AM9:30 本社会長室
「俺に仕事を押し付けて、楓に会ってたというのは、どういう了見ですか、お・じ・い・さ・ま?」
でかい机の向こうで、じーさんがにやり、と笑った、気がした。
……ふう、と大げさなため息をついて、じーさんが言った。
「楓さんが一人寂しく、お前の帰りを待っているのかと思うと、胸が痛んでのう……」
俺を帰れなくしてるのは、アンタだろうがっ!!
しかも……
「あの晴人まで、楓の周りをうろついてるのは、どういう事ですかっ!!」
うむ、とじーさんが呟いた。
「実はの……晴人のやつ、わしの祝いの席で、楓さんに一目ぼれしたらしいんじゃよ」
「は!?」
何だ、それはっ!!
九条 晴人は俺と同い年のまたいとこだが、ちゃらんぽらんな性格で有名だ。
一応、九条グループの会社社長だが、経営は役員たち任せで、派手に遊び回って……。
(それが……楓に!?)
もう、怒りが抑えきれなくなりそうだ。
「紗江子から連絡があったんじゃよ」
「大叔母さんから!?」
「なんでも、楓さんが『和也さんは仕事も頑張ってて、素敵』みたいな事を晴人に言ったらしくてな……それで晴人が『楓ちゃんに認めてもらうんだ』と、生まれ変わったように、仕事に専念しだした、と」
「……」
しみじみとじーさんが言う。
「いや~……楓さんの力はすごいのう。あの怠けものが、新プロジェクトを立ち上げて頑張っているらしいぞ。楓さんにくれぐれもお礼を言ってくれ、と紗江子も言っておった」
「……ったく、人の嫁を何だと……!!」
じーさんが吹き出しそうな顔で言った。
「まあ、晴人も楓さんの嫌がる事はしないじゃろうし、何よりお前が黙っていない事もわかってるのじゃから、大目に見てやってはどうかの?」
……誰が見るか、そんなものっ!!
俺は、どさり、と書類の束をじーさんの目の前に置いた。
「……なんじゃ、これは?」
「本日分の『あなた』の仕事です、会長。今日、俺は自分の仕事を終えたら、帰りますから」
よよよ、とじーさんが泣き崩れるフリをした。
「こんな年寄りに重労働をさせるとは……非情な孫よのう……」
「非情でも、鬼でも結構です。とっとと仕事して下さい」
俺は一礼して、会長室を出た。
……足早に廊下を歩く。
今日は、何が何でも定時に帰ってやる。
……そう思いながら、仕事に精を出した。




