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龍の箱庭  作者: 揚羽渓名
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「千尋があんたに話したのかい? 珍しいね。その役目はいつもあたしの役目だったんだ。千尋は今までの嫁達と接触をしようとはしなかった。だから実を言うとあたし達は驚いてるんだ。バイオリンを持ち出したり、機嫌よくあんたが作ったお菓子を食べたりしてる千尋にさ。でも同じぐらい心配もしてる。あんたをね」

「……私を?」

「そうだよ。千尋に聞いたのなら話は早い。龍神の結婚は千尋の意思じゃない。そこにあいつの感情は一切無いんだ。あたしはだから、はっきり言ってあんたには千尋の嫁になんてなってもらいたくない。多分、それは喜兵衛も弥七もそう思ってる」


 はっきりと言う雅に鈴は一瞬息を飲んだが、あまりにも雅の顔が辛そうで何か事情があるのだろうと気付いた。もしかしたらさっき雅も喜兵衛凍りついたのも同じ理由なのかもしれない。


 鈴はきちんと座り直して真っ直ぐに雅を見つめた。そんな鈴を雅もまっすぐ見つめてくる。


「あたし達が心配してるのはあんただよ、鈴。千尋はある事情があって地上に下りてきた。龍の寿命はとても長くて、とてもじゃないがあたし達にも想像出来ないような年月をあいつらは生きるんだ。そして本来ならとても愛情深い生き物でもある。でもその愛情は、決して人には向けない」

「それは……」

「あいつは上辺だけはあんたを愛してくれるだろうさ。でも、肝心の千尋の心は決して人間には渡さない。これはあんたが嫁として選ばれた時の心配だ。あんたはいずれ傷つく。それをあたし達は黙って見てられない」

「……雅さん……」


 そうか、雅も喜兵衛も鈴を心配して凍りついたような顔をしたのか。何だか少しだけ胸のつかえが取れた気がして、鈴はじっと雅を見つめる。


「それで、もしもあんたがさっき言ったみたいに嫁に選ばれなかった場合はもっと心配だ。あんたがここに居てくれる事自体はあたし達は大歓迎だよ。何せあたし達にこんな風に接してくれる嫁なんて今まで居なかったんだから。当然じゃないか。でも気になるんだよ、千尋の態度が」

「千尋さまの態度?」

「そう。さっきも言ったけど、千尋が自分から家の事を話したり楽しそうに嫁候補とお喋りしたりするなんて事、今までに無かったんだ。それほど千尋もあんたを気に入ってる。もしもあんたが嫁に選ばれずここに居て、新しい嫁が来た時その嫁の鬱憤の矛先は間違いなくあんたに向かう。あたし達はそれが一番心配なんだよ……だから、さっきの事は誤解だよ。居てほしく無い訳がない。でも、それをするとあんたの身が危ない」

「私の身が……ですか?」

「そうだよ。あんたが思うよりもずっと人間の嫉妬は怖い。あたし達はそういう奴らを何人も見てきてる」

「もしかして雅さんも……」


 もしかしたら雅自身が過去にそういう目に遭った事があるのではないだろうか。鈴が思わず問いかけると、雅は猫のまま器用に笑った。


「まぁ長いこと生きてりゃ色んな事があるさ。ただあたしは猫だからね。いざとなりゃさっさと逃げる事が出来るけど、あんたはそうはいかないだろ? ブスっとやられて終わりだ。あたし達はそれが何より怖いんだよ」


 そう言って視線を伏せた雅を見て鈴はそっと雅を膝の上に抱き上げた。


「ありがとうございます、雅さん。そういう事情なら、私は花嫁候補から外れたら大人しくここを出ていきますね」

「……追い出したい訳じゃないんだ……ほんとだよ」

「分かっています。雅さん達はそんな人じゃありません。でも……たまにお手紙を書く事ぐらいは……許してもらえますか?」


 鈴が問いかけると、雅はコテンと首を傾げる。


「誰にだい? 千尋にかい?」

「いえ、雅さんや喜兵衛さんや弥七さんにです。私がここをこんなにも離れたくないと思うのは、ここの皆さんがこんな私を受け入れてくれたからです。もちろん千尋さまにも書きたいですが、それはきっと選ばれた花嫁に失礼になると思うので」

「も、もちろんじゃないか! そんなの断る理由もないよ! ごめん、こんな事に巻き込んでごめんな、鈴」


 雅はそう言って鈴の膝の上で立ち上がると、鈴にヒシッと抱きついてきた。そんな雅の小さな後頭部を撫でながら鈴は言う。


「それから雅さん、もしも私が花嫁として正式に選ばれた時の事ですが」

「駄目だ! 絶対に断るんだよ! いや、断ってもあいつは龍神の力を使って無理やり鈴をここに閉じ込めようとするかもしれない。それぐらいしかねない奴なんだよ! 千尋は!」

「そ、そうなんですか? とてもお優しいと思うのですが」

「上辺はね! でもあいつの腹黒さは長く付き合わないと見えてこないんだ。いや、腹黒いとは違う。あれは冷たいんだよ。誰に対してもずーっと同じ態度だ。ほんの少しも感情を動かさない。だからこんな事になっちまったんだよ」


