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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第32章 逃げる者と追う者

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軍馬の移送と乗馬の練習

 残り数日でアドヴェントの町に戻るというところで、ユウたち4人はフランシス商会アドヴェント支店に滞在するヴィアンの家臣から連絡を受けた。それによると、ヴィアンに対してトレジャー辺境伯から帰還要請があったのだ。


 普通ならばトレジャーの町で契約が完了になるところだが、今回のユウとトリスタンの2人にはまだやることがあった。ルパートと共にアドヴェントの町へと向かうことになったのだ。暗殺者をおびき出して対決するためにである。


 自分たちから積極的に暗殺者へ近づくことに2人は頭を抱えたが、これも仕事のうちとなると否やはない。軍馬に乗ってわざと目立ちながらアドヴェントの町へ戻ることになる。


 ところが、ここでひとつ問題が発覚した。ユウは馬に乗れないのだ。一瞬どうしたものかと全員が途方に暮れたが、ルパートの献策でトレジャーの町に到着するまでの間にユウへ騎乗訓練をすることになる。


 応接室で支店長ロイドから書状を受け取った翌日からユウの騎乗訓練は始まった。使用人に案内されて停車場の荷馬車近くにいる次の隊商の商隊長と面会する。


古鉄槌(オールドハンマー)のユウとトリスタンです」


「商隊長のナサニエルだ。ユウの方が乗馬の訓練をしたいとは聞いてる」


「そうです。トリスタンは馬に乗れるので教えてもらうつもりなんですが、馬を借りたくてここに来ました」


「ユウはまったく乗れないから、今日を含めて3日で乗れるところまで慣れさせたいんですよ。おとなしい馬をいくつか貸してくれませんかね?」


「いくつか? そんなに訓練をするのか?」


「早く慣れさせたいんです。街道で置いてけぼりにならないようにね」


「確かにそれは面倒な話だな。わかった。2頭だけ貸してやる。(うまや)に行こう」


 許可を出したナサニエルが歩き始めたので、ユウとトリスタンは後に続いた。停車場の隣にある(うまや)に複数の繋がれた馬たちが並んでいる。獣臭や馬糞の臭いが強い。


 (うまや)の馬をざっと見たナサニエルが馬を指差す。


「あれとあれはおとなしいから訓練に使えるぞ。鞍を用意してやろう」


「装着するところも訓練するんで、道具だけ貸してくれ」


「トリスタンだったか、そこからできるのか」


「へへ、馬の世話も一通りできるぜ」


 意外そうな目を向けてくるナサニエルにトリスタンが胸を張った。そんな2人を尻目にユウは指定された馬を眺める。他の馬との違いがさっぱりわからない。


 ナサニエルの指示を受けた使用人が持ってきた鞍をユウが受け取った。結構大きく重い。


 2人だけになると、トリスタンが(うまや)から馬を1頭引っぱり出してきた。そうしてユウの前に立つ。


「よし、それじゃ始めるか。まずは馬の機嫌を取るところからだな」


「乗る練習じゃないの?」


「乗るために馬の機嫌を取るんだよ。拗ねた馬に乗っても全然言うことを聞いてくれないからな。ユウ、こっちに来い」


 呼ばれたユウは馬首へと近づいた。そうして首を触る。トリスタンの指示に従ってゆっくり前の方へと近づいた。頭を少し下げたので撫でてやる。鼻息をかけられた。


 とりあえず機嫌は悪くなさそうということで、ユウは胴体へと移動して鞍を取り付ける。最初は慣れないので難しい。馬の背中に乗せるところから手間取る。毛織物製のサドルパッドを掛け、その上に鞍を乗せてずれないように調整し、腹帯を締めた。


 手順のひとつずつをトリスタンに確認してもらい、すべて合格だと認めてもらうと、ユウはいよいよ馬に跨がる。馬の左側に立ち、手綱と(たてがみ)を掴んで左脚を(あぶみ)に乗せ、右脚を上げながら一気に鞍へと乗った。


