AM5:30 薔薇園~食堂
*** AM5:30 薔薇園
空気が澄んで、ちょっと肌寒くなってきたかなあ……。
薔薇の花弁を摘みながら、そんな事を考えてた。
(美月さんから薔薇水もう少し欲しいって言われてたし……これで足りるかなあ……)
籠の中を見る。今日はここまでにしておこうっと。
ふと、おじいちゃんの部屋を見上げる。今日は窓が開いてない。
……和也さん、まだ寝てるのかな。
最近、次期九条当主の仕事が増えて来て、帰ってくるのも遅いし……。
(大変なんだなあ、大財閥の当主って……)
少しでも、ゆっくり身体を休めてもらうようにしなくっちゃ。
そう思いながら、私は家の中に入った。地下室に薔薇の籠を置いて、食堂に向かった。
*** AM6:00 食堂
パンも焼けてるし、サラダもOK。
えーっと、あとはスープを温めて……
(……え!?)
いきなり後ろから手が伸びて来て、ぎゅっと背中越しに抱きしめられた。
「かっ、和也さんっ!?」
和也さんが耳元で、「……おはよう」と囁いた。み、耳にあたる、息が熱い……っ!!
「お、おはよう……
……ございます……」
思わず小声になる。かああっと頬が熱くなった。
「あ、あの……」
「ん?」
んきゃ! 首筋に温かな唇の感触。せ、背筋がぞくり、とした。
「しょ、食事の支度……っ」
「……食べるなら、お前の方がいいけどな。美味しそうだ」
絶対、私をからかってる、この人っ!!
「だ、だめっ! ちゃんと食べないと、身体がもたないでしょうがっ!!」
身体をひねって、なんとか脱出。和也さんは、ちょっと拗ねた顔をしていた。
……うう、心臓に悪い……。
まだどぎまぎしてる私を見て、和也さんがいたずらっぽく笑った。
朝からこんなんじゃ、こっちが持たないじゃないっ!
「もう、座ってて!」
「はいはい……」
くすくす笑いながら、和也さんが椅子に座る。ばくばくいってる心臓をなだめながら、私は食事の支度を続けた。
*** AM7:00 食堂
「「……ごちそうさま」」
席を立って、食器を片付ける。和也さんが、手伝ってくれながら私を見た。
「今日も帰り遅くなるから、先に寝ていてくれ」
「大変なんですね……」
はあ、と和也さんがため息をつく。
「……ったく、あのじーさんは」
おじいさま、本格的に和也さんに仕事任せるつもりなんだなあ……。
「結婚早々、一人にして悪いな。新婚旅行もまだだし」
私はぶんぶんと頭を振った。
「だ、大丈夫です。みんなにいろいろ気を使ってもらってて……逆に申し訳なくて」
和也さんの瞳が、きらり、と光った……気がした。
「みんな?」
あれ? ちょっと不機嫌になった?
「は、はい。おじいさまもちょくちょく様子見に来て下さってるし、美月さんとか、晴人さんとか……」
「晴人!?」
「はい。和也さんのまたいとこさんの」
「それは分かってる。なんで、あいつが!?」
晴人さんとは、おじいさまの喜寿のパーティーで知り合った。和也さんと同い年って言ってた。
「和也さんが毎日遅いんじゃ、女性一人じゃ危ないだろーって、気を使ってくれて……」
「……」
「あ、晴人さんって、いいお店とかよくご存知で、いつも『限定販売だよ~』とかいう、おいしいケーキ持って来て下さって……」
「……」
「……楓」
「は……」
言いかけた言葉が、和也さんの唇に遮られた。
な……っ……!!
「ん……っ」
……長くて甘い沈黙の後で、和也さんが身体を離した。
あ、頭真っ白……。
火照った頬にあてられた大きな手が、ひんやりと感じた。
「……行ってくる。今日は早く帰るから」
「は……い、行ってらっしゃい……」
和也さんは大股歩きで、食堂から出ていった。私はしばらく、ぼーっとつっ立ってた。
……あれ? 今日遅くなるって言ってたんじゃ……?
まだ頭混乱してるかも……。
ふう、とため息をついて、私は片付けの続きを再開した。




