90.清算されるツケと残された代償
イーグルが投擲したEMPグレネードは、狭い地下空間で最大級の効果を発揮した。
ズガァン!
強烈な電子パルスが祭壇全体を襲い、紫色の光を放っていた四角いキューブの輝きが一瞬で失われた。キューブは力を失い、床に砕け散った。
祭壇を取り囲んでいたバンパイア魔術師たちは、電子パルスの直撃を受け、身につけていた電子的な魔術補助具がショート。
その魔力回路を破壊され、血の気を失ってその場に倒れ込んだ。
「やったか…!」
ハンターは、聖銀のショットガンを構えたまま、勝利の確信に満ちた声を上げた。
しかし、イーグルの顔は晴れなかった。
彼のEMPは確かに魔術的なシステムと電子機器を破壊したが、次元の亀裂は残っていた。
「ハンター、まだだ!亀裂を塞げ!」
祭壇の下に開いた次元の亀裂からは、EMPの影響を受けない純粋な魔力の濁流が噴き出していた。
古の力を失ったことで、亀裂を固定していた力がなくなり、逆に不安定な魔力が暴走し始めたのだ。
「チッ、こうなるか!」
その時、BAR【プラチナ】から強烈な魔力の波動が再び地下全体を包み込んだ。
それは先ほどの結界破壊の時とは違い、次元の歪みを収束させるための、精密に制御された魔力だった。
―――我が、世界の安寧を保とう。
トリトスの声が、幻聴のようにイーグルの頭に響く。
祭壇の亀裂から噴き出していた魔力の濁流は、トリトスの放った収束の魔力によって徐々に押し戻されていく。
亀裂はみるみるうちに小さくなり、やがて音もなく閉じ、地下には再び静寂が訪れた。
「…システム掌握は阻止した。だが、魔力の残滓は完全に消えたわけじゃない。しばらくは街のシステムに不協和音が残るだろう。」
イーグルは、荒い息をつきながら言った。
ハンターは倒れた魔術師たちを確認し、聖銀のナイフで彼らの心臓に止めを刺した。
そして、静かにイーグルに銃口を向けた。
「貴様の協力者(魔王)の力は、確かに役に立った。だが、俺の不信は消えない。
報酬は保証通り払おう。だが、二度と関わるな。」
イーグルは疲弊しきった顔で鼻で笑った。
「その言葉、そっくり返してやるぜ、ハンター。悪魔も魔王も、金が動く限り俺たちの仕事に変わりはねぇ。だが、俺のバーボン代にケチをつける奴は許さねぇ。」
数時間後。BAR【プラチナ】のカウベルが鳴り、二つの影がカウンターへ戻ってきた。
「ただいま。」
イーグルはコートを脱ぎ、カウンターに座るなり、灰まみれの顔で「バーボン、ダブルでロックだ」と呟いた。
「無事、帰還。お疲れ様、イーグル、ハンター。」アリエルはいつも通りの淡々とした口調で、グラスにバーボンを注ぐ。
ハンターはローブの懐から、分厚い金の延べ棒の束を取り出し、カウンターに置いた。銀の十字架を担保にした、多額の現金だった。
「これが報酬だ。…十字架の誓いは果たした。」
「確かに受け取ったわ。」
ローズは金の山を静かに確認し、その中からイーグルが要求した額を差し引いた。
「アリエル、イーグルの未来の酒代と、今回の装備費を清算するわね。」
アリエルは頷き、イーグルの目の前に置かれたグラスに、最高のバーボンを満たした。
イーグルはバーボンを一気に飲み干し、至福のため息をついた。
奥の部屋から、トリトスが静かに現れた。
彼の顔には、魔王の姿はどこにもなく、疲労の色だけがわずかに残っていた。彼はハンターの前に立ち、静かに言った。
「貴様の『ツケ』は清算された。世界の安寧は保たれた。我々の義理は、これで果たされた。」
ハンターはトリトスを警戒しながらも、何も言えなかった。
彼の狭量な正義が、このBARのプロの仕事によって救われたことは明白だった。
ハンターは報酬から残った金をローブにしまい、無言で店の扉を開けた。
カランカラン。
扉が閉まり、和やかなジャズと、バーボンの紫煙が再びBAR【プラチナ】を満たした。
「ま、魔王の力を使ったにしては、安すぎる報酬だがな。」
イーグルは言いながら、次のバーボンを煽った。
ローズは、静かに言った。
「安くはないわ、イーグル。貴方とトリトスが払った代償よ。システムにノイズが残っている限り、この街の調律は不安定。次に来る依頼は、もっと危険なものになるでしょうね。」
アリエルはグラスを磨きながら、カウンターの上の金の延べ棒を見た。
「金は確保した。これでBARの移転も可能だ。だが…」
彼はトリトスを見た。
トリトスは「知識の保持」のため、そしてイーグルとの「義理」のため、深く頷いた。
「…当分は、この『ブラックボックス』で、次の『ツケ』を待つことになりそうだ。」
BAR【プラチナ】は、新たな脅威が迫る静かな夜を迎える。




