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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第32章 逃げる者と追う者

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変化の知らせ

 ユウたち4人がレラの町へやって来てから数日間が過ぎた。ルパートの若干の懸念をよそにフランシス商会レラ支店での滞在は平穏である。初日以降も町の中に外にとヴィアンは他の3人を連れて巡った。


 しかし、それも最初の3日で終わる。さすがに見るべき所がなくなったからだ。こうなるとヴィアンはレラ支店の部屋に居続けるしかないわけだが、そこでユウに命じる。


「ユウ、早く自伝を書いてくれ」


「ええ!?」


 突然仕事の範囲外で指示を受けたユウは呆然とした。実は今まで書いた自伝をルパート共々読んでもらって好評だったのだが、まさかそれがこんな形で跳ね返ってくると思わなかったのだ。正直な気持ちとしては嬉しいが何か違う。


 それでも普段から書き進めていることもあってユウは指示に従った。他の3人が室内で暇潰しをしている最中にユウはペンを走らせる。


 こうなるとトリスタンも最初から読みたいと言ってくるようになった。どうやら2人の雰囲気に当てられたらしい。せっかくなので相棒に今まで書いた羊皮紙をすべて渡した。これで前の評価を覆してくれたらと密かに願う。


 気付けば客室の中は筆者と読者が同居する空間に様変わりした。机に向かってひたすら自伝を書くユウと、できあがった羊皮紙を回し読みする読者たちだ。


 ルパートの思惑が思わぬ形で実現した潜伏生活だが、その変化は1週間後の夜に訪れた。夕食後、支店長ロイドから応接室へ移動するよう願われたのだ。


 廊下を歩いている途中、トリスタンが背伸びをする。


「滞在期限の10日まで後3日かぁ。結局半分以上は引きこもっていたな」


「そうだな。ルパートの思惑通りになったわけだ」


「最初の3日で町全体を巡られては、とても思惑通りとは言えませんぞ」


「でも、この時期に呼び出されるっていうことは、アドヴェントの町へ帰るときの相談かな? 荷馬車を用意してもらうんだったらそろそろの時期だしね」


 小首を傾げたユウが応接室での話題を推測した。ルパートから目を逸らしていたヴィアンが食い付く。


「恐らくそうだろうな。荷馬車の準備が始まったのだろう」


「依頼書を受け取るには良い時期だしね」


 先頭を歩くユウが応接室の扉の前に立った。軽く叩いて入室の許可を得ると扉を開ける。中に入ると既に座っていた支店長ロイドが立ち上がってヴィアンに一礼した。


 背後にユウ、トリスタン、ルパートを立たせたヴィアンが支店長ロイドの正面に座る。


「今ここに来る途中で皆と何の話をするのか予想していたんだ」


「ほう、どのような話だと思われたのでしょう?」


「アドヴェントの町に帰るための荷馬車に関する話だという意見で一致した」


「確かにそろそろ頃合いですな。何もなければその通りでしたが」


「なに?」


「これは、アドヴェント支店から来た隊商が携えていた書状です。家臣の方から託されたとのことですので、私は読んでおりません」


 4人の表情から笑顔が消えた。ヴィアンがロイドから書状を受け取ると開いて読む。背後の3人は緊張して待った。しばらくしてヴィアンがため息をつく。


「ルパート、お前も読め」


「はっ。それでは」


 この時点で嫌な感じがしたユウとトリスタンは不安そうな表情を顔に浮かべた。その予感はルパートの表情が硬くなることで確信に変わる。


 2人の様子をじっと見つめていた支店長ロイドがヴィアンに声をかける。


「差し支えなければ、聞いてもよろしいですか?」


「私に関して言えば、ここからトレジャーの町に戻ることになった」


「元はトレジャーの町にいらっしゃったのですか」


「身を寄せていたというのが正しいな。それで、トレジャー辺境伯からおおよその準備が完了したので戻ってくるようにとの要請がアドヴェントの町の家臣に届いたそうだ」


 応接室にいる者の中でヴィアンの言葉に驚いた者はいなかった。ルパート以外であってもヴィアンの元の地位を考えると納得できたのだ。


 一拍置いた支店長ロイドがヴィアンへ更に尋ねる。


「それで、お連れの方はどうされるのですか?」


「トレジャーの町、正確にはフランシス商会の本店までは一緒で、その後アドヴェントの町へ戻ることになる」


「ということは、隊商もそちらに向けて用意する必要がありますね」


