91.異世界からの訪問者
夜の帳が降りる頃、BARプラチナのネオン看板が点灯する。
アリエルはグラスを磨き、トリトスは開店に向け店内を清掃していた。
トリトスが清掃に一区切りつけた時、店内の電灯がチカッチカッと点滅し始めた。
「……、そろそろ寿命か?」
アリエルが電灯を見て呟くと、電灯は一斉に強い光を放った。
その刹那、トリトスの目の前の空間が歪んだ。
「これはまさか……、異界のゲート!?」
トリトスが叫ぶと、空間の歪みから1人の女が出てきた。
「見つけた……。」
女はそう呟くとトリトスの前に跪いた。
「突然の御無礼お許し下さいトリトス様。
四大魔族が一人ヴァロキアス・バレンタイン公爵の娘、ヴァレス・バレンタインです。」
トリトスは手で顎を触りながら答えた。
「ヴァレスか……、久しいな。我が世界に何か問題でも起きたか? 」
ヴァレスは顔を上げトリトスを見据え答えた。
「異界に異常はありません。ただ……、私の領地から遺跡が見つかりました。遺跡を調査した結果、古代の遺物を発掘しましたが……、調べてもわからず知識の深いトリトス様なら何かわかるかと思いまして。」
ヴァレスは薄紫色のドレスを着ており、手さげの鞄から古代の遺物をトリトスに渡した。
「ほぅ……。これは時の神のコアだな。」
トリトスはそう言うと、手の中にある時の神のコアを見つめた。コアは琥珀色の結晶の中で、針のない時計の歯車が逆回転を続けている。
その時、扉のカウベルが鳴る。
カランカラン!
ぶっきらぼうにアリエルが「悪いな……、まだ開店前だ」と言った。
扉を開けたのはイーグルだった。
イーグルはカウンターに座ると、咥えていたタバコに火をつけて一言。
「バーボン……、ロックで」
イーグルは跪くヴァレスを横目で一瞥した。
その視線は、女の角や服装などを冷徹に見定めている。
アリエルは無言でグラスにバーボンを注ぎ、イーグルの前に差し出した。
イーグルはバーボンを一口飲むとトリトスに話しかけた。
「トリトス、その手に持ってるもんは財宝か?
それともその跪いている女の家宝か?」
その言葉に反応するように、ヴァレスが鋭い視線をイーグルへ向けた。
「無礼な。これは我が領地から発見された貴重な遺物、トリトス様の持つ知識をお借りして調べているだけだ。」
イーグルはタバコの紫煙を吐き答えた。
「俺はアンタの名前もその結晶の価値も、トリトスの世界の事も何も知らん。無礼かどうかを決めつける事が無礼に値するんじゃねぇか?」
ヴァレスの頬が怒りに震えたが、トリトスが軽く手を挙げてそれを制した。
「よせ、ヴァレス。こいつはこういう男だ。……それに、急に押しかけて来たのはヴァレスだろう?
