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Fly*Flying*MoonLight  作者: あかし瑞穂
次の日
16/88

PM1:45 社長室

 なに……この……張り詰めた感じ……。初めて見る、こんな和也さんは。


「……和……」

 言いかけて、ここは会社だった、と気づいた。私は俯き加減にお盆を持ったまま、中に入った。


 ソファには、男性が一人。五十歳代ぐらい。少し小柄だけど恰幅のいい身体に仕立てたスーツ。高そうな金の腕時計。腕を組み、イライラしたように窓の方を見ていた。


 和也さんが、お客様の前に座る。

私は、失礼します、と頭を下げ、コーヒーカップとお茶菓子受けをテーブルに置いた。


 ――ガシャン!


 ……とつぜん、カップが倒れる音がした。


「お、お前……っ!」

「は?」

 顔を上げる。あ、お客様のコーヒーがこぼれてる。カップをもとに戻し、お盆に載っていたふきんでテーブルを拭いた。

「大丈夫ですか?」

「……」

 返事が無い。ふとお客様を見ると……

……目を見開き、真っ青になっていた。ホラー映画でも見たかのような、表情。


 ……私を見てる?

「あの……?」

 私の声に、はっとしたように、お客様が言った。

「あ、ああ、すまない、大丈夫だ」

 ポケットからハンカチを取り出して、汗を拭いてる。

「コーヒー、入れ直してきますね」

「いや! このままでいい!」

 え?

 ……この方、少し、震えてる……よね?

(……でも、お会いした事、ないんだけど……)

 首を傾げながら、和也さんの方を見ると……

(うっ……)

 ……こちらも能面みたいな、顔になってた。無表情。


(わ、私が悪い……のかしら……?)

 でも、初対面だし……。


 しばらくの沈黙の後、お客様がやや引きつったような笑顔を見せた。

「……私は、和也の叔父で、武田 譲司(たけだ じょうじ)、だ」

 ……叔父さん? 私はぺこりと頭を下げた。

「私、第一秘書美月の補佐をしております、内村と申します」

 ……さっき、こう言えって言われたのよね……美月さんに……。


「……以前、お会いした事はあったかな」

「……いいえ、今初めてお目にかかりますが」

 武田様が、ほっと安心したように息を吐いた。

「すまないね、君によく似た人を知っていたもので」

「はい……」

 内心首をかしげながら、お辞儀をして出て行こうとした時……


「……ここに、いろ」

「え?」


 ……和也、さん?


 無表情。でも、瞳だけがぎらついていた。


 私は、お盆を脇に抱えて、和也さんの席の後ろに立った。武田様が嫌そうな視線を私に投げた。


「……それで、今さら俺にどうしろと言うのです?」

 和也さんが会話を再開した。武田様の表情が変わった。

「……本家に顔を出さないつもりか? 当主の喜寿を祝うパーティーだぞ」

「……」

 当主? 喜寿? パーティー? 私は目を丸くした。

 ……よくわからないけど……喜寿ってことは七十七歳のお祝いだから、和也さんのおじいさん、おばあさんぐらいの方かなあ……。

「仕事の都合がつけば、顔を出します。それでいいですね?」

 武田様が舌打ちをした。

「……っ、相変わらず、生意気な……」

 武田様が私を見た。

「家族の集まりに顔を出さないなどと、不義理にも程がある、と思いませんか」

「……」

「内村……さんと、言ったかな。あなたの、ご家族は?」

「……両親は私が物心つく前に事故で亡くなりましたし、育ててくれた祖父母ももういません。ですから、家族と呼べる人は、もう……」

「そうか……悪い事を聞いたね」

「いえ、お気になさらないで下さい」

 ……正確には、ちょっと違うし。私は、おばあちゃんを思い出した。


 和也さんが武田様を睨みつける。

「……内村の事は、もういいでしょう。他に御用が無ければ、お引き取り下さい。俺もヒマではないので」

 武田様の頬骨あたりに、赤みが増した。

「……ったく、こんなヤツのどこが気にいったのか……」

 武田様が立ち上がる。和也さんも立ち上がった。

「……生意気な口を叩くのも、いい加減にした方がいいぞ、和也」

「……」

「お前には敵が多い事ぐらい、自覚してるだろう。『あのような目』にあったぐらいだからな」

 和也さんの気配が一気に暗い色、に変わった。鳥肌が立つ。

(……だめ、このままじゃ闇を引き寄せるっ……!!)


