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謀婚 帝国編  作者: 樫本 紗樹
三章 王妃ナタリー

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友人に相談

 翌日、ナタリーは子供達を乳母や子守に預けて義妹ライラの部屋を訪れていた。ライラは約七十年続いていたレヴィ王国とガレス王国の休戦協定の一環で、ガレス王国の公爵家より第三王子ジョージに嫁いだ女性であり、ナタリーにシェッド帝国など外部の事情を教えてくれる友人である。

「確かにお義兄様の言う事はもっともだけれど、引っかかるわね」

「そうなの。一体どうしたら平等に食糧を届けられるのかしら」

「配給制にしようとしても、まずその配給が正しくされるかがわからないのよね?」

 ライラの指摘にナタリーは悲しそうに頷く。ナタリーの元には母アナスタシアから定期的に手紙が届いていた。昔は皇帝側近の検閲が必ずされたが、シェッド帝国との戦争後からはされなくなった。そこにはシェッド帝国の悲しい現状も書かれており、アナスタシア自身も司祭などルジョン教の上層部を信用していないというのが伝わってきた。

「そうなると皇妃殿下が修道院で畑の指導をしている事は正しいのかもしれないわね」

「皇妃である母が畑を耕しているのを誰も咎めないのもおかしいと思うのだけれど、会いに行く事も出来ないし」

「お義兄様に聞いてみたら?」

「聞いても絶対に行かせてくれないわよ」

 ナタリーは夫の執着を理解している。馬車を使って片道半月かかるシェッド帝都までの里帰りをエドワードが許すとは思えなかった。

「えぇ。だから行かない代わりに情報を下さいと言えばいいのよ。お義兄様の近衛兵が向こうにいるはずでしょう? 連絡手段を持っていると思うわ」

 レヴィ国軍は総司令官である赤鷲隊隊長ジョージに属している。国王が直接動かせる軍人は近衛兵だけだ。表立ってエドワードを護衛している近衛兵もいれば、彼の密命を受けて各地に潜んでいる者もいる。ナタリーは直接彼を守っている近衛兵以外の顔を知らない。それは彼が彼女を信頼していないからではなく、レヴィ王国の伝統なのである。

「この件は預けてほしいと言われているの。教えてくれるかしら」

「それはナタリー様の言い方次第ではないでしょうか」

 今までずっとライラの横で黙っていた侍女が口を開く。その侍女エミリーはライラが母国から連れてきた侍女なのだが、現在はハリスン公爵家当主の弟の妻である。ハリスン公爵家当主が独身なので彼女はハリスン公爵家内を取り仕切る立場になるのだが、侍女を一向に止めずに王宮で暮らしている少々変わった女性でありナタリーの友人だ。この三人は同い年なのである。

「お願いは使い過ぎると効果が薄れそう」

「まさか頻繁に使っていらっしゃるのですか?」

 問いかけるエミリーの視線を避けるようにナタリーは紅茶を口に運ぶ。ナタリーは母国にいた時に地下室で暮らしていた影響か、それとも母親が清貧を貫いていたせいか、物欲がないに等しい。そんな彼女が何より欲しているのは夫の愛情であり、それを失うのだけは嫌だった。

「夫婦仲に関するものはお願いの範疇ではありません」

「違うの?」

 ナタリーは驚いた表情でエミリーを見る。エミリーは微笑を浮かべた。

「ナタリー様のそのお願いは、陛下の機嫌を保つ為のものですから」

「それは、そういう意味合いもあるけれど、私の希望でもあるから」

 ナタリーは少し恥ずかし気に俯く。子供を三人産んでもなお、夫を愛おしく思っているナタリーをエミリーは素敵だと思っていた。表面上は友好国でも、実際はレヴィ王国乗っ取りを考えていたシェッド帝国の皇女と、その計画を逆手に取ろうとしたレヴィ王太子。お互いの思惑を隠した政略結婚当初、この二人の間に愛情が芽生えるとは双方思っていなかっただろう。

