帝国会議開幕
皇宮内のとある一室に北方、西方、南西、南東の各領主と主要聖職者五名と帝国語の通訳、そしてシャルル、アナスタシア、ルイが集まっていた。このような会議は初めてであり、不安や期待がそれぞれの胸にある。本来ならアナスタシアがこの場にいるのは不自然なのだが、シャルルが認めた事に対して不服を申し立てる権利を持つ者はいない。
「皆の者の耳にも既に届いていると思うが、先日皇宮が襲撃された。まず、この件についてミゲルの意見を聞きたい」
シャルルは西方領主ミゲルに視線を送る。ミゲルは一礼をすると椅子から立ち上がった。
「先日は私の力不足でそのような事になってしまい、誠に申し訳ございません。それにもかかわらず温情を頂きありがとうございます」
前皇帝の時代なら、民衆が全員見せしめに処刑されていてもおかしくない。だが今回は誰一人罪に問われる事もなく、更には穀物まで無償で届いた。ミゲルはそれを確認してから食糧を運んできた軍人達と共に皇宮へ来た。
「西方だけを特別扱いするつもりはない。今年も凶作という報告が届いている地域から無理に寄付金を受け取る気はないし、食糧を配ろうとも思っている」
アナスタシアを除く全員がシャルルの方を見た。そのような話が出てくるとは誰も思っていなかったのだ。今までなら凶作でも中央は納税、地方は寄付金という名の重税を強いられてきた。それが我慢ならず、北方領主ゲールマンは水面下で各領主に帝国解体の声を掛けていたのだ。そしてそれをアナスタシアには報告している。ゲールマンは妹であるアナスタシアに訴えるような視線を送った。それに対しアナスタシアは微笑むだけで、ゲールマンは手を上げて発言の許可を貰う。
「お言葉ですが、配れるほどの穀物を収穫出来ている地域があるとは思えません」
「国内の収穫を全部かき集めても国民全員が飢えない量には遠い。ただ、条件付きではあるがレヴィ王国より食糧を提供してもいいと連絡を貰っている」
室内が騒めいた。ここにいる者は全員、戦争に負けた事を知っている。そしてそれによって表面上は友好国のままではあるが、実際は冷めた関係になった事も知っている。
「そのような話、信用に値するのでしょうか」
ウジェーヌが冷めた声で反論をした。許可もなく発言をしたウジェーヌに対し、シャルルは不満そうな視線を送る。ウジェーヌはそれに気付き、慌てて謝罪の意味を込めて頭を下げた。
「我が娘ナタリーを信用できないと言いたいのか」
「しかし以前は提供を断られたと伺っておりますが」
「四年前は確かに断られたが、今は立場が違う」
四年前は王太子妃であったナタリーも現在は王妃である。だが皆の中ではナタリーは禁忌を犯した皇女であり、いくら助けてくれるとはいえ受け入れるのに迷いがあった。この中で事実を知っている者は家族三人とウジェーヌのみである。
「ナタリーにそのような権利があるとは思えません」
ルイがシャルルに訴える。シャルルは含み笑いを浮かべた。
「これはナタリーの夫であるレヴィ国王エドワード陛下からの申し出だ」
シャルルは机の上に置いていた封筒を持ち上げて皆に見せる。鷲の封蝋がレヴィ王家を表している事は有名だ。そしてエドワードが側室の一人も置かず、夫婦仲良く暮らしている噂も聞こえてきている。それが側室の申し込みを断る事が面倒になったエドワードが大陸全土に噂を流させたからという所まで知っている者は流石にいないが。
「その条件について皆の意見を聞きたいと思い、今日は集まってもらった」
シャルルは封筒を机に置く。それを合図に従者が書類を配る。それはエドワードからの手紙の写しである。正しくはエドワードがレヴィ語で書いた手紙をナタリーが帝国語にしたものだ。封筒には同じ内容の便箋が二ヶ国語で入っていた。エドワードは帝国語が書けるにもかかわらず、あえてナタリーに書かせたのである。
書類を受け取った者はその内容を見て一様に眉を顰める。
「これは内政干渉ではありませんか」
ルイが声を上げる。シャルルは冷めた目でそちらを見つめた。
「ナタリーの名誉回復のどこが内政干渉なのか」
