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いつかまた出来ればいいだなんて淡い夢を抱いていたけれど、それがまさか叶うだなんて思ってもいなかったのだ。
「見てもいいですか?」
「もちろん」
鈴は千尋の答えを待って箱の前にしゃがみ込むと、中を覗き込む。電飾の他にも色々な飾りが入っていて今からウキウキしてしまう。
「喜んでいただけたようで安心しました」
「嬉しいです! 凄く楽しみです。当日は私が料理とケーキを担当してもいいですか?」
「もちろんです。私達も現地のクリスマスを体験出来るのは貴重ですから、よろしくお願いします」
「はい!」
「それではこれは明日、誰かがここから出してくれたら屋敷に運びましょう。とりあえず今は寝床を確保しないといけませんね」
そう言って千尋は蔵の中をあれこれ歩きまわりだした。こんな時でも一切の動揺を見せない千尋は、見た目は穏やかで美しい人だが、中身はとても頼もしい
「お昼に掃除をしていた時に毛布をいくつか見つけましたよ。えっと、こっちに――ひゃぁ!」
「危ない!」
昼間に雅と二人で協力して棚の上に上げた荷物を取り出そうとしてバランスを崩した鈴は、落ちてくる荷物に思わず目を閉じた。
けれど、そのまま千尋が抱きしめて庇ってくれたので事なきを得た。
「大丈夫ですか?」
「す、すみません! 千尋さま、お怪我はありませんか!?」
屋敷の主に鈴の不注意で怪我などさせてしまったら大変だ。
鈴は急いで千尋から離れてどこにも怪我がないか確認していると、そんな鈴を見て千尋が笑った。
「こんな事ぐらいで龍は怪我などしませんよ。それよりも! あなたは小さいのですから高い所にある物は私に言えばいいのに。今みたいに上から物が降ってきたら危ないでしょう?」
「……はい。次から気をつけます」
「そうしてください。はぁ、ヒヤっとしましたよ」
そう言って千尋は落ちてきた物を見て苦笑いをすると付け加えた。
「ですが、これで怪我をするのは難しいですね」
「はい。中身は布物なので」
「そのようです」
ばつが悪そうに笑った千尋を見て鈴も小さく微笑むと、頭を下げる。
「ありがとうございました、千尋さま」
「いいえ、どういたしまして」
それから二人で何とか簡易的な寝床を確保すると、それぞれの寝床の間に仕切りを置いた。
「すみません、こんな形になってしまいますが大丈夫ですか?」
「もちろんです。私こそ何だか申し訳ない気持ちで一杯です……」
まだ結婚もしていないのに同じ部屋(蔵)で異性と眠るなど、果たして許されるのだろうか?
そんな事を考えながら鈴が悶々としていると、仕切りの奥から千尋の声が聞こえてきた。
「そんなに緊張しなくても何もしませんよ。それにこの間も言いましたが、人間の倫理や決まりなど私には無用です。だからそんな気に病まないでください」
「! はい」
鈴の心配事を払拭するかのような千尋の声に鈴はホッとして毛布を手繰り寄せた。
深夜、鈴は耐え難い背中の痛みで目が覚めた。引き攣るような痛みに思わずうめき声を漏らしそうになるが、隣で千尋が眠っている事を思い出して急いで両手で口を覆う。
耳を済ませると仕切りの向こうから規則正しい千尋の寝息が聞こえてきてホッと胸を撫で下ろすと、手を伸ばして薬を探したが見つからない。
そしてふと思い出す。寝床の準備をしている時に、失くしてはいけないと思って棚の近くにあった机の上に置いてきたのだ。
「っ……ぅ……っ」
声にならない声を漏らしながらもどうにか我慢しようとするが、次第に血の気が引いてくる。このまま意識を失えば朝まで眠れるだろうか?