 鈴の膝の上で憤慨する雅を見下ろして鈴は小さく微笑んだ。猫が地団駄を踏むのがとても可愛かったのだ。それに雅は何か勘違いをしている。


「雅さん、なおさらです。私はそれでいいんですよ」

「……は?」

「雅さんは愛されない事に私が傷つくだろうと思っているようですが、私はそんな事では傷つきません。だって、私はもう既に色んな人達に愛してもらえていますから」

「だ、誰にだい?」

「え? それは亡くなった両親とか、雅さんとか?」

「いや、その愛と伴侶への愛は違うだろう?」

「そうでしょうか? 私は今まで極端に人と接する機会が少なかったので、愛の種類を知りません。千尋さまの本心がどうあれ、見たまま、聞いたままを受け取るだけです。それがたとえ上辺だけだとしても、私はきっとそのまま信じると思います」

「……あんたは、それでいいのかい? 嫉妬に狂ったりもっと会いに来いとか思わないのかい?」

「はい。だって、それが千尋さまなのでしょう?」

「そりゃ……そうだけどさ」

「だったらそれでいいんですよ、雅さん。私は自分にも役目があると思えるだけで嬉しいんですから」


 そう言って鈴は雅を抱き上げてその小さなおでこに頬をこすりつけた。それがくすぐったかったのか、珍しく雅が猫らしく鳴く。


「変わった子だよ、あんたは。まぁいいさ。どのみちもうじき分かるだろうさ」

「そうですか。では、その時までこれからもよろしくお願いします」

「ああ。あんたの事はあたし達がちゃんと守ってやるから安心してな」


 雅の心強い言葉に鈴はもう一度雅のおでこに頬をこすりつけた。雅の今の言葉に何だか胸がキュっとしたのだが、もしかしたらこれがときめくと言う事なのだろうか。

 

 

 四阿で鈴と話をして一週間。千尋はふと思いついたかのように言った。


「そう言えば雅、今度私も鈴さんと街へ買い物へ行こうと思うのですが、最近は町ではどのような格好が流行っているのでしょう? 着物だと浮きますか?」

「ぶふっ!」


 千尋の言葉に雅は何故か飲んでいたお茶を盛大に吹いて言う。


「ごほっ! あ、あんたが街に買い物に行く!? 鈴と!? じょ、冗談だろう!?」

「冗談ではありませんよ。それにただの買い物ではなくて、あくまでも字の勉強のための本を買いに行くんですよ」


 あまりにも驚いた様子の雅が珍しくて千尋が微笑むと、そんな千尋に気付きもせずに雅はさらに捲し立てる。


「字の練習ってただの少女小説だろう? そんなの今まで通り喜兵衛の妹のおすすめでいいじゃないか!」

「ですが、喜兵衛の妹さんと鈴さんの好みは違うようなので。だったら一緒に行って選べば間違いないでしょう?」

「あ、あたしが行ってやるよ、そんなの。むしろそれはあたしの仕事だろ?」

「それには及びません。たまには私も街に出て今の流行りを知るべきではないかと思ったのですよ。それに、鈴さんとであれば私もさほど目立たないでしょう?」


 何せ鈴も外見で偏見を持たれてきたような娘だ。一人ならば傷つくが、二人であれば多少は緩和されるかもしれない。


 そんな事を考えていた千尋に雅は眉を吊り上げる。


「馬鹿言うな! どう考えても余計に目立つだろ!」

「そうでしょうか?」

「そうだよ! 駄目だからな! 絶対に駄目だからな!? 大体何だって急にそんな事言いだしたのさ。今までの嫁と買い物なんてした事なかったじゃないか!」


 雅に言われて千尋は腕を組んで考え込んだ。


「それについては私も考えていたのですが、気付いたんですよ。私は今まで確かに花嫁たちとそういう事をしてきませんでした。ですが、これからはそこを改善した方が良いのではないかと」

「はあ!?」

「初にもよく言われていたしあなたにも言われましたが、私はとにかく何にも興味が無いように見えるのだとか。ではどうすれば良いのかと考えたところ、花嫁と共に行動をすればそんな風に思われないと思うのですよ」


 特別物事に関心が無い訳でもないのだが、周りはどうしてもそうは見てくれない。

 

 今までは別に他人からの評価などどうでも良かったが、時代が変わり、人との距離が昔よりも近づいた今、龍神という役目についてもう少し考え直す必要がある気がして来たのだ。


 それに何となく鈴の事をもう少し知りたい気もする。

 

 そんな千尋に雅が呆れたように千尋を見上げて来た。


「……なんでそんな斜め上に解釈しちゃったんだよ」

「どのみち人の寿命などさほど長くはないでしょう? であれば、今からそういう練習をしておくのもいいかなと思ったんですよ」

「そういうとこだよ! あんたのそういう所が淡白だとか何にも興味が持てないだろうって思われる原因だよ! 大体どうしてそれを鈴で練習するんだい!?」

「どうしてと言われても、丁度良いかなと思いまして。鈴さんはあの通り大人しいですし、とても落ち着いているので無難な会話の練習が出来るでしょう?」


 千尋の言葉に完全に呆れ返ったような顔をする雅だが、千尋には雅が何故ここまで反対するのかよく分からない。


「あんた、あの子の事をそんな風にしか見てないのかい? だったら余計に駄目だね。絶対に反対だ!」

「あなたが反対しようとも、ここでの決定権は私にあります。それで、着物では浮きますか?」

 

 淡々と言う千尋に雅はそれ以上抗議はしてこなかったが、その代わりにこれでもかというぐらい千尋を睨みつけてくる。


「別に浮きゃしないよ。まだまだ着物の奴も多いからね。ああ、でも出来るだけ派手なのは避けな。ただでさえあんた達は目立つんだから」


 睨みつけながらもちゃんと答えてくれるのが雅らしい。千尋はそんな雅に微笑みかけると言った。


「ありがとうございます。雅にもお土産を買ってきますね」


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