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毒見役だった私を拾ったのは、村で一番怖い小料理屋の店主でした ~捨てた勇者は、そのあと村に来ないでください~  作者: 月神世一


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EP 6

「法廷の神」

神界法廷は、白かった。

床も、壁も、天井も、境目がなかった。柱だけが無数に立っていて、その柱がどこまでも続いている。

傍聴席に、神々が座っていた。

数えられなかった。

「立っとれ」

リベラさんが、小声で言った。

「口を開くな。息も殺せ。この場で人間が喋ったら、それだけで不敬罪じゃ」

「はい」

「特に、あんた」

彼女は、龍魔呂さんを睨んだ。

「一言でも喋ったら、わたしの負けが確定する」

「……」

「返事は」

「……ああ」

正面の壇が、鳴った。

音が、三つ重なっていた。

現れたのは、巨神だった。

首が、三つあった。

左の首が law と書かれた石板を持ち、右の首が天秤を持ち、中央の首には——目が無かった。

「法神ガオガオン」

三つの口が、同時に喋った。

「議題。生者による冥界侵入の可否」

「原告、桜田リベラ。人間」

「本法廷における人間の弁論は、三千二百年ぶり」

傍聴席が、ざわめいた。

「前回の人間は、どうなったんですか」

わたしは、思わず小声で聞いた。

リベラさんは、前を向いたまま答えた。

「消滅じゃ」

「弁論を許可する」

リベラさんが、一歩、前に出た。

黒いスーツ。結い上げた金髪。眼鏡。

そして、書類鞄を、床に置いた。

「——先に、ひとつ」

「述べよ」

「わたしは、書類を使いません」

法廷が、揺れた。

「弁護士が、証拠を出さんのか」

「出しません」

「では、何で争う」

「理屈でです」

「よかろう」

中央の首が、言った。

「では問う。桜田リベラ」

「冥界の門は、死者のためにある」

「生者が入ることは、理の破壊である」

「一人を通せば、万人が通る。万人が通れば、死は無意味になる」

「なぜ、貴様らだけが例外たり得る」

「例外にせいとは、言うとらんよ」

リベラさんは、あっさり答えた。

「は?」

「わたしは、門を開けろとは一度も言うとらん」

「今、開けろと」

「言うとらん。わたしが言うとるのは」

彼女は、指を一本立てた。

「あの門が、そもそも間違っとる、っちゅう話じゃ」

法廷が、静まり返った。

「……続けよ」

「賽の河原」

彼女は、その名を口にした。

「親より先に死んだ子供が、石を積む場所。積んでは鬼に崩され、また積む」

「永遠に、じゃ」

「罪状は『親を悲しませた罪』」

「間違いないの?」

「相違ない」

「じゃあ聞くが」

リベラさんの声が、変わった。

「五歳で、地下に閉じ込められて」

「日も浴びず、胸を病んで」

「兄が命懸けで届けたパンを、半分残して死んだ子供が」

「誰を、悲しませたんじゃ」

三つの首が、動きを止めた。

「……当該魂は、親より先に死した」

「母親は、三年前に死んどるよ」

「……」

「父親は、おらん。顔も知らん」

「では、兄が」

「兄も、同じ日に死にかけとる」

リベラさんは、背後を指した。

指されたその人は、何も言わなかった。

「悲しませた相手が、おらんのよ」

「なのに、罪人として石を積ませとる」

「それは、法か?」

傍聴席が、ざわめいた。

「規定は規定である」

右の首が、天秤を掲げた。

「幼くして死せし魂は、例外なく賽の河原へ。三億年、変わらぬ運用である」

「三億年、誰も文句を言わんかっただけじゃろ」

「……」

「運用が長いことと、正しいことは、別じゃ」

「では問う」

中央の、目の無い首が言った。

「貴様は、法とは何だと考える」

法廷が、静まった。

わたしは、息を止めていた。

リベラさんは、しばらく黙っていた。

そして、口を開いた。

「——わたしの息子はね」

「名を、憂といいます」

三つの首が、動いた。

「憂鬱の、憂じゃ」

「変な名前でしょう。よう言われる」

「あの子が生まれた日、わたしは裁判に負けました」

「守るべき子供を、守れんかった」

「法が、間に合わんかったんよ」

「だから、忘れんように、その字をつけた」

彼女は、顔を上げた。

「法神殿。あなたは、法を『裁くためのもの』だと思うとる」

「それは、半分じゃ」

「法は、誰かを裁くためにあるんじゃない」

「誰かが、二度と同じ思いをせんために、あるんよ」

法廷が、鳴った。

柱が、震えていた。

「三億年、賽の河原は運用されてきた」

リベラさんは、続けた。

「その間に、何億の子供が石を積んだ?」

「そのうち、何人が『誰かを悲しませた』?」

「あなた方、一度でも数えたことがあるんか」

「……」

「三億年、誰も点検せんかった規定を、規定と呼ぶんか」

「それは、ただの惰性じゃ」

長い、沈黙があった。

やがて、左の首が、石板を下ろした。

「……桜田リベラ」

「はい」

「貴様の弁論は、法廷を侮辱している」

「でしょうね」

「同時に」

三つの首が、初めて、揃ってこちらを向いた。

「三億年で、最も正しい」

傍聴席が、爆発した。

「本法廷は、賽の河原の運用規定に関し、再審査の必要を認める」

「ただし、審査には神界時間で八百年を要する」

「八百年!?」

「したがって」

中央の首が、目の無い顔を上げた。

「当該案件に限り、特例として門の開放を許可する」

わたしは、膝から力が抜けた。

「ただし」

「滞在は、七十二時間」

「超過した場合、生者は死者として処理される」

「延長はない。猶予もない」

「七十二時間で、連れて帰れ」

法廷を出た。

白い柱の間を歩きながら、わたしはまだ震えていた。

「リベラさん」

「なんじゃ」

「すごかったです」

「当たり前じゃ」

彼女は、金の煙管を咥えた。

火は、点けなかった。

「……手」

「え」

「震えとるよ、わたし」

見ると、煙管を持つ指が、細かく震えていた。

「三千二百年ぶりの人間、ですもんね」

「消滅しとったら、憂が孤児じゃ」

彼女は、少しだけ笑った。

「……あんた、地獄でわたしの分まで働きんさいよ」

「はい」

車に戻ると、ユイが後部座席で膝を抱えていた。

「どうしたんですか」

「……ううん」

彼女は、窓の外を見ていた。

そして、ぽつりと言った。

「僕、十年、誰にも喋らなかったんだ」

「え」

「神様だからさ。喋る相手、いないんだよ」

「あの人、言葉で神様を殴ってた」

ユイは、膝に顎を乗せた。

「僕、雷しか持ってないや」

残り、七十二時間。

読んでいただきありがとうございます。

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