ふとそんな事を考えたが、すぐに痛みでまた目を覚ましてしまうだろう。
薬をどうにか取りに行こうと思ったが、それで千尋を起こしてしまうのは申し訳ない。遠慮は無しだとは言われたが、まさかこんな状態の時に甘えるのはどうなのだろうか。
「っっ……」
一際激しい痛みが鈴を襲ったその時、突然仕切りが取り払われた。
ハッとして朦朧としたまま視線を上げると、そこには見たことも無い顔をした千尋がこちらを見下ろしている。
「どうして我慢するのですか! 頼ってください、私を」
「ごめ……なさ……」
最後まで言うよりも先に鈴は千尋に抱えられていた。
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千尋はあぐらをかいて足の間に抱き込むように鈴を抱えると、そっと鈴の背中に手を当てた。その途端、鈴の喉奥から苦しげなうめき声が上がる。
雨が降る前に痛むとは聞いていたが、まさか熱まで持つとは思っていなかった千尋は思わず眉を顰めた。
薄い布越しに触れた鈴の傷の感触は、布越しでもはっきりと分かるほど肩の辺りから斜めに腰まで伸びている。こんな大きな傷をまだ8歳だった少女が負ったのだと思うと胸が痛んだ。
「大丈夫。深呼吸をしてください。息を止めないで」
「ん」
素直に呟いた鈴は、千尋に全ての体重を預けてぐったりとしている。そんな華奢な体を支えながら龍の力をそっと流し込むと、次第に鈴の呼吸が落ち着き始めた。
「苦しくないですか?」
千尋の言葉に鈴は首だけで頷いて千尋の袂を握りしめてくる。恐らくまだ痛むのだろう。いくら力を流し込んでも、すぐには改善しない。それは千尋もよく分かっているが、目の前で鈴が苦しそうにしているのを見ると千尋まで胸が苦しくなってくる。
龍人から見れば人間なんて小さくて脆くて繊細な生き物だ。その中でも鈴は特に小さい。
壊れてしまわないように千尋は鈴をそっと抱え直すと、耳を澄ませて鈴の心音と水音を聞く。
「もうすぐ良くなりますよ。良い子ですね」
何気なく千尋が言うと、ふと鈴が笑った。
「あの時と……同じ……やっぱり、千尋さまだったんだ……」
ポツリポツリと呟いた鈴の言葉は千尋の胸に染み込み、一滴のインクのように波紋を広げていく。
千尋は鈴を包むように抱きかかえてさらに力を流し込んだ。徐々に腕に触れた背中の熱が取れていく。炎症は冷やしてやるのが一番だ。
やがて鈴の呼吸が落ち着いてきた頃、鈴がとうとう意識を失ってしまった。
「辛かったですね、今まで。可哀想に」
薬で痛みを一時誤魔化しても、きっとずっと痛みに震えていたに違いない。明日からは折を見て鈴の体に少しずつ力を流し込んでいこう。そうすればもしかしたら雨の前に痛む事もなくなるかもしれない。
そんな事を考えながら千尋は膝の上で眠ってしまった鈴の頭を撫でて簡易で作った寝所に寝かせようとしたのだが、鈴の手はしっかりと千尋の袂を握りしめたままだ。
「……どうしたものでしょう……」
無理やり放せばきっと鈴は起きてしまうだろう。仕方なく千尋は鈴を抱きかかえたまま転がると、毛布を手繰り寄せる。
「おやすみなさい、鈴さん」
耳元で囁くように言うと、鈴は眠っているにも関わらず少しだけ口の端を上げて微笑む。そんな鈴を見て胸がギュっと詰まる思いがした。
翌朝、千尋は久しぶりにゆっくりと惰眠を貪ってしまった。最近疲れているのによく眠れなくていよいよ歳かと思っていたが、どうやらそうでもなかったらしい。
うっすらと目を開けると、腕の中ではまだ鈴がスヤスヤと小さな寝息を立てている。しばらくそんな鈴の寝顔を見つめていた千尋だったが、突然蔵の扉が開いた音がして次の瞬間――。
「あんた達いつまでも起きて来ないと思ったら……こんな所で逢い引きか!?」
「ふぁっ!?」
突然の雅の怒鳴り声に腕の中の鈴がパチリと目を開け、目の前の千尋を見て固まる。
「鈴さん、雅、おはようございます」
「おはようございます、じゃないんだよ! なんであんた達仲良くこんな所で寝てんだい!?」
