AM10:00 食堂~私の部屋
「ふう……」
何度目かのため息をついた。
今日は乗らない……なあ……。
テーブルの上には、薔薇の花びら。美月さんに頼まれてた、薔薇水作ろうと思ってたけど……。
なんだか、ぼーっとしてるし……。
身体も重だるいし……。
くしゅん。
(……風邪、ひいちゃったかなぁ……おばあちゃんのハーブティー、飲んでおこう……)
私は、おばあちゃんが送ってくれたハーブティーの袋を硝子のポットに入れ、熱湯を注いだ。
……数分後、ハーブティーを一口、飲んだ。
「ふう……」
身体がぽかぽかする。ちょっと楽になったかな。
両手でマグカップを囲む。
……大丈夫かな、和也さん。風邪、ひいてないかなあ……。
リンコーン……
玄関のベルの音?
「はーい……」
あれ? ちょっとふわふわした感じ……。
玄関ホールを抜けて、扉を開ける。
「やあ、楓ちゃん」
白い箱を右脇にかかえて、セーター姿の晴人さんが立っていた。
「晴人さん? いらっしゃい……」
晴人さんが、眉をひそめた。
「……楓ちゃん、顔赤くない?」
「え……?」
そうでしょうか、と言おうとした時、足元がふらついた。
あ……れ……?
「……楓ちゃんっ!?」
***
「……ほら、これで気持ちいいだろ?」
晴人さんが氷で冷やしたタオルを額に当ててくれた。
「す、すみません、晴人さん……」
……玄関で倒れ込んだ私を、晴人さんが抱きかかえて、部屋まで連れてきてくれた。
氷枕やタオルまで、探してもらっちゃって……。
晴人さんが上掛けをかけ直してくれた。
……けほけほ。咳が出た。
「……風邪?」
「は、はい……」
晴人さんの顔が、ぼーっとして見えた。
「おばあちゃんのハーブティー飲んだから……しばらく休めば大丈夫です」
「……和也に電話しようか?」
「いえ……」
私はベッドの上で、晴人さんにそっと首を振った。
「今日、大事な会議があるって……心配、かけたくないんです」
晴人さんが、巻き毛に右手をつっこんだ。
「あー……今日、九条コンチェルンのホテル事業見直しプロジェクトの発足会か」
「ホテル……?」
晴人さんが頷く。
「ホテル事業、ここ数年伸び悩んでるんだよね。それで方向転換しようとしてる。コンチェルンとしても大きな決断だよ」
「……それに、和也さんが?」
「会長代理になって、一ヶ月しか経ってないけど、あいつの能力は周りが認めてる」
「……」
「……大伯父さんにとっても大抜擢だけど、あいつに任せてみようって思ったんだろうな、きっと」
……晴人さん?
「ったく……」
晴人さんがぼりぼりと頭を掻いた。
「出来過ぎなんだよなー、和也」
ははっと晴人さんが笑う。
「あいつ、同い年だからさ、よく比較されるんだよね、俺」
「晴人……さん……」
「あいつが努力してることも分かってるけどさ、なんつーか……」
晴人さんが遠い目をした。
「……俺の欲しいモノの隣には、必ず和也、がいるんだよな……」
「……晴人さん」
晴人さんがこっちを見た。
「……晴人さんは、和也さんにないものを持っているでしょう?」
「え……」
「……一緒にケーキのレシピ、考えてる時の晴人さんは、本当に生き生きしてましたよ?」
「楓ちゃん?」
ぼーっとしたまま、言葉をつづけた。
「……晴人さんは、『おいしい』って言葉が……誰かが、自分の料理を食べて、笑顔になる事が、好きなんでしょう?」
「……」
晴人さんが目を丸くした。
……晴人さんの後ろに見える。小さな男の子が、お椀を持っておばあちゃんに差しだしてる姿、が。
「晴人さん、人を笑顔にするって、素敵なお仕事だと思います……」
「かえ……で……ちゃ……」
「和也さんは……最初お食事いい加減でしたよ? お仕事忙しくなったら、食べなくなっちゃってたし……」
今は食べてくれるようになったけど。
ふふっと笑みがこぼれた。
「……晴人さんは、和也さんとは好きなものが違うんです。だから、同じ事をしなくてもいいんです」
「……」
「……だから……」
だんだん、瞼が重く……
「……晴人、さんが……」
「……心から好きだって……
……言える、事を……して、くださ……い……」
ふうっと、力が抜けた。
……なんだ……か……
……ねむ……
……そのまま、私は温かい世界へと入っていった……




