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『規格外の魔女ですが、好きな子に星空を見せたいだけなんです』  作者: カニかま太郎
第2章後編:硝子の学園と、終わらない夜編

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第31話:星降る夜の終わりと、陽だまりの共犯者

 大審院で私たちが古い秩序を打ち砕いてから、数週間が経っていた。

 カーテンの隙間から差し込む、春の気配を帯びた柔らかな朝の光が、まぶたを優しく撫でる。


 ゆっくりと目を開けると、そこは見慣れた藤ケ丘女子学園・第三寮の自室だった。遠くで小鳥のさえずりが聞こえ、廊下からは他の生徒たちの他愛のない話し声が微かに響いてくる。

 私はベッドの中で自分の右手をそっと持ち上げ、その手のひらを見つめた。


 胸の奥で常に私の神経を削り、いつ暴発するか分からない恐怖の塊だった『流星の魔女』の重力は、もう牙を剥くことはない。それは今、まるで心地よい心音のように、私の内側で静かに、そして確かに脈打っている。


「あっ、雫ちゃん。おはよう。……ふふっ、まだ少し眠そうだね」


 部屋の小さなキッチンスペースから、甘いココアの香りと共に、世界で一番大好きな声が聞こえた。

 エプロン姿の結衣が、マグカップを二つお盆に乗せてこちらへ歩いてくる。彼女の亜麻色の髪が朝の光を浴びてキラキラと透け、その首元には、激しい戦いを経て少しだけほつれ、それでも丁寧に繕い直されたあのグレーのマフラーが巻かれていた。


「おはよう、結衣」

 私が上体を起こして微笑み返すと、結衣はベッドの縁に腰掛け、温かいマグカップをそっと私の手に持たせてくれた。


 指先から伝わる熱と、彼女の生活魔法の微かな波長が、私の寝起きの身体にじんわりと染み渡っていく。


「よく眠れた?」


「うん。夢も見ないくらい、ぐっすりと」


「そっか、よかった」

 結衣は自分のマグカップを両手で包み込みながら、心底ホッとしたような、甘い笑顔を浮かべた。




 あの夜、私たちが大審院の絶対戒律を「書き換え」たことで、日本の魔術社会は今、歴史上類を見ないほどの大混乱――あるいは「大改革」の真っ只中にある。

 保守派の長老たちは実権を失い、五家の古い支配体制は完全に崩壊した。代わりにその焼け跡のど真ん中に立ち、新しい秩序の構築を主導しているのは、宝生紫苑だ。


 ベッドのサイドテーブルに置かれたスマホの画面には、昨夜遅くに紫苑から送られてきた短いメッセージが表示されていた。



『本山の事後処理と新法案の作成で、文字通り徹夜よ。あなたたちは私の分まで、せいぜい平和な学園生活を謳歌しなさい。……お土産は、例の限定タルトで手を打ってあげるわ』



 あの気高く狂気的な次期当主は、血塗られた処刑のシステムを解体し、特異点も一般人も共に生きられる新しいルールの土台を、持ち前の冷徹な計算と不屈の意志で築き上げようとしている。彼女が裏で泥を被ってくれているおかげで、私たちはこうして、また何の変哲もない日常を呼吸することができているのだ。


「紫苑ちゃん、すごく忙しそうだね」


 結衣がスマホの画面を覗き込んで、少し申し訳なさそうに眉を下げる。


「そうだね。今度、限定タルトをホールごと差し入れに行こうか」


「うんっ、それに紫苑ちゃんに似合いそうな、新しい紅茶の葉っぱも見つけに行きたいな」

 そんな他愛のない会話を交わしながら、私はふと、結衣の首元に巻かれたマフラーに手を伸ばした。


 ざらりとした毛糸の感触。それは、私が一人で夜空を背負って震えていたあの日々を終わらせてくれた、何よりも強い「命の錨」。


「ねえ、結衣」


「ん?」


「あの時……大審院で、結衣が私の手を握ってくれなかったら、私はきっと、世界を壊して自分も壊れていたと思う。……私を見つけてくれて、ありがとう」

 突然の私の言葉に、結衣は少しだけ目を丸くした後、照れくさそうに、けれどとても真っ直ぐな瞳で私を見つめ返した。


「ううん。雫ちゃんが見つけてくれたんだよ。私の小さな生活魔法が、こんなにも強くて、誰かを守れるんだってことを」

 結衣は自分のマグカップをサイドテーブルに置くと、私の右手を両手でそっと包み込んだ。


「五家の古いシステムは壊れたけど……世界が明日から急に優しくなるわけじゃない。これから先も、きっといろんな試練があると思う」


「うん」


「でもね、もう怖くないよ。だって、私たちは世界で一番最強の『共犯者』だもん」

 その言葉に、私は堪えきれずに吹き出し、そして、涙が滲むほど嬉しく笑った。


「そうだね。……隠れ回るための共犯者じゃなくて、これからは、一緒に明日を生きていくための共犯者だ」

 私は結衣の肩を引き寄せ、その温かい身体をぎゅっと抱きしめた。


 結衣もまた、私の背中に腕を回し、私の髪にそっと頬を擦り寄せる。彼女の生活魔法の陽だまりのような波長と、私の星の重力が、溶け合うように一つの静かなリズムを刻んでいた。

 窓の外では、藤ケ丘の街に新しい朝の光が満ち溢れている。


 世界を滅ぼすはずだった星の魔力を持つ少女と、彼女を繋ぎ止めるごく普通の少女。


 私たちが選んだ未来は、まだ始まったばかりだ。どんな冷たい風が吹こうとも、この温もりが傍にある限り、私たちはどこまでも歩いていける。


 星降る夜は終わり、私たちは、陽だまりの朝を共に生きていく。



【第2章後編:硝子の学園と、終わらない夜編】

第3章:新秩序の混乱、新たな敵の影編

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