「ど、ど、ど、どうして一緒に!? 私の毛布じゃない……も、もしかして私、勝手に潜り込みましたか!?」
まさかの事態に相当驚いたのか、鈴は朝から顔面蒼白だし、雅は反対に怒りで真っ赤だ。そんな二人を見て千尋はいつものように微笑んで言う。
「安心してください、鈴さん。別にあなたが潜り込んで来た訳じゃないです。あなたが私の着物を放さなかっただけですから」
「ひいっ!」
正直に言った千尋に鈴はさらに青ざめる。そんな鈴がおかしくて思わず笑うと、怖い顔をした雅がズカズカとやってきて鈴の腕を引っ張って抱き寄せ、千尋を思い切り睨みつけてくる。
「鈴がそんな事する訳ないじゃないか! あんた、本当に何もしてないだろうね!?」
「おや。これは信用がないですね。ですが、誓って何もしていませんよ」
「本当だろうね!?」
「み、雅さん! 多分千尋さまが言ってる事が正しいんだと思います」
「どういう事だい?」
あまりの剣幕で怒る雅を見て鈴はおろおろとしながら雅を見上げて、昨夜あった事を説明しだした。
「なるほど、そういう事か……結局夕方は飲まなかったんだね」
「はい。まだ我慢出来る範疇だったので」
「はぁ……疑ったりして悪かったね、千尋。夕方から鈴は痛がってたんだよ」
「そうなのですか?」
「ああ。ここで掃除してる時に夜に雨が降るんじゃないかって言うからさ、念のため薬持ってきときなってあたしが言ったんだ。蔵出る前に確認しとくべきだったよ」
言いながら雅は鈴の頭を撫でる。その姿はまるで鈴の母親か姉のようだ。
「雅さんのせいではないです! 完全に忘れていた私のせいなので! 千尋さまも、ご迷惑をおかけしてしまって申し訳ありません。夜中に起こしただけでは飽き足らずしがみついて眠るなんて……きっと鬱陶しくて眠れなかったですよね」
しょんぼりと項垂れる鈴を見て千尋は緩やかに首を振った。
「そんなに気にしないでください、鈴さん。むしろ暖かくてすっかり寝過ごしてしまったぐらいですよ」
「そ、そうですか?」
「ええ。さて、ではまた閉じ込められる前にここを出ましょう。それから雅、今年はまたクリスマスをしてみようと思うのですがどうでしょう?」
「ああ! いいんじゃないか? 鈴には馴染み深いだろ?」
雅の言葉に鈴はじっと雅を見上げて笑い出す。そんな鈴を見て雅が怪訝な顔をした。
「すみません。千尋さまと同じ事を言ってくれるんだなぁって思って」
「千尋と?」
「はい。千尋さまはそう思ってここに夜にわざわざクリスマスの飾りを探しにきてくれたそうなんです」
「そうだったのかい? そんな物言ってくれりゃ昼の間に探すのに」
「最初はそうしようと思ったんですが、黙っていて驚かせようとしたんですよ、あなた達を。柄にも無い事をするものではありませんね」
「そんな事ありません。とても嬉しかったです」
苦笑いを浮かべた千尋を見て鈴は笑顔でそんな事を言ってくれたが、雅はこれでもかというぐらいに目を見開いている。
「驚いた。あんたがそんな人間臭い事を言い出すなんてね。鈴、今日はどこへ行くにも薬を持ち歩くんだよ」
「どうしてです?」
「千尋がこんな事言うんだ! 絶対に雨が降るよ!」
「雅、あなたは本当に私の事を何だと思っているのですか?」
全く酷い言われようだ。そう思うけれど、千尋の事をよく知っている人ほどきっと雅のような反応をするのではないだろうか。自分でもそんな考えに至った自分自身に驚いていたのだから。
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蔵を出た鈴はすっかり陽が高くなっているのを見て驚いた。
「あ、朝ごはん! すぐに作ってきますね!」
「そういや忘れてたね。千尋、すぐ作るからちょっと待ってな」
「急がなくていいですよ。簡単な物でいいですからね?」
千尋は大失態を犯した鈴にさえいつものように笑顔でそんな事を言ってくれる。
「ありがとうございます。それじゃあすぐに作ってきます」




