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謀婚 帝国編  作者: 樫本 紗樹
二章 シルヴィと護衛騎士

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広がる世界

 シルヴィは現実から目を背けるのをやめた。ジャンヌの生まれを考えれば、自分がいかに不相応の生活をしていたのかはわかっている。たとえ皇帝の血を引いていようとも彼女は庶子なので本来なら修道女として修道院へ入れられているのが筋だ。それをシャルルが嫌がり、まるで皇女のような生活をしていた。しかしその生活に戻れない事は察している。ジェロームの親戚の所まで行く間にこの国の現状を理解し、シャルルに意見をしようと彼女は決めた。

 心を入れ替えたシルヴィは身の回りの事を自分でやるようになった。井戸から水を汲み、身体を拭いた後でタオルを干すのも忘れない。脱いだ服も袋に詰めてから鞄にしまう。本当は洗濯をするべきなのだろうが、ジェロームが親戚の所についた時に洗うからとりあえず袋に入れるだけでいいと言ったのだ。粥を作る時は危ないので近付かないでほしいと言われて大人しくしているが、薬草をすり潰して足に塗っている。彼が非常に残念そうな表情をしていたが、それを彼女は無視した。

 ジェロームはそんなシルヴィの頑張りを見て、乗合馬車に乗ろうと提案をした。庶民でも乗れる乗合馬車は揺れも酷く座面も木の板そのまま。彼女は文句を言わないようにずっと顔をしかめて乗っており、その横で彼は楽しそうに座っていた。降りた後で歩いた方がましと彼女が言った為、それ以降は乗合馬車を使わずに歩いた。

 歩く時、ジェロームはシルヴィに見えるものを色々と教えた。森の中で切り株を見つけたらどのように切り倒して運ぶのかを説明し、仕掛けを見つけたらこれは鹿を捕まえる罠だと教える。彼女は聞いたら何でも答えてくれる彼を内心見直し始めていた。



 簡易宿での夕食の間、ジェロームはシェッド帝国の現状についてシルヴィに話した。前皇帝の時代から飢饉が続いている事、それによって人口が減り税収も減っている事。食糧を確保する為にローレンツ公国へ略奪しに行き、勢いでレヴィ王国の領土を侵害した為に逆に負けた事。その時レヴィ王国から莫大な賠償金を請求された事。その賠償金と、皇宮で使われる公費で財政が逼迫している事。

 シルヴィにはただの騎士であるジェロームが何故ここまで詳しいのか不思議だったが、アナスタシアに教えて貰ったと言われたら納得するしかなかった。

「パンが高級品だったなんて知らなかったわ」

「黒パンならそうでもありません」

「すえたパンはパンとは認めない。全て粥にするべきだわ」

 今日の食事はライ麦の粥である。シルヴィはジェロームの荷物に一体どれだけの穀物が入っているのか気になり、一度見せてほしいとお願いした。だが、私を求めて下さるならいいですよと言われて、結局中を見る事は出来ていない。そもそも簡易宿には藁しかないので彼が自分を抱きたいと言っているのは本気でないのかもしれないと彼女は思い始めていた。しかし万が一本気だったら自分の貞操の危機なので、鞄の中身を見る方を諦めた。藁の上も悪くないですね、と言い出すのも十分に考えられたのだ。彼女は人として彼を見直したが、男としては一切信用していない。

「それにしても何故いつも簡易宿には誰もいないの? 庶民も信仰していないのかしら」

「私達は片道分の食糧でいいですが、巡礼には往復の食糧が必要ですからね」

「それは道中買い足せばいいと思うわ」

「売ってくれる人がいればいいのですけれど」

 ジェロームの言葉でシルヴィは鞄に入っている宝石を思い出す。道中換金する為に持ち歩いているのかと思っていたが、売れそうな人に会った事がない。

「昔は売ってくれたの?」

「以前は巡礼の通り道になっている所は減税をされていたのです。その代わり巡礼者に食事を求められれば断れないので、徴税とどちらがよかったのかはわかりませんが。今はその減税制度がなくなった為、提供する事が出来なくなっているのです」

「それをわかっていてナーシャ様は整備をしていたの?」

「建物は使わないと老朽化が進みます。少しでもそれに抗う為に活動をされていました。また各修道院で畑仕事を手伝っていたのも、巡礼者に食事を提供する環境を取り戻す一環なのです」

 シルヴィは現体制のシェッド帝国しか知らない。しかし昔はルジョン教を信仰している事によって、平和に暮らせていたような印象を受ける。それを壊したのが祖父であり、何もしていないのが父であると思うと、彼女の心境は複雑だった。