すまないな、イーグル。
彼女は我の世界の四大魔族の一人ヴァロキアス・バレンタイン公爵の娘、ヴァレス・バレンタインだ。ヴァレスよ、こいつはイーグル・メタルバレット。まぁ、何でも屋だな。」
ヴァレスはイーグルとアリエルに向かい、一礼するとそのまま口を開いた。
「私はトリトス様の部下で、四大魔族の一人ヴァロキアス・バレンタイン公爵の娘、ヴァレス・バレンタイン。ご連絡もなしにこの世界に来た事を深く謝罪します。」
イーグルはバーボンを飲み干すと、ヴァレスに向かい合い話しかけた。
「俺はイーグルだ。アンタが依頼人であろうがなかろうが、俺のやる事は変わらない。依頼料にバーボン代をプラスしてくれるとやる気はでるな……。」
アリエルは拭いていたグラスを置き、タバコを咥え火を付けた。
「俺はアリエルだ……。お嬢さん、申し訳ないがドアの横にある看板を外に出してくれないか?開店時間なんでね、話はそれからだ。」
ヴァレスは一瞬、言葉を失ったように瞬きをしたが、すぐにトリトスの顔を伺い深く頷いた。
「分かりました、アリエル殿。郷に入っては郷に従え、ということですね」
彼女が看板を持って重厚な扉を開け、夜の喧騒の中へと足を踏み出す。
ヴァレスが看板を出し終わると、背後から声を掛けられた。
「あら、ここは新しくスナックにでもなったのかしら?」
振り返るとそこには、薄緑のロングヘアーを揺らしながらも、赤色の瞳が鋭くヴァレスを見つめる少し背の高い女が立っていた。
「いえ……、店主に看板を出すように言われただけです。お客様ですか?」
ヴァレスの問いに、女——ローズはふっと唇の端を上げた。彼女の赤い瞳は、ヴァレスの隠しきれない頭上の角とこの街に似つかわしくない薄紫色のドレスを冷徹にスキャンしている。
「……アリエルも人使いが荒いわね。クライアントになるかもしれない人を使うなんて。」
ローズはそう言い残して、ヴァレスを追い越すように店内に足を踏み入れた。カランカラン、と再びカウベルが鳴る。
ローズは振り返り、ヴァレスに話しかける。
「お嬢さん、私はローズ。このBAR『プラチナ』のビジネスパートナーよ。貴方はトリトスのお客様かしら?」
ヴァレスはローズの流し目の鋭さに一瞬気圧されたが、すぐに背筋を伸ばし、一礼してその後に続いた。
「……ヴァレス・バレンタインです。はい、トリトス様にお力添えを頂きに参りました」
二人が店内に入ると、カウンターではイーグルが二杯目のバーボンに手を伸ばし、トリトスが静かにローズの指定席の椅子を引いた。
そして静かにトリトスは口を開いた。
「さて……、これでメンバーは揃ったな……。
今回の代物はかなり厄介だ。『時の神のコア』
我が以前読んだ書物には、この時の神と言うのが邪神・悪神の類いであるということだ。」
すかさずイーグルが口を開く。
「会ったこともねぇのにそんな事わかるかよ。
テメェのものさしで善とか悪とか決めつけるな。
それに、コアはただの宝石にしか見えん。売って終わりでいいだろ。」
アリエルはグラスを磨きつつ、コアを見て話し始めた。
「ふむ……、売るのも悪い手ではないと思うが、なんかソイツから妙な気配を感じるんだよな。」
「鋭いなアリエル。我の手にあるコア、これは微量な魔力が漏れている。もしかしたらアリエルは世界が違えば魔法も習得出来たかも知れんな。」
トリトスはそう言うとコアをテーブルカウンターに置いた。
ローズはコアの写真を撮り、ネットで調べ口を開く。
「最近じゃないけど、それに似たような物が発見されたって記事があるわね。
1745年にオレンジロード付近で地殻変動が起き、川に亀裂が入り干上がった川底から遺跡が発見される。
その中から琥珀色の宝石が発見された。
琥珀色の宝石の中には秒針のない時計が埋め込まれており、オーパーツとして解析中……。
記事はここで終わってるみたいね。」
トリトスは眉を寄せ、思案に耽る。
「この世界にもコアが存在していたというのか……。ヴァレスよ、コアが複数存在するとなれば事態は我々の想像を超えているかもしれん。一度我と共に異界に戻り、古の資料を洗う必要があるだろう。コアはヴァレスが持っていろ。」
「異界へ……。畏まりました、トリトス様」
ヴァレスが恭しく答えると、イーグルがタバコの灰を落としながらニヤリと笑った。
「それなら俺達は、この世界の『時の神のコア』でも探すとしようか。二手に分かれた方が効率がいいだろ?」
「ふむ、……では行ってくる」
トリトスがそう告げると、ヴァレスが指先で虚空に魔法文字を刻んだ。
バチバチと紫色の火花が散り、BARプラチナの空気が歪み、裂ける。その亀裂の向こうには、こちらの世界の夜とは違う、どす黒い赤色に染まった空と、天を突くような黒い塔が聳え立っていた。
二人がその闇へと消えると、ゲートは吸い込まれるように閉じ、店内の電灯の点滅も収まった。




