表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
謀婚 帝国編  作者: 樫本 紗樹
三章 王妃ナタリー

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

30/58

王妃の執務室にて

 ナタリーが王太子妃の時にはなかったが、王妃になると執務室が与えられた。彼女は午前中だけこの執務室にいる。王妃になると公務だけでなく、各国の要人や各領主夫人などと手紙のやり取りも執務に含まれる。また、王宮で働く女性達の頂点が王妃になる為、待遇改善など王宮勤めの女性達の意見を聞く事もある。そのような事をこの執務室で行っている。

 王妃の執務室には基本的に女官など王宮勤めの女性しか訪れない。しかし今日は珍しく農林大臣が訪ねてきていた。

「王妃殿下、今年の豊穣祭へはご出席頂けますでしょうか」

 農林大臣が心配そうにナタリーに問いかける。豊穣祭はレヴィ王国で一番賑わう祭りだ。各地から国民が王都へ出向き、催し物も色々とある。国王と王妃も踊りや演奏などの催し物を特別席で見守るのだが、出不精のエドワードは参加を渋っており、彼女が参加するなら考えると言っているのである。彼女は農林大臣に母国の件で世話になっているので、迷惑はかけられないと柔らかく微笑んだ。

「悪阻も落ち着いてきたから例年通り参加するわ」

 ナタリーはレヴィ王国へ嫁いできてから毎年豊穣祭に参加をしていた。前王妃はローレンツ公国出身だからこそルジョン教の信仰心が高く、女神マリーに捧げられない祭事には一切参加しなかった。それ故に王太子妃の彼女が代理として参加していたのである。彼女もルジョン教徒ではあるが、郷に入っては郷に従えが出来る柔らかさを持っている。それは彼女の特殊な境遇による生きていく知恵みたいなものであり、シェッド帝国のルジョン教徒全員が備えている訳ではない。

「そう仰って頂けて安心致しました。それでは国王夫妻参加という事で話を進めさせて頂きます。それともうひとつ宜しいでしょうか」

 農林大臣はナタリーに伺いを立てた。彼女は許可の意味を含めて頷く。

「帝国では米を食べる習慣はありますでしょうか」

「シェッド帝国は複数の民族が暮らしているから全国的にはわからないけれど、私はレヴィに来るまで食べた事がなかったわ」

 ナタリーは農林大臣の質問の意図が読めず、不思議そうに彼を見つめた。その視線に気付き、農林大臣は口を開く。

「今年は米が大豊作なのです」

 大豊作と聞いてナタリーは眉を顰めずにはいられなかった。シェッド帝国では凶作が続いているというのに、レヴィ王国では米が大豊作。まだ今年のシェッド帝国の情報は入ってきていないが、何故これほどまでに差が出るのか彼女にはわからない。

「市場価格が崩れないよう陛下が余剰分を国で買い上げると仰せになりました。ですからそれをシェッド帝国へ輸出出来ないか上申しようと思いまして。ただ、食べないものを送っても困るでしょうから確認をさせて頂きました」

 レヴィ王国からシェッド帝国へ米の輸出はされている。しかしそれは小麦と比べると少なく、食用なのか飼料用なのかレヴィ王国側では判断が出来ず、農林大臣は上申を迷っていたのだ。

「食糧を拒否なんてしないわ。調理方法がわからないけれど、難しくはないのでしょう?」

「はい。小麦をパンに加工するよりは楽だと思います」

 農林大臣の言葉にナタリーは頷いた。数ヶ月前、エドワードは輸出を考えていると言っていた。もしかしたら大豊作になりそうなのをわかっていたのかもしれない。彼女はあの夜以降、彼とはシェッド帝国について話し合えていなかった。話そうとするとはぐらかされてしまうのだ。

「私からも陛下にお願いしてみるわ」

「はい。それでは失礼致します」

 農林大臣は一礼をすると王妃の執務室から出て行った。ナタリーは執務を再開しようと机の上の手紙に視線を移す。

「陛下は何故あれほど王宮の外に出るのを嫌がるのでしょうか」

 女官長が不思議そうに問う。ナタリーは困ったように女官長に微笑みかけた。

「彼は忙しいから、仕事の優先順位をつけているだけよ」

 ナタリーも気になってエドワードに理由を聞いた事がある。だが理由は移動時間が勿体ないという単純明快なものだ。移動時間が増えると夫婦の時間を確保出来なくなると言われては、彼女に返す言葉などない。実際、前国王も王宮の外へは殆ど出ていない。国王の執務とはそれだけ忙しいのだろうと彼女は判断している。

