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プロローグ

プロローグ激重ですが許してください。

――英雄(ヒーロー)になりたい。


それが、俺の幼い頃からの夢だった。

テレビの中で悪を倒すヒーロー。

漫画の中で誰かを救う主人公。


傷だらけになっても立ち上がり、泣いている誰かに手を差し伸べる存在。

子供だった俺は、本気でそういう人間になりたいと思っていた。

今思えば、かなり痛いガキだったと思う。


けれど、夢は本物だった。

そして――そんな夢を一緒に語り合った親友がいた。


(たつき)


幼稚園から高校まで、ずっと一緒だった奴。

俺にとって、たった一人の“親友”だった。

出会いは幼稚園の劇だった。


その日、クラスで桃太郎の劇をやることになり、先生が「やりたい役のある人ー」と聞いた瞬間、俺は勢いよく手を挙げた。


当然、桃太郎役。


主人公だからだ。

当時の俺は、主人公=英雄(ヒーロー)だと思っていた。

だが。


「俺も桃太郎やりたい!」


隣の席の男の子――樹も同じ役を希望していた。


「俺がやる!」


「いや、俺だ!」


幼い俺たちは、くだらないことで本気になっていた。

結局、先生が「じゃんけんで決めようか」と仲裁に入り、その場は収まった。

……でも、それがきっかけだった。


じゃんけんの後、樹が俺に聞いてきた。


「なんで桃太郎やりたかったの?」


俺は迷わず答えた。


英雄(ヒーロー)になりたいから!」


すると、樹の顔がぱっと明るくなった。


「俺も!」


その瞬間だった。

何かが繋がった気がした。

それから俺たちは、毎日のように一緒に遊ぶようになった。

どんなヒーローがカッコいいか。


どんな能力が最強か。


自分たちがヒーローになったら、誰を助けるのか。

そんな話ばかりしていた。

公園でヒーローごっこをして、必殺技を叫んで、漫画を読み漁って、アニメを何度も見返して。


樹は絵を描くのが上手くて、よくオリジナルヒーローを描いていた。


「どうだ!」


と見せてくる樹に、俺は毎回本気で感動していた。

楽しかった。

本当に。


ずっとこんな日々が続くんだと思っていた。

けれど――。

中学に入った頃から、少しずつ変わっていった。


樹は新しい友達と過ごす時間が増え、俺も部活で忙しくなった。


以前ほど一緒にはいなくなった。

夢の話をすることも減った。

俺が昔みたいに、


「俺、やっぱヒーローになりてぇな」


と言うと、樹はどこか困ったように笑って、話題を変えるようになった。

その時の俺は、深く考えていなかった。


「照れてるだけだろ」


そんな風に思っていた。

高校に入っても、最初は平和だった。

朝、一緒に登校して。


休み時間に少し話して。

放課後、ゲームをして。

漫画を貸し借りして。


昔ほどではないけれど、それでも“親友”ではあった。

だが、その日常は突然壊れた。


樹が、いじめられるようになった。

理由は後から知った。


樹は、クラスでいじめられていた田中を庇ったらしい。

そのせいで、標的が樹に移った。

最低な理由だった。


そこから、樹へのいじめが始まった。


暴力。


恐喝。


悪口。


集団での嘲笑。


毎日、樹の身体には新しい痣が増えていった。


俺は気づいていた。

……気づいていたのに。


「その傷、どうした?」


そう聞くと、樹は無理に笑って言う。


「転んだだけ」


明らかな嘘だった。


でも俺は、それ以上踏み込めなかった。

怖かったんだ。

面倒事に巻き込まれるのが。


自分まで標的になるのが。

だから、見て見ぬふりをした。


最低だ。

本当に。

もしあの時。


俺がちゃんと向き合っていれば。


「助ける」と言えていれば。


未来は変わっていたのだろうか。

今でも考える。

そして、俺は一生その答えを知ることはできない。


決定的だったのは、あの日だ。


俺たちが昔から好きだったゲームの新作が発売された日。

久しぶりに樹と遊ぼうと思い、放課後に教室へ向かった。

すると、樹が数人の男子に連れられて体育館裏へ向かうのが見えた。


嫌な予感がした。

俺は隠れるように後を追った。


そして――見てしまった。


樹が、地面に膝をついていた。


「やめろよ……」


弱々しい声。

だが連中は笑っていた。


腹を蹴る。


背中を踏みつける。


財布を奪う。


金を抜き取る。


「金少なっ。お前ん家貧乏なん?」


ゲラゲラ笑う声。

樹は悔しそうに睨み返していた。

だが、すぐまた殴られた。


俺は。


その光景を。


物陰から見ていることしかできなかった。

足が震えていた。

声が出なかった。

怖かった。


自分が次の標的になるのが。


そして――。


俺は逃げた。

樹を置いて。


一人で。


最低だ。

本当に最低だ。


その日から、俺は樹とまともに話せなくなった。

そして翌日。


樹は学校に来なくなった。

引きこもりになった。


やがて、樹の母親が俺の家に来た。


「樹と話してくれない?」


その声は、壊れそうなほど弱かった。

俺は頷いた。


今度こそ助けようと思った。

全部話そうと思った。


先生にも相談して、あいつらを止めて――。


そう思っていた。

樹の部屋の前に立つまでは。


コンコン。


ノックする。


返事はない。


「樹ー? 入るぞー」


ドアを開けた。


そして。

俺の人生は終わった。


樹が、吊っていた。


天井から垂れたコードが、樹の首に巻きついていた。


「……え?」


理解できなかった。

理解したくなかった。


「樹?」


駆け寄る。

コードを外す。

肩を揺さぶる。


「おい、起きろよ!」


返事はない。

瞳はもう、何も映していなかった。


「なんでだよ……」


涙が落ちる。

わかっていた。


原因なんて。

全部、俺だ。


俺が逃げたから。

俺が見捨てたから。


俺が“ヒーロー”になれなかったから。


その時。

俺は樹の手に、一冊の手帳が握られていることに気づいた。


表紙には、こう書かれていた。


『あつしへ』


震える手で、俺はページを開いた。


そこには。


親友の、最後の言葉が綴られていた。


『お前は、俺のヒーローだった』


その一文を読んだ瞬間。

俺は、壊れた。


「違う……」


涙が止まらない。


「俺は……ヒーローなんかじゃない……!」


たった一人。

親友一人すら救えなかった。


そんな俺が。


ヒーローになれるわけがない。


俺は樹の亡骸を抱きしめながら、声を上げて泣き続けた。


――どれだけ時間が経ったのかわからない。


気づけば外は暗くなっていた。

俺はふらふらと家を出た。

頭が真っ白だった。


どこを歩いているのかもわからない。

ただ、樹の言葉だけが頭の中を回り続けていた。


『前を向いて生きろ』


『たくさんの人のヒーローになってくれ』


無理だ。

俺には無理だ。


そんな資格、ない。


遠くから、クラクションが聞こえた。

眩しいヘッドライト。

大型トラック。


「あ……」


避けられなかった。


いや。


避ける気がなかったのかもしれない。


最後に浮かんだのは。


笑っている樹の顔だった。


(ごめんな……)


次の瞬間。


俺の意識は、闇に沈んだ。


――これが。


俺、“あつし”の最期だった。

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