荷馬車の護衛の色々
姿が見えない暗殺者の魔の手から逃れるため、ユウたち4人はアドヴェントの町を離れた。フランシス商会アドヴェント支店にレラの町へ向かう荷馬車を用意してもらい、それを護衛するという名目で西端の街道を出発する。
日の出前後に隊商と合流した4人はそのまま荷台で揺られて南下を始めた。雲がほとんどない青空から降り注ぐ真夏の日差しはとても強いが、荷馬車の幌によって荷台までは届かない。更に荷台には緩やかな風が常に吹き抜けるので涼しかった。
隊商の荷馬車を守る護衛は日中だと荷台に座って周囲を警戒するものだ。魔物、獣、そして盗賊が近づいて来ないかを見張るためである。しかし、西端の街道の場合襲ってくるのは常に獣のみだ。更にはその獣も近づいて来るのは大抵夜である。
ということから、西端の街道を往来する荷馬車の護衛は日中の間手持ち無沙汰になることが多い。その暇を潰すため、大抵はしゃべるかぼんやりするか寝るかのいずれかを選ぶ。
この単調さを楽と捉えるか苦と認識するかで隊商護衛の向き不向きが分かれた。特に西端の街道は片道25日もかかるので、単調さを苦とするならある意味地獄である。
ユウとトリスタンは慣れたものだ。2人が起きていれば雑談をし、片方が寝ていればもう片方はぼんやりと風景を眺める。もしそれに飽きたのならば荷台の上でもできる簡単な鍛錬をこなした。夜の見張り番とは違い、何かしら他のことができるのでかなりましという認識だ。
では、ヴィアンとルパートはどうなのか。それは旅を始めて初日の夕方に判明する。
街道の脇の原っぱに入った荷馬車が停まると人足が飛び出して野営の準備を始めた。同時に護衛である4人も篝火の道具を引っぱり出して設置する。それが終われば周囲の警護か休憩かのどちらかだが、獣が近づいて来ていないことを確認できれば全員が雑談に興じることもできた。
旅の初日であるこのときがそうで、人足が温かい食事を作っている横で話をしている。
「あー、やっと終わったぜ。前にもこの街道を行ったことがあるが、本当に何もないよな」
「そうだね。西方辺境は全体的に開拓中の地方だけれど、ここの辺りは特にそうだから」
背伸びをするトリスタンに対してユウが返答した。出身地域だけあって他の3人よりもこの周辺に詳しい。
一方で、ヴィアンはいつもの元気がなかった。すっかり疲れた様子で感想を漏らす。
「最初は護衛の仕事だと聞いてどんなものかと期待していたが、延々と荷台に座っているだけなのだな。しかも、周囲の見張りといっても何も来ない上に、景色が全然変わらないから眠くなって仕方なかった」
「護衛の仕事なんて何もなければそんなもんだ。で、何もないのが一番なんだよ。俺たちにとっても、雇い主にとっても」
「それはわかっているが、この単調さはどうにかならないのか」
トリスタンの返答にヴィアンは不満そうだ。そんなヴィアンにユウが助言する。
「ルパートも起きていたら何か話せば良いし、あるいは寝たらどうかな。どうせ夜の見張り番をするから寝不足になるんだし」
「話すのも寝るのも限界がある。ルパートとは知った仲だから大抵のことはお互い既知だし、寝るのだってさすがに丸1日というわけにはいかないだろう」
「ぼんやりと外の風景を見るのは」
「見飽きた。他には?」
「僕だったら鍛錬かな。荷台の上は揺れが大きいから細かい作業はできないけれど、体を使った簡単な鍛錬なら一応できるしね」
「ほう、どのようなものだろう」
実演を求められたユウはその場で地面に座ってやってみた。ヴィアンも真似てみたが短時間で限界を迎える。
「なんだこれは!? お前はこれをずっとやっているのか?」
「時々休みながらだよ。さすがに丸1日はできないからね」
「それでも、いや、私には無理だな」
「最初は短時間しかできないよ。何度も続けて少しずつ時間を延ばしていくんだ」
「これをやったら、私は夜の見張り番を担当する自信がなくなってしまう」
「えぇ」
あっさりとくじけたヴィアンにユウは失望の声を上げた。隣でトリスタンが苦笑いしている。ルパートは困ったという表情をしていた。
そのルパートが何かを思い付いたようで、ユウに話しかける。
「ユウ、貴様はあの自伝を書いた羊皮紙を持ってきているか?」
「え? うん、宿の部屋を引き払ったから、荷物は全部持ってきているけれど」