「豊穣祭は夫婦が揃っている方がいいでしょうから私も彼を説得するわ。だけど私だけで事足りるものは私が対応すればいいのよ。私は内政に関わっていない分、自由な時間は彼よりも多くあるから」

 ナタリーは内政に口を出していないが、彼女がシェッド帝国出身という事とは無関係である。レヴィ王国は国王をはじめ男性のみで国政を動かすのが慣例で、歴代の王妃も政治に口を挟んでいない。また、エドワードが自分の事を優先的に考えられるようにと、彼女には余計な事を考えさせないようにしている所もある。王妃の仕事さえも減らそうとしたのを女官達の反発に合って据え置かれているが、その事実を彼女は知らない。

「それよりも日程の調整は出来たかしら」

 王妃としての執務を取り仕切っているのは女官達である。午後にナタリーが執務室にいないのは、貴族夫人達との交流会に時間が充てられる事が多いからだ。王太子妃時代は家族と散歩や紅茶を飲む時間が毎日あったが、今はエドワードが忙しい為にその時間はない。家族の団欒は朝食を一緒に取るくらいしかなくなっている。それを彼女は寂しく思っていたが、それでも彼女は女官長にお願いして何日かに一度は子供達と庭の散歩をしている。王妃になった今も母として子供達の側にいる時間を彼女は大切にしていた。

「はい。多少の日程変更も考慮致しまして、前後二日間を空けております」

 女官長の言葉にナタリーは安堵する。彼女の元には先日手紙が届いていたのだ。それは海の向こうへ嫁いだ義妹サマンサからで、豊穣祭辺りに王宮へ遊びに行くと書かれていた。

「サマンサが来る事は皆には伏せておいて。彼女はアスラン王太子妃ではなく、家族として会いに来てくれるから」

 エドワードの異母妹サマンサは、ナタリーがレヴィ王宮で暮らしやすいように色々と取り計らってくれた。ナタリーもサマンサを実の妹のように思い、二人は今でも手紙のやり取りをしている。母からの手紙とは違い、こちらの手紙は常に明るい話題であり、ナタリーはサマンサから手紙が届くのをいつも楽しみにしている。

「ですが、サマンサ殿下に会いたいと思う貴族達は多いのではないでしょうか」

「だからよ。折角の里帰りが心休まらなくなってしまうわ。彼女も知らない土地で暮らす苦労もあるでしょう。大陸さえ違うのだから私とは比べ物にならないはず」

 ナタリーは結婚した事によっていい方向に生活が変わった。美味しい食事、暑さ寒さを感じない適温の部屋。夫が用意してくれる素敵な服やドレス。そして誰もが王太子妃として接してくれた。結婚当初、エドワードとは仮面夫婦だったものの、それは自分の努力不足の部分もあり、また二国間の緊張による部分もあった為、彼女は気にしていない。むしろ当時は仮面夫婦を演じる夫の態度でさえも、彼に愛されている幸せな妻という一時の夢を見られて幸せだと思っていた。

「折角調整をしてもらったのだから、私も仕事が滞らないように頑張るわね」

 ナタリーは微笑むとお腹を撫でた。彼女はエドワードとの子供を何人でも産もうと決めていた。それが王妃である自分の最大の仕事であると疑っていない。

「今はお身体優先でお願い致します。万が一王妃殿下の身に何か起こるような事があれば私共は陛下に合わせる顔がございません」

「まぁ、大袈裟だ事」

「大袈裟ではございません。レヴィ王国安泰の為にもご無理だけはご容赦願います」

 女官長の真剣な表情にナタリーは圧倒された。国の安泰などと言い過ぎだとは思ったが、そう笑って言える空気ではない。

「そうね、不調の時はすぐに伝えるわ」

「お願い致しますよ。王妃殿下は我慢を我慢と感じておられない所がおありなので、こちらも常に不安なのですから」

 ナタリーは女官長が誤解していると思ったが、とりあえず反論しない方がいいだろうと、理解したというような表情を浮かべて手元の手紙に視線を戻した。彼女は結婚当初ならまだしも、現状我慢しているとは思っていない。家族団欒の時間が減ってしまった事を残念には思っているものの、これは夫が国王である以上仕方のない事だ。それに彼は今も夫婦の時間は作ってくれ、毎日愛を囁いてくれる。これほど夫に愛されている自分が一体何を我慢しているのだろうか。彼女は考えたものの、答えは出そうにないので手元の手紙の返信を書こうと思考を切り替えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
web拍手
宜しければ拍手をお願いします。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