャルルの言葉に聖職者達は頷く。ウジェーヌは内心良く思っていないが、反対意見を言える空気がない。

「それでは明朝神託の儀式を執り行う。その言葉を伝える為に、明日またここへ集まるように」

 こうしてシャルルの宣言を持って二日目の会議は終了した。

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