「だったら今まで書いたところまでのものを貸してもらえないだろうか」
「なるほど、それで昼間の暇を潰すわけなんだね」
「おお、それは名案だぞ、ルパート!」
すっかりしょげ返っていたヴィアンが再び元気になった。結構な枚数があるので暇潰しに持ってこいというのは確かだろう。それで1ヵ月近くの暇を潰せるのかというとかなり無理があるが。
そんなことを考えていたユウだったが、ヴィアンの勢いに押されて結局貸すことになった。読んでもらえること自体嬉しいので断れなかったという面も大きい。
こうして数日間の暇潰しを手に入れたヴィアンの顔に生気が蘇った。
数日後、ユウたち4人が護衛する隊商は西端の街道を順調に進んでいた。街道は今までほぼ真南に延びていたが、そろそろ東に向かって傾こうとしている。旅程も3分の1を過ぎようとしていた。
そんなある日の夕方、隊商は正面からやって来た別の荷馬車の集団と出会う。時刻はそろそろ野営時だったこともあり、一緒に野営をすることになった。周囲に人影がなく獣に襲われる危険性がある場所では、何より一緒に集まって対処することが有効なのだ
合計で6台の荷馬車が集まると賑やかになる。野営の準備が終わると護衛の者たちは雑談を始めた。また、商売人も同業者同士で話をしている。
トリスタンとルパートが見張り番をしているときにヴィアンは商売人の様子を眺めていた。それに気付いたユウが声をかける。
「ヴィアン、どうしたの?」
「あそこで商売人同士が話をしているだろう。話し声が聞こえるから耳を傾けていたんだが、たまに商売の話をしているんだなと思ってな」
「しているだろうね。他の雑談も情報収集の場合が多いよ」
「そうなのか。商人や商売人は目ざといと言うが、こういうときでも熱心なんだな」
「どこに儲け話があるかわからないからね。見逃さないようにしているんだ」
「まるで戦争で敵の隙を窺っているみたいだな」
「ある意味そんな感じかな」
「ユウはなかなか詳しいじゃないか」
「元々町の中の商店で少し働いていたのと、旅をしていたときにいろんな商売人と出会ったからね。教えてもらったこともあるんだ」
「ほう、そうなのか」
「ヴィアンって僕の書いたあれを読んだんでしょ。書いてあったはずなんだけれど」
「あ!」
鷹揚に構えていたヴィアンはユウの指摘を受けて余裕を一瞬で失った。そんな様子をユウが笑う。
その後に食事が始まったので2人も皿と匙をもらって食べ始めたが、どちらも一時的に他の荷馬車の護衛と話をした。再び2人が話をするのは交代の直前だ。
見張り番に就いている護衛の1人を目にしたヴィアンがため息をつく。
「これから夜の見張り番なのだよな。ある程度慣れたが、やはり好きにはなれない」
「好きな人なんていないよ。みんな仕方なくやっているだけ」
「だろうな。暇なのに何もできないというのも嫌だが、やはり真っ暗な場所を延々と見ているのが地味にきつい。突然何か現われるのではないかと思うとな」
「この辺りだと野犬なんかが遠吠えをしている声が近いと嫌だよね」
「あれだな! 確かに嫌だ。火を警戒するらしいから私は篝火の近くに立っているぞ」
「それって、暑くない?」
「暑い! だから距離感が難しいんだ」
「冬だと逆に暖かいんだけれどね。今は夏だから」
緩やかな風に吹かれながら肩をすくめたユウはヴィアンと一緒に苦笑した。地味に面倒な話である。
「そうだ、さっき別の荷馬車の護衛から聞いたのだが、他の街道だと護衛の日当は1人銅貨6枚らしいな」
「うん、そうだね。ただし、その仕事は大抵傭兵がしているから、冒険者にはその依頼はまず回ってこないよ」
「どうしてなんだ?」
「傭兵は対人戦の戦い、冒険者は対魔物の戦いという暗黙の線引きがあるからだよ」
「知らなかったな。では、どうしてここの街道では冒険者が荷馬車の護衛をできるんだ?」
「現われる敵は獣ばかりだからだよ。他の街道だと盗賊の方が多いからかな」
「なるほどな。棲み分けがあるのか」
説明を聞いたヴィアンが感心しながらうなずいた。そのとき、ちょうど交代の号令を耳にする。
話を終えたユウはトリスタンに近づいた。異常なしという報告を聞いてから警備に就く。目の前の風景はほぼ闇一色だ。
涼しい風を心の拠り所にユウはじっと前方を眺めた。