「今日も髪を下ろしていらっしゃいますね」

 エミリーに言われてナタリーは慌てて首筋に手をやる。ナタリーは跡が見えたのかと焦ったのだが、勿論正面に座っているエミリーからうなじなど見えるはずもない。

「陛下は独占欲が強い方ですよね」

「そうなの。私をそういう目で見る男性なんていないと何度言ってもわかってくれなくて」

「ナタリー様が気付いていらっしゃらないだけで、そういう視線の男性はそれなりにいらっしゃいます。ですが私は違う意味だと思います」

 ナタリーはエミリーが何を言いたいのかわからず首を傾げる。ライラも何を言いたいのかわからず同じように首を傾げている。エミリーは微笑んだ。

「ナタリー様がうなじを気にされる時は陛下を意識しているはずです。それは一緒でない時も自分の事を考えていてほしいという独占欲だと私は思います」

 エミリーの分析にライラは冷めた目をし、ナタリーは嬉しそうな表情を浮かべる。その表情を見てライラは呆れた。

「何故嬉しそうなの?」

「愛されていると思えて」

「愛されているだけで片付けられるものではないと思うけれど」

 ナタリーに対するエドワードの執着は、彼等の本当に近くにいる者しか知らない。少し離れて見れば仲のいい夫婦である。実際は彼が彼女の行動を四六時中監視しているようなものだ。しかし、彼女はそれを愛情表現のひとつで片付けてしまっている。しかも彼女が嬉しそうに受け入れているので、周囲も勝手にしてくれという状況である。

「ライラはジョージ様と仲がいいのに、見た事がないわね」

「ジョージは嫌いだと言っていたわ。ただの内出血でしょう?」

「そのような冷めた言い方はどうかと思うのですけれども、ジョージ様らしいとも言えますね」

「何よ、ジョージらしいって」

「ジョージ様はライラ様を傷付ける行為は、どのような事でも嫌なのだと思います。あの方に対してもかなり権力をお使いだと伺っています」

 あの方と聞いてライラが嫌そうな顔をした。それを見てナタリーも複雑そうな表情を浮かべる。あの方とはナタリーの兄ルイの事だ。ルイが一目見てライラを気に入り、かなりしつこくしているようだが、ライラは結婚相手であるジョージととても仲が良くルイが入る隙などない。万が一隙が出来たとしても、ルイではライラの心を射止められないとナタリーは思っている。

「兄が迷惑をかけて本当にごめんなさい。あの人は意思疎通が難しい人だから」

 ナタリーは申し訳なさそうに言った。彼女は幼い頃に来客対応中の母を大人しく待っていた所、突然現れたルイに腕を引っ張られ、神聖な森へと無理矢理連れて行かれた。母から女神マリーが眠る場所だから足を踏み入れてはいけないと聞かされていたので、散々嫌だと抵抗したものの三歳年上の兄の力に敵うはずもなく、二人は森へと足を踏み入れた。しかしルイも初めての場所でどうしていいのかわからず、結局帰る道もわからなくなり泣き喚いた。そんな兄の横で彼女はじっと耐えていた。煩くしてはいけないというアナスタシアの教えを守っていたのだ。しかし、ルイに罪を擦り付けられ、彼女だけが地下室へと閉じ込められた。普通なら罪を擦り付けた事を悪く思い、合わせる顔がないだろうに、ルイはそのような事などなかったかのように彼女に接し続けた。噛み合わない兄との会話は苦痛でしかなかったが、これ以上無実の罪が上乗せされるのは嫌だったので、彼女はレヴィ王国へ嫁ぐまで渋々付き合ったのである。

「彼とまともに会話が出来る人はいるの?」

「どうかしら? 私には無理だわ」

「現皇帝陛下は話のわかる人なのかしら?」

「さぁ。私は父ともあまり会話をした事がないから」

 シェッド皇帝シャルルは妾ジャンヌの娘であるシルヴィとデネブには愛情を持って接していたが、ナタリーとは特に接点を持とうとはしなかった。彼女も母が側にいればそれで問題なく暮らせていたし、地下室に閉じ込められてからも接したいとは思わなかった。彼女にとって父は血が繋がっているだけの遠い存在である。

「話がわかる人ならシェッド帝国の現状を放置しないわよね。食べられないなんて、何より辛い事だもの」

 ライラの言葉にナタリーは頷く。今は食べる物に困る事はないが、地下室で暮らしていた時は食事が抜かれる事もあった。シェッド帝国民はそれ以上に困窮していると思うと、ナタリーは何か出来る事はないかと思わずにはいられない。

「教えてくれるかわからないけれどエドに聞いてみる。それから考えるわ」

「そうね。その方がいいと思う」

 ナタリーは頷いた。エドワードを困らせるからやめておこうと思っていたが、個人的なお願いとして彼に尋ねようと彼女は心に決めた。

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