「ああ、頼んだぞ」


「お安いご用です。トレジャーの町とのやり取りは盛んですから融通は利かせやすいのですよ。他にご用命はありますか?」


「今はない。まぁしかし、こうなったのなら、いっそ馬に乗ってさっさとトレジャーの町まで行きたいものだな」


「次の隊商は軍馬を連れていきますよ」


「はは、それはいい。いっそ借りたいくらいだ」


「あーそうなると、僕は置いてけぼりですね」


 弱々しい声で発言したユウに全員が注目した。ユウはますます小さくなる。


「なんだ、ユウ。お前は馬に乗れないのか」


「荷馬車を動かすのならできるんですけれどね。馬に直接は」


「トリスタンは乗れるのか?」


「俺は乗れるよ。ただ、冒険者が馬に乗れないのは普通だぞ。ほとんど貧民出身だからな」


「そうか、そうだったな。ユウなら乗れて当然だと思っていた。トリスタンの方が珍しいのか。そうなると、やはり隊商に同行するしかないな」


「ヴィアン様、提案があります。この機にユウに乗馬を教えてはいかがでしょうか?」


 真面目な様子のルパートの発言に全員が注目した。ヴィアンが怪訝そうに尋ねる。


「何か意図があるのか?」


「この書状の通り事を進めるのでしたら、トレジャーの町からアドヴェントの町へ入るときには目立つ必要があります。そうなると、荷馬車よりも軍馬に乗って向かった方が適切かと思われます」


「なるほどな。それは悪くない。ロイド支店長、早速だが、頼みごとができた。トレジャーの町に同行する軍馬でユウの騎乗訓練をしたいのだが、構わないか?」


「それは、まぁ、構いませんが。そもそもユウはどの程度馬に乗れるのです?」


「僕はまったく乗れないです」


 当人の返事を聞いた他の4人がわずかな間黙った。ユウは居心地が悪くなる。


「わかりました。でしたら、明日から残りの滞在期間でとりあえず乗れるように訓練しましょう。そうでないと隊商の移動中にとても訓練などできませんから」


「それは良い考えだな。ルパート、教えてやれ」


「待った。ユウの面倒は俺が見るよ。俺も騎乗経験はあるからな。ルパートはヴィアンの警護があるからそっちについてくれ」


「なるほど、その通りだ」


「隊商が街道を移動中にする訓練も俺がやるぞ」


 トリスタンが宣言したことにより、ユウの騎乗訓練が確定した。ヴィアン、ルパート、ロイドが満足そうにうなずいているのに対して、ユウは若干不安そうだ。


 そんなユウをトリスタンが自信ありげに励ました。




 客室に戻った4人は真面目な雰囲気のまま椅子や寝台に座った。その中でヴィアンが最初に口を開く。


「さて、ロイド支店長の手前では言えなかったことを今から2人に説明しよう。私がトレジャー辺境伯からの要請でトレジャーの町に戻ることはさっき話をした。そして、ルパート、ユウ、トリスタンの3人はそのままアドヴェントの町に戻るとも。では、なぜか?」


 そこからヴィアンは書状に書かれていたことをユウとトリスタンに伝えた。


 今回の2人に対する依頼は暗殺者の魔の手からヴィアンを守るためのものである。それは今のところ成功しているが、ヴィアン側としては今後も安心して本来の目的へと邁進するためには現在姿を見せない暗殺者を排除する必要があった。書状にはその方法が書かれていたのだ。


 アドヴェントの町に滞在するヴィアンの家臣の見立てでは、影武者暗殺後、暗殺者は町の中に潜んでいるという。というのも、実は1度家臣の1人が誘拐されかかったのだ。本当に偶然のいたずらでその目論見は回避できたわけだが、この事実をもって暗殺者は未だにヴィアンが町のどこかに隠れ潜んでいると考えていることがわかった。


 しかし、家臣たちがトレジャーの町へと移れば当然追跡してくる。今後のためにもこれは避けたいので家臣たちはアドヴェントの町で勝負に出ることにしたのだ。トレジャーの町で再び影武者を用意し、ルパートと冒険者で今度は暗殺者を返り討ちにするのである。


「と、いうことだ。ルパートが軍馬に乗って派手にアドヴェントの町へ帰ろうと提案したのもこのためなのだ」


「まさか暗殺者と直接対決するなんて思わなかったなぁ」


「一瞬も気を抜けないじゃないか」


 まさかの事情にユウとトリスタンは頭を抱えた。今までとは違っていきなり矢面に立たされることになったのだ。もちろん暗殺者と対決することは想定していたが、これほど積極的にぶつかっていくことは想定していなかったのである。


 危険な役目に2人はため息をついた。

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