「……あの!」


 武田様と和也さんが、はっとしたように私を見た。


「し、社長は、敵は多いかもしれませんが、味方も多い方です。だから、きっと大丈夫ですっ!」

 言葉に光の魔法を混ぜる。シャボン玉が割れるように、闇の気配、が消えた。


 武田様が、ふっと自嘲気味に笑った。

「……なるほど。いい部下は持っているようだな」

「……」

失礼する、と言い残して、武田様が社長室を出て行った。和也さんの顔色は、……悪かった。




「……楓?」

 ぽつり、と和也さんが言った。

「……あ」

 ふと、我に返る。テーブルにお盆を置いて、社長室の四隅に携帯スプレーでミストを撒き、浄化のまじないを唱えてる私、がいた。

……身体が勝手に動いてた。

「す、すみませんっ、つい浄化しちゃって……」

「……浄化?」

 虚ろだった和也さんの瞳に、光が戻った。


「……この部屋に充満していた悪意を祓いました」

 私は和也さんに説明した。

「こ、このスプレーはホワイトセージというハーブの成分を濃縮したものです。浄化の作用があります」

「……」

「その……悪い気を浄化するために、いつも持ち歩いてて……」

「……」

「……あ、あの……」

 私は和也さんの瞳をまっすぐ見た。

「私、上手く言えませんけど……」

「……」


 背伸びして、手を伸ばす。和也さんの頭をなぜなぜした。和也さんの瞳が大きくなる。

「……大丈夫、です」

「……か、えで……?」


 いつもと違う……張り詰めたような表情を、なんとかしたいって、ただそう思った。


「……私が、あなたを、守ります」

 ……口が勝手に動いてた。


 ……和也さんは、しばらく硬直したように動かなかった。

ただ……瞳だけが、今まで見た事のない色に染まっていた。


「楓……」

 和也さんの右手が、ゆっくりと上がって、何か、を確認するかのように、私の左頬に触れた。

 和也さんが、じっと私の瞳を見つめる。


 どきん。


 ……な、なに? 今の……

今まで、感じた事のない、何か。


蜘蛛の巣に絡め取られたみたいに……心が……。



「……失礼します、社長?」

 ……美月さん、の声。



 ――魔法が、解ける。


 私は慌てて、和也さんから一歩飛びのいた。和也さんも手を離し、美月さんの方を見た。


 な、何? 今の……。

 知らない魔法をかけられたみたい、だった……っ。


 どぎまぎしている私を、美月さんが横目でちらと見、そして和也さんに向き合った。

「……大丈夫なの、和也?」

 和也って……呼び捨て?

……美月さんがそう言うの、初めて聞いた……。


 和也さんは少し頭を振って、美月さんに言った。

「……ああ。大丈夫、だ」

 ……そして、私の方を見て、微笑んだ。

「……楓が、俺を、守ってくれる、そうだ」

 美月さんの瞳が丸くなる。顔に血が上るのが分かった。

「す、すみませんっ、差し出がましい事を……っ」

 赤くなった頬を見られたくなくて、私はぺこりとお辞儀をし、社長室から慌てて逃げ出した。


***


 引きとめる暇もなかった。楓は逃げるように出て行った。

 ……伶子が探るような目で俺を見た。


「……あの子、どんな魔法を使ったの?」

「え?」

 俺は思わず息を飲んだ。伶子も知って……!? 

「……武田の叔父様が来たと言うのに、あなた、正気を保ってるわ」

「……」

「あの方と対峙した時って、いつも抜け殻みたいになってたのに……」

 ゆっくりと息を吐く。魔法、とはそういう意味か。


「……そう、だな……」



 ……私が、あなたを、守るから。


 ――かつて、たった一人だけ、そう言ってくれた人がいた。

 同じ言葉。同じ魔法。

 ……『あの時』、と同じ……。



 はあ、と伶子がため息をついた。

「……なんだか、心配して損した気分だわ」

「え……」

「あなた、今どういう顔してるか、判ってる?」

「……」

「敏腕社長はどこ行ったのよ。そんな甘い顔、長い付き合いの中で、初めて見るわね」

 ……自覚、はなかった。他人から見ても判るくらい、なのか。


「……心配かけたな、伶子。ありがとう」

 全く、付け足したみたいな感じね、と伶子が軽く文句を言った。


「……仕事に戻る。次の予定は?」

「はい、大東株式会社の田中社長とのアポですね」

「準備してくれ。そちらに向かう」

「わかりました」

 美月がてきぱきと作業を始める。俺も、机に戻った。


 ――ふわっと香る、草原のような匂い。

……確かに、あの重苦しい雰囲気が消えている。

(効き目はあったらしいな……)

 慌てていた楓の顔を思い出し、思わず笑った。


 ……後で、礼をしておくか。


 そう思いながら、俺は必要な書類を揃え、アタッシュケースに入れた。

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