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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第32章 逃げる者と追う者

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何かと縁のある街道

 アドヴェントの町を出発する当日となった。4人は二の刻よりもずっと早く目を覚ます。この時間だといくら夏でもまだ日の出まで時間があった。


 まだ暗い中、備え付けの蝋燭(ろうそく)をどうにか点けてわずかな視界を確保する。


「トリスタン、おはよう」


「おう、朝なのに部屋の中は暑いな。木窓は開けているのか?」


「開けたよ。今は風が吹いていないんだ」


「あーそれでか。先に行ってくるぞ」


 返事を待たずにトリスタンが部屋を出た。先程からたまにしている廊下の足音のひとつにすぐ混じる。


 4人は2人一組で部屋に泊まっているが、いつもと違って今朝は個別に用意を進めている。話すべきことは前日までにすべて済ませており、それでも話したいことがあるのならば宿を出てから歩いている間に話せば良いからだ。


 用を足し、朝食を済ませたユウとトリスタンは背嚢(はいのう)を背負った。少し揺すって調整すると部屋を出る。今日で一旦引き払うので荷物はすべて背中に背負っていた。最後にあらかじめ用意していた先端部分にぼろ布を巻いて油を染み込ませた松明(たいまつ)を手にする。久しぶりに使う道具だ。


 受付カウンターまでやって来るとユウが鍵をカウンターの上に置く。


「ジェナ、それじゃしばらく行ってくるね」


「あんたは出たり入ったり忙しいねぇ。今度はいつ帰って来るんだい?」


「予定では2ヵ月後くらいかな」


「2ヵ月! そんな遠いところへ行くのかい。あたしのことなんて忘れちまいそうだね」


「さすがにそれはないよ」


 大げさに驚く老婆を見たユウは苦笑いした。そうして受付カウンターから離れる。魔物狩りに行く別の冒険者パーティが近づいて来たからだ。そのまま受付ホールの隅に立っているトリスタンの元へ移る。


「二の刻よりも前に起きたのって久しぶりだね」


「ユウはそうなんだよな。俺は夜明けの森に行っていたときに夜の見張り番をしていたから、あんまり違和感がないんだよな」


「ああそうだったね。僕は行けなかったから」


「まぁそう落ち込むなって。そのうち何とかなるから」


「そうだと良いんだけれどな」


 自分の体質のことを思い出したユウは肩を落とした。あちら側の問題は手つかずなので何も解決していない。今のところは大きな影響はないが、呪いのような体質などいつまでも身に纏っていたくない。


 相棒に慰められているユウは誰かが近づいて来ることに気付いた。顔を向けるとアマンダが話しかけてくる。


「朝から元気ないじゃないか」


「大したことではないです。今のところ大きく困っているわけじゃないですから」


「だったらいいんだけどね。若い男が朝からしょげ返ってるのは良くないよ。仕事でまた町を離れるんだろう?」


「そうですよ」


「つまんないことで死ぬんじゃないよ。また帰ってきて泊まっておくれ」


「はい、わかりました」


「元気になったじゃないか。それでいいんだよ」


 話し終えたアマンダは笑顔のまま離れて行った。別の客の対応を始める。


 再びトリスタンと雑談を始めたユウはまたもや近づいて来る足音に気付いた。今度は2つである。


「ユウ、トリスタン、待たせたな!」


「もっと早くに来ると思っていたぞ。寝坊でもしたのか?」


「はっはっは、実はそうなんだ! まさか当日にやらかすとは思わなかった!」


 冗談のつもりで言ったことが事実だと知ったトリスタンがげんなりした表情を浮かべた。隣のルパートが微妙に目を逸らしている。どうも起こせなかったらしい。


 3人が話をしている間に、ユウは松明(たいまつ)の先端を明かり代わりに壁に引っかけられている燭台の蝋燭(ろうそく)へとかざした。しばらくすると炎が松明(たいまつ)へと移る。


「準備出来たよ、行こうか」


 ユウが声をかける3人が反応した。それを見て宿を出る。


 まだほぼ暗闇に包まれた宿屋街の路地には松明(たいまつ)の炎がいくつも揺らめいていた。そのどれもが西側か北側へと向かっている。どの冒険者たちもパーティメンバーと話をしているので全体的に騒がしい。


 4人もその中に交じって西側へと歩いた。宿屋街を抜けると西端の街道に出る。ここからは南側に向かって進んだ。夜明けの森に向かう冒険者パーティとたまに出くわすので微妙に歩きにくい。


 徒歩の集団は見当たらないため街道を歩いていると無人の野を歩いているかのような感じがするが、少し離れた原っぱには篝火(かがりび)の明かりがいくつか見える。その周辺では商売人や人足が動き回っているので出発の準備をしているのがわかった。