 馬上の人となったユウはトリスタンに声をかける。


「うわ、高いね」


「そうだな。最初は視野が広くなったみたいで驚くんだ。それじゃ、ゆっくり歩かせるぞ」


 ユウから手綱を受け取ったトリスタンが馬の横についてゆっくりと歩かせた。揺れる馬に合わせてユウの体も揺れる。停車場の中をぐるりと1周した。


 元の場所に戻るとユウはトリスタンに声をかけられる。


「どうだった?」


「なんだか不思議な感じがするね。馬から落ちないかという不安はあるけれど」


「股で挟んでいたら落ちることはそうないぞ。よし、もう1周する。自分で操作するのはその次に教えよう」


 宣言するとトリスタンが再び馬を歩かせた。馬は素直にゆっくりと歩く。


 上に乗るユウは2周目で周りをよく見る余裕が出てきた。視点が高くなったおかげで遠くまで見えるのはとても新鮮だ。世界が違うというのはこのことかと感心する。


 2周目が終わるとユウはいよいよ馬の操作をトリスタンから本格的に習うが、ここからは先程のような余裕はなかった。緊張しながら手綱を握る。


「もっと体の力を抜くんだ。馬に緊張が伝わって動かしにくくなるぞ」


「馬が僕の緊張を感じ取るんだ」


「思った以上に敏感だからな。体の動きから感じ取れるものは知られると思ったらいい」


 意外なことを知ったユウは一旦全身の力を抜いてから再び手綱を操った。しかし、何かが変わったという感じはしない。


 その後もユウはトリスタンの指示に従って馬を動かしていった。最初は自分で操るというよりも言われた通りにやっているだけだったが、さすがに3日も練習すると慣れてくる。


 ただ、困った問題も発生した。股の内側が痛くなってきたのだ。訓練が終わって内股を見てみると赤くなっている。


「股ずれか。地味に痛いんだよな、それ」


「うう、薬を塗ろう」


 じんわりと痛む内股にユウは傷薬の軟膏を塗った。これから街道上でも訓練をするというのに今からこれでは先が思いやられる。


 他の面々はそんなユウを生暖かい目で眺めていた。




 レラの町を出発するときがやってきた。2台の荷馬車と世話人に率いられた6頭の軍馬の小さな隊商である。商隊長ナサニエルの号令でフランシス商会レラ支店を出発した。


 この中にあってユウとトリスタンは2頭の軍馬に跨がって荷馬車に続く予定だ。町の中はさすがにまだ危険ということで郊外に差しかかってから乗ることになっている。それまでは荷台の上だ。


 北門を通り過ぎ、境界の街道を北へと進む隊商は貧民街の中を通り過ぎてゆく。軍馬は珍しいのか顔を向ける者がちらほらといた。


 郊外に差しかかると荷馬車は予定通り一旦原っぱに乗り上げる。荷台から降りたユウとトリスタンは馬具を持って軍馬に近づいた。ユウはトリスタンが選んだ馬を割り当てられ、鞍を取り付ける。3日間何度もやった作業なのでさすがに手間取ることはもうない。


 馬上の人となった2人はゆっくりと先頭の荷馬車へと近づいた。御者台の横で停まるとトリスタンがナサニエルに声をかける。


「いつでもいいぞ」


「わかった。それじゃ、出発する」


 簡単なやり取りの後、荷馬車が2台とも動き始めた。続いて馬上の世話人が綱で繋がれた残る3頭の馬を歩かせる。ユウとトリスタンはその後だ。


 初日に比べると慣れた様子で馬を操るユウは並走するトリスタンに声をかけられる。


「初日の今日はずっと歩きだな。明日は少し早く歩かせる練習で、その後に走らせたりもするぞ」


「股ずれが悪化しないか心配だなぁ」


「乗り慣れてきたら股ずれしなくなるって」


 内股の痛みが気になるユウは笑うトリスタンを気にする余裕もなく馬と前方をしきりに気にした。4頭の軍馬との距離にじっと注目する。


 再び動き始めた隊商はのんびりと境界の街道を北上した。他の商売人の荷馬車は周囲にないので単独の移動である。前回はこの街道で襲われたことがあるユウなどは不安になったが、先月に久しぶりの盗賊狩りをトレジャー辺境伯が行ったので今は安全らしいと知る。


 そうなると騎乗訓練に集中できるわけだが、ユウはここでもうひとつ悩みを背負うことになった。それは筋肉痛だ。普段はあまり使わない筋肉を常時使っているので下半身を中心に厳しいことになっている。股ずれも簡単には治ってくれないので傷薬の軟膏は手放せず、何なら痛み止めの水薬を服用することもあった。


 他にも意外なことにヴィアンがユウの指導をトリスタンの代わりにする機会が出てくる。


「最近乗っていなかったからな。久しぶりに乗ってみたいのだ」


 本音を隠す気もないヴィアンがあっさりとしゃべると楽しそうにユウと並走した。


 こうして街道の旅の前半はひたすら馬に乗ることを練習したユウだったが、後半になるとヴィアンを中心として馬上での武器の扱い方も教わる。特に槍は引っぱり出されたルパートが指導することになり、結構厳しめに鍛えられた。


 結局、ユウはトレジャーの町にたどり着くまで軍馬に乗り続ける。馬に乗ることはトリスタンから合格をもらい、武器を扱うことはルパートから今後も修練を積むように言い渡された。


 疲れ果てたユウはようやく解放されたことに安堵のため息を漏らした。

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― 新着の感想 ―
とうとう馬にも乗れるようになりましたね!
スキル的にはもう冒険者というよりか騎士寄りだな
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