18.エピローグ~それぞれの想い、それぞれの道~(3)
「聖王国では『春の大祭』で側室が正妃に昇格、王女が生まれ、工場建築は順調……」 年若き皇帝、ユリウス2世は苛立たしげに手に持った羊皮紙を振った。
「エイレンはどうした!?
何度教えよと尋ねても、返事が噛み合わぬ。『王女殿下はお健やかでございますが?』 ときたものだ」
帝国は皇帝の執務室である。
「何かあったの?」
心配そうに尋ねるのは、黒い髪に褐色がかった肌、アメジストの瞳を持つ皇女。
「いえ、アナスタシア様」 それに対し、生粋の帝国北部の民の血筋を示す茶色の髪と薄青の瞳の少年が、慎重に返事をする。
「むしろ、何も無かったというように聞こえますが」
「その通りだ、ティルス」 ルーカスは自身と同じ色の髪と瞳を持つ少年に頷いてみせた。
「何もなく、すべて順調。なのにあのひとの存在だけが消えるように見えなくなった、ということですね」
「そうだ」 ユリウスはイライラとうなずいた。
「なにが起こっていると思う」
「確か」 胸の痛みが表に出ぬよう慎重に言葉を紡ぐ、ルーカス。
「あのひとは『春の大祭』で、国王の側室になるはずでした。側室になり、国際舞台からは存在を消した、と考えるのが順当でしょう」
ちっ、と舌打ちをし、皇帝陛下は 「あいつら帰ってきたらタダではおかぬからな」 と呟いた。
その様子に、聖王国への派遣隊のフォロー、と頭の中のメモに書き込むルーカスである。
皇帝の気持ちはわかるが、その私情だけで処罰を下させるワケにはいかない。
「お姉様なら、きっとお元気よ」 励ますアナスタシア。
「お姉さまの星、まだあるもの」
「エイレンの星? どれだ?」
「教えない」 兄に、にこっ、と悪戯っぽい笑みを向ける。
「お兄様もご自分だけの星を決められればいいのよ。わたくしはそうして、毎日またお会いできますように、とお祈りしているわ」
「星など」
フン、と鼻を鳴らされ、若干傷ついた表情になったアナスタシアを、ルーカスは慌ててフォローする。
「私も時々、天極星を観ることがありますよ」
「そろそろ行きましょう」 ティルスがバスケットを持ち上げた。
「早くしないと、午後の謁見が始まってしまいますよ」
この時期には珍しく、庭園での昼餐である。
春が来る前のまだ寒い時期になぜに外かといえば、アナスタシアが「早咲きの薔薇が開いたのよ」と主張したのに、ユリウス2世陛下が乗ったからである。
年若き皇帝は最近、この異母妹に対してはたまに、年相応の顔を見せるようになったのだ。
とはいえ。
「ティルスが14歳になれば騎馬第3部隊へ入れる。同じタイミングで、そなたは第3部隊副長だ」
「いきなり副長では生え抜きの隊員からの反発が必至かと存じますが。ティルスの方も」
駆けるアナスタシアとティルスの後を追いつつ、人気のない庭園で交わす会話は相変わらずだが。
「そなたら何年アナスタシアを待たせる気だ?」 フン、と鼻を鳴らすユリウス。
「フラーミニウスと養子縁組してすぐに婚約では、目的が見え見えでティルスの今後のためにならない、と進言したのはそなたであろうに」
だからさっさと手柄を立てられそうな部隊に入れてやったのだ、と言わんばかりの態度である。
「一部隊の隊員からの反発程度、実力でなんとかせよ。できぬとは言わぬだろう?」
「……はっ……」
ルーカスは胸に手を当てる帝国風の礼をした。
功績を重ねて出世し、名実共に皇帝の腹心となる。
望んだ道ではないが、それでも選ぶと決めた道である。
「あ」 皇帝が声音をやや変えて、ルーカスの頭を見た。
「動くな……『女神の侍女』だ」
今の時期に珍しいな、と茶色の髪にそろそろと手を伸ばす。
しかし、蝶はその指先には移らず、さっと飛びたつ。
陽光を受けて、虹色に光る黒い翅をはためかせながら、蝶は彼らの頭上を2、3周めぐり、やがて、鮮やかなまでに青い、帝国の空へと消えていった。
本編はこれにて完結です!
今までお付き合いくださった方、レビューや感想、ポイント評価下さった方、誠にありがとうございますm(_ _)m
~こっからは誰得な内輪話~
※実は、書いてないラストにアリーファ×ハンスさんの500年後くらいの話があったりするのですが、なんかそぐわないなぁ、と思ってやめてしまいました。
結局エイレンさんどーなったん?⇒ご想像にお任せします!
もにゃもにゃしたラストですみませんが、フィーリング重視ってことで……どうでしょうか?
※この後、キルケさん目線の設定資料集を連載予定です。100%自萌です(笑)
そちらでまたお会いできれば嬉しいです。
では、寒くなってきてますので、温かくしてお風邪などにお気をつけて!
良いクリスマスとお正月を~!