「ナーシャ様は父と結婚をしたからではなく、マリー様に生涯を捧げる為に皇宮にいるのかしら。あ、ナーシャ様がいれば父上は大丈夫というのはそういう事?」

 皇宮を抜け出した時、シルヴィはアナスタシアが毎日何をしているのか詳しく知らなかった。しかしジェロームから話を聞き、アナスタシアが皇妃として国民に寄り添った行動をしていたと今ではわかる。そして信仰心の強い皇妃が皇帝を見殺しにするとは思えなかった。

「えぇ。皇妃殿下にとってもルイ皇太子殿下が皇帝になるのは望ましくないのだと思います」

 他の者がどう考えているのかシルヴィにはわからない。だが、彼女もルイだけはありえないと思っていた。祖父が怖かったとはいえ、幼い妹に罪を擦り付けるような人物が皇帝に相応しいはずがない。

「そうしたら他にもう誰もいないわ。流石に教皇を赤の他人に任せるとは思えないけれど」

「マリー様の血を継ぐ者はルイ皇太子殿下だけとは限りません」

 ジェロームの淡々とした声にシルヴィは顔を歪めた。

「母上が亡くなったからと言って、父上に他の女を勧める気なの?」

「皇妃殿下はそのような事は致しません。また周囲も勧めません」

 ジェロームの冷めた声色にシルヴィは自分の考えが浅はかだったと気付いた。今回の皇宮襲撃の標的が妾であるジャンヌだったのならば、再び妾を迎え入れるのは悪手だ。アナスタシアを皇妃の座から降ろすのも良くない。皇宮内でシェッド帝国の事を誰より考えているのは他ならぬアナスタシアなのだから。

「ナーシャ様はまだ出産出来るのかしら」

「流石に難しいと思います」

 シルヴィはアナスタシアの年齢を知らない。しかし自分の年齢より十五歳は上だろうと見当をつけると、確かに難しいと思えた。

「いくら見た目が若くても無理よね。産もうと思えばもっと前に産んでいるでしょうし」

 言いながらシルヴィは腑に落ちなかった。自分とナタリーの年齢差は五歳。どちらかだけならまだしも、二人同時に第三子を妊娠しないという確率がどれくらいなのだろうか。今まで考えた事もなかったが、彼女にはそれが不自然な気がした。

「いかがされましたか?」

「出産は何人でもしようと思えば出来るわよね?」

「そうですね。陛下は第四子ですから。ただ、望めば何人でも出産出来るというものではありません」

 ジャンヌはシャルルより十歳年上。三人目は年齢的に難しかったかもしれない。しかしアナスタシアがナタリーを産んだのは今のシルヴィより若い頃だろう。意図的に避けていたと仮定するならばアナスタシアの狙いはどこにあるのか、彼女は必死に考える。

「あんたにルジョン教徒の襲撃を知らせたのはナーシャ様?」

 ジェロームはとぼけたような表情をして粥を口に運ぶ。シルヴィは苛立った。

「私にもうすぐだと言ったじゃない。襲撃を知っていて黙っていたのでしょう?」

「あぁ。覚えていらっしゃいましたか」

「馬鹿にしないで」

「皇妃殿下は襲撃されないよう手を尽くしていらっしゃいました。ですが難しいだろうと私が個人的に判断していただけです」

「どうして協力しないのよ」

「私はシルヴィ様の護衛であって、政治的な事柄にかかわる事は出来ません」

 ジェロームの反論がもっともだったのでシルヴィはそれ以上何も言えなかった。内政の事はシャルルに決定権がある。アナスタシアでさえ口を挟めないのに、ただの騎士が何か言えるはずがない。やはり自分しかいない、だから生かされたのだと彼女は思った。

「皇宮はどれくらいで落ち着くかしら? 父上と話をしたいわ」

「以前と同じ暮らしは出来ないのに戻りたいのですか?」

「私の生活がいかに贅沢だったかは理解したわ。清貧を皇宮に広めないと」

 シルヴィはこの旅で満腹まで食事は出来ていないが、これでも恵まれている方なのだと理解していた。通りすがり見かける人々は皆痩せていて、それが重税のせいだとわかってしまった以上、自分に出来る事は父に政治を見直してほしいと懇願するだけだ。

「流石はシルヴィ様。やはり賢い方ですね」

「だから馬鹿にしないで。あんたに馬鹿にされると腹が立つわ」

「馬鹿になんてしていませんよ。今すぐ抱きしめても宜しいでしょうか」

「いいわけないでしょ」

 シルヴィはジェロームを睨んだ。しかしそれを彼は嬉しそうに受け止める。彼女は睨むのをやめて粥を食べ始めた。本来ならこの男から逃げて皇宮へ戻りたいのに、帰り道もわからなければ、一人では戻る途中で餓死するとしか思えない。それではシャルルもこの国も変わらない。彼女の中で芽生えたシェッド帝国を守りたいという気持ちを知った彼は複雑な表情で彼女を見つめていたが、それに彼女は気付かなかった。

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