 そんな中を歩いているとヴィアンが独りごちる。


「明かりの届かないところは真っ暗だな。森の中でもそうだったが、明かりなしだと一歩も動けんというのは恐ろしいものだ」


「それでも空は白み始めていますから、日の出は近いでしょう。もう少しで周りも見えるようになるはずです」


 ヴィアンの隣を歩くルパートがその言葉を拾って返答した。実際、宿を出た頃よりもわずかに明るい。


 2人が話をした直後、町の中から鐘の音が鳴った。二の刻になったことがわかる。半月前ならこの後すぐに日の出だが、7月半ばの今はもう少し時間がかかるようになっていた。


 その鐘の音を背に4人は止まることなく歩む。周囲は次第に視界が利くようになってきた。松明(たいまつ)の明かりの存在感が徐々に小さくなってゆく。


 明るくなってきた周りに目を向けると街道の周辺は草原で、西側は丘陵が、東側は獣の森が徐々に迫ってきた。森側からはたまに獣が出てくることもあるが、今は姿を見せていない。


 背後から荷馬車が近づいて来る音がした。4人はほぼ同時に立ち止まって振り返る。2台の幌付き荷馬車が連なって街道を南下していた。


 松明(たいまつ)の炎を消したユウは原っぱへと移る。そのまま通り過ぎるのならば徒歩の旅人は邪魔だからだ。他の3人にも促す。


 更に近づいてきた2台の荷馬車は通り過ぎるかと思われたが、ユウたち4人の前で止まった。先頭の荷馬車の御者台に座る壮年の男が声を上げる。


「そこの黒髪の旦那! 名前はなんて言うんだ?」


「ユウです。古鉄槌(オールドハンマー)のリーダーをしています。メンバーはトリスタン1人です」


「そちらの2人は?」


「新人の冒険者ですよ。荷馬車の護衛を経験させたいんです」


「よぉし、合格だ! オレはレジナルド、この小さい隊商の商隊長だ。よろしくな。二手に分かれて乗ってくれ」


「ヴィアンとルパートは先頭の荷馬車、僕とトリスタンは後ろの荷馬車の荷台に乗るよ」


 指示を出したユウに対して3人がうなずいた。そうして荷馬車の背後に回り込む。


 ユウもトリスタンと共に2台目の荷馬車の荷台に乗り込んだ。背中から背嚢(はいのう)を下ろして松明(たいまつ)の棒を引っかける。それから座った。


 全員が乗り込むと荷馬車が動き始めた。その直後に東側から強い日差しが差し込んでくる。日の出だ。周囲が一気に明るくなった。


 大きく息を吐き出したトリスタンが口を開く。


「今の時間だと涼しいよなぁ。これが1日中続いてくれたら言うことはないんだが」


「まぁね。空にはほとんど雲もないし、今日も1日暑くなりそうかな」


「これ、歩きの旅人にはきついよな。この辺りは隠れる場所がないから」


「だから幌付き荷馬車で移動できるのは良いんだよね。風も吹いてくれるし」


「やっぱり旅をするのなら荷馬車に乗らないとな。歩きは避けないと」


 いろんな場所を旅してきた2人の言葉には重みがあった。大体徒歩での旅だとひどいことが多かったのでそれだけでも避けたいと思うところである。


 荷台から後方を眺めるとアドヴェントの町が小さいながらも見えていた。この様子だともうすぐ消えるだろう。


 流れゆく風景を目にしながらユウは考えた。一般的には寂れているとされる西端の街道だが、商売人でもないユウと意外に縁がある。1度目は村で売られたとき、2度目は町を旅立ったとき、3度目は護衛の仕事のとき、そして4度目の今、再びこの街道を通ることになった。何かと縁のある街道だ。


 そうしてそれぞれの時を思い返していたユウはあることに気付く。1度目は両親に売られて奴隷となって借金を背負い、2度目は駆け出しの冒険者でわずかな報酬をもらって仕事をして、3度目は熟練として高い報酬で雇われることになり、そして今回は更に破格の待遇で指名された。


 もちろん回を重ねる毎に危険は大きくなってきているわけだが、それは報酬額が上がれば当然のことである。これが身に過ぎたものになればそこまでとなるのだ。なので、そのことを一旦棚上げにすると、通る度に自分の環境が良くなってきていることが明るい未来を示しているようにユウには思えた。


 この考察は荷馬車に揺られたユウがぼんやりとした頭で考えたものだ。自分の都合の良いように断片的な事実を結びつけたものと自分でも思っている。


 しかしそれでも、ユウにはそんなにおかしな想像ではないように感じられた。

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出世街道!
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