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毒見役だった私を拾ったのは、村で一番怖い小料理屋の店主でした ~捨てた勇者は、そのあと村に来ないでください~  作者: 月神世一


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EP 6

「それは、あの人のごはんです」

山を降りたのは、四日目の昼だった。

彼は、来なかった。

「行け」

そう言われた。

「村が、うるせぇことになってる」

「なんでわかるんですか」

彼は、尾根の向こうを顎で示した。

煙が、上がっていた。

村の入り口に、鉄の馬車が並んでいた。

黒塗りの魔導装甲車が六台。

ルナミス帝国 内務調査団——側面に、そう刻まれている。

「嬢ちゃん!」

農家のおじさんが駆けてきた。

「どこ行ってたんだ! 昨日から家探しだぞ!」

「家探し?」

「令状が出てる。DEATH4を匿ってる疑いでな」

村長宅の応接間は、地獄だった。

「——ですから」

見たことのない男が、微笑んでいた。

黒の燕尾服。青銀色の短髪。ピンと立った狼の耳。片眼鏡。

「令状の記載は『鬼神龍魔呂の所在に関する捜索』。当村に該当人物の住民登録はございません」

「屁理屈を言うな! 店があるだろう!」

「店主は先日、店を譲渡しております。譲渡先はこちらのご婦人。書面はこちらに」

「あの、あなたは」

わたしが聞くと、彼は完璧な角度で頭を下げた。

「リバロンと申します。村長付き執事、兼、宰相でございます」

「執事……?」

「三日前まで、帝都に出張しておりました。……留守中に、随分と好き勝手されたようで」

微笑みは、まったく崩れなかった。

その隣で、猫の獣人が算盤を弾いていた。

キセルを咥え、帳簿を三冊並べている。

「ニャングルや。ゴルド商会ポポロ支店長」

彼は、こちらを見ずに言った。

「ええか役人はん。この捜索でウチの村の商業活動が止まった時間、分単位で請求するで」

「なっ」

「装甲車六台の轍で潰れた麦、金貨四十枚。営業妨害、金貨百二十枚。あと」

彼が、初めて顔を上げた。

「あんたらが担いどる勇者様な。オリハルコンの剣と盾、ウチの商会からのローンやで」

「……は?」

「残債、金貨八千枚。三ヶ月滞納中や」

応接間が、静まり返った。

——それでも。

捜索は、止まらなかった。

「令状は帝国印璽付きだ。上からの命令だ」

役人は、汗を流しながらそう言った。

「上、とは」

リバロンが、静かに聞いた。

「……知らん。俺は知らん」

鬼龍に着いたとき、暖簾は地面に落ちていた。

「————」

戸が、外れていた。

中は、ひどかった。

棚が倒され、瓶が割れ、床に酒と出汁が混ざって溜まっていた。

米櫃はひっくり返され、砥石は三つとも土間に叩き落とされていた。

包丁は、無かった。

押収された、と後で聞いた。

わたしは、店の中を歩いた。

一歩ごとに、割れたものが鳴った。

そして。

奥の席の前で、足が止まった。

小さな茶碗が、割れていた。

椀は、踏み潰されて平たくなっていた。

小さな箸が、二本、離れて落ちていた。

「……あ」

膝から、力が抜けた。

彼は、あの器を持っていった。

わたしは、そう思っていた。

——違った。

戻して、いったんだ。

いつか、また置けるように。

わたしは、割れた茶碗の破片を、両手で拾い集めた。

指が切れた。血が出た。

それでも、拾った。

「あー……ちょっと、待って」

背後から、声がした。

振り向くと、黒い服の青年が立っていた。

二十歳くらい。見たことのない顔。

手に、白い箱を持っている。

「動かないで。破片、深いのが入ってる」

彼は、床に膝をついて、わたしの手を取った。

「あ、あの」

「中村優太。医学生。……この村に居候してる」

「医学、生」

「医者の卵。ピンセットあるから、じっとしてて」

手際が、異様に良かった。

破片を抜いて、洗って、薬を塗って、包帯を巻くまで、二分もかからなかった。

「……あの」

「ん」

わたしは、床の器を見た。

「これ、なんですか」

「え?」

「マスターが、毎日ここに置いてました。誰も座らない席に」

「小さい茶碗と、小さい椀と、小さい箸で。ごはんをよそって、置いて」

「わたし、ずっと、意味がわからなくて」

中村さんの手が、止まった。

彼は、床の器をしばらく見ていた。

そして、静かに言った。

「……**陰膳(かげぜん)**だ」

「かげ、ぜん」

「俺の国の風習」

彼は、割れた茶碗を指で示した。

「遠くにいる人が、無事に帰ってこられるように」

「その人の分のごはんを、毎日、用意しておく」

「……無事に、帰ってこられるように」

「そう」

中村さんは、少し言い淀んだ。

そして、付け加えた。

「本来は、生きてる人のためにやるんだ」

わたしの視界が、揺れた。

三ヶ月間。

わたしは、あの席を「死んだ誰かのため」だと思っていた。

供養だと。悼みだと。過去だと。

違った。

あの人は、待っていた。

死んだと知っているのに。

十年も前に、腕の中で冷たくなったのに。

それでも毎日、帰ってくる側の席に、ごはんを置いていた。

わたしは、割れた破片を握りしめた。

「……ふざけないで」

外が、騒がしくなった。

戸口から差した光を背負って、白い外套の男が立っていた。

その頭上に、光る球体が三つ。

ドローン。

ワイズ様の使い魔だと、村人が呼んでいた。

「ミレイユ。……ひどい有様だね」

ゼロスが、痛ましそうに眉を寄せた。

「僕からも調査団に言っておくよ。乱暴すぎるってね」

球体が、ゆっくりと角度を変えた。

彼は、こちらへ歩いてきた。

そして、割れた器を見て。

踏んだ。

わざとじゃなかった。

たぶん、本当に。

見えていなかっただけだ。

「さあ、帰ろう」

彼が、手を差し出した。

「こんなところに、君がいる必要はない」

「僕が、全部きれいにしてあげる」

わたしは、立ち上がった。

三年間。

この人の差し出すものを、わたしは全部、受け取ってきた。

毒でも、嘘でも、体が勝手に。

でも、今。

その手を、払った。

乾いた音が、店に響いた。

ドローンが、三つとも、こちらを向いた。

「……ミレイユ?」

わたしは、割れた椀の残骸を指差した。

そして、はっきりと言った。

「それは、あの人のごはんです」

「あなたが、今、踏んだそれは」

「帰ってきていいって意味なんです」

ゼロスの、白すぎる歯が。

初めて、見えなくなった。

読んでいただきありがとうございます。

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