エドワードの提示した条件はナタリーの名誉回復である。ナタリーが禁忌を犯していない事を証明するには真犯人がルイである事を明らかにしなければならない。これはルイを皇太子の座から引きずり下ろせと言っているのと同意なので内政干渉になるが、そうとわかるものはルイとウジェーヌしかいない。他の者は既にレヴィ王国に嫁いだナタリーの禁忌を犯した者という不名誉な肩書を払拭したい理由がわからない。ルジョン教を信仰していない国の国王が提示するには不自然としか思えなかった。だが、ナタリーが禁忌を犯していないのなら、そうだと認めて食糧を受け取りたいとも思えた。
「今日は暴動が起きた原因が父上のせいという話ではないのでしょうか」
ルイはシャルルの言葉を無視して話を逸らそうとした。父子の会話に他の者は様子を見守るしか出来ない。アナスタシアは無表情のまま黙っている。
「四年前の戦争で簡単に負けたルイに言われる筋合いはない」
ジェロームの素性を知り、あの戦争はレヴィ王国の掌の上で転がされていたに過ぎないとシャルルは気付いた。しかしルイはそのような事を知る由もない。
「あれは、私が悪いわけではありません」
「ほう。戦争責任を負わない総司令官についていく者がいると思うのか」
四年前の戦争時、ルイが総司令官として戦場に向かった事はこの場にいる者は知っている。だが箝口令のおかげで捕虜になった事までは知られていない。
「ですがローレンツ公国より定期的に穀物を輸入出来るようになりました」
まるで自分の手柄のように言うルイに、アナスタシアは内心呆れた。彼女はあの戦争の詳細をエドワードから手紙で聞いている。ナタリーの名誉回復の為に必要な情報として先日提供されたのだ。彼女はつくづく夫や息子ではなく娘婿を信じて良かったと思った。
「それが何だ。莫大な賠償金をレヴィ王国に払う羽目になった責任を取るのが筋ではないのか」
「いや、あれは私がレヴィ王国の国境を越えたわけでは……」
「総司令官としてどのように進むべきか本当に考えていたのか? あの戦争は穀物を納入しなくなったローレンツ公国に約束を思い出させるのが目的だ。レヴィ王国へなど一歩も入る必要はなかった」
「そのような指示は一切なかったではありませんか」
「不要な戦いを避け、目的だけ達成しろと言ったはずだが」
シャルルとルイの間に緊迫した空気が流れる。この父子の仲が冷めている事を知っている者は少ない。ルジョン教の教えに沿うならば家族は助け合うべきなのだ。しかしシャルルがルイを陥れようとしているようにしか聞こえない。
ルイは言葉に詰まった。確かにシャルルはルイにそう言った。ルジョン教徒は元々争いを是としない。それは最終手段なのである。四年前、凶作に陥ったものの例年以上に食糧を売ってくれる所がなかった故に、ローレンツ公国に納めるべき食糧を納めろと脅しに行く事になったのだ。
ルイは軍人達を纏める力など持っていない。ローレンツ公国に侵入後、略奪を始めた軍人達を押さえる事は出来なかった。ローレンツ公国は軍隊がいないので簡単に食糧を奪えたのだ。本来ならローレンツ公主の所へ向かうべき所なのに、ルイはレヴィ王国を気にしてしまった。誘拐に失敗した女性を自分が迎えに行けばいいのではないかと思い立ってしまった。そして様子見で放った斥候がレヴィ王国の国境を侵したら、何日としないうちにレヴィ軍が戦争を仕掛けてきたのである。
「結果的に目的は達成したではありませんか」
「あれが妥当だと思っているのなら、今後ルイに期待する事は何もない」
シャルルは真剣な表情でルイを見据える。四年前の戦争敗戦以降、誰の目から見てもシェッド帝国は傾いていた。アナスタシアが各修道院を巡り、何とか耐える道を模索していたが傾くのを立て直すほどではない。シャルルはこの会議に向けて現実を頭に叩き込んだが、ルイはそれをしていないので現状がわかっていない。シャルルも放置していたのだから大きい顔が出来るはずもないが、そこは皇帝なので誰も文句は言えない。
「自ら言わないのであれば私が代わりに言うだけだ。ナタリーが禁忌を犯していない事は私もアナスタシアもわかっているのだから」
シャルルの言葉に室内は再び騒めいた。事情がわからない者達はシャルルの次の言葉を待つ。ルイは平生を保とうとしているが視線が泳いでいる。アナスタシアは無表情のままだ。シャルルは家族以外の視線を集めた所で言葉を発する。
「ナタリーは自ら聖なる森へ足を踏み入れていない。ルイが強引に連れて行ったのだ」




