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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第32章 逃げる者と追う者

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1人で過ごす日

 夜明けの森の奥へと活動範囲を広げることが決まった翌日、ユウたち4人は二の刻に目覚めた。すぐに日が出てきて周囲が明るくなる中、朝の準備に追われる。


 この日はその準備が終わり次第、全員がすぐに宿を出発した。雨が降る中、宿屋街の路地を進む。途中でユウだけ別れ、宿屋『乙女の微睡み亭』へと向かった。


 中途半端に濡れたユウが宿内に入ってくるとベッキーが声をかけてくる。


「今日は早いじゃないの」


「これからも早くなるかもしれないんだ。もしかしたら、また泊まるかもね」


「泊まるも何も、部屋はずっと借りっぱなしでしょ。泊まらない方がおかしいわ」


 正論を返されたユウは苦笑いした。その場でベッキーと別れると受付カウンターの前に立つ。奥に座るのはいつもの老婆ではない。


「今朝はジェナじゃないんですね」


「体の調子が悪いらしいのよ。もう歳だもんねぇ。はい、部屋の鍵だよ」


 女主人のアマンダから鍵を受け取ったユウは受付カウンターから離れた。廊下を歩いてまっすぐ借りている部屋へと移る。


 部屋の中に入ったユウは木窓を開けて日差しを確保した。それからチュニックを脱いで上半身裸になる。中途半端とはいえ濡れているので書き物をするときは邪魔なのだ。手拭いを取り出すと湿った体を拭く。もう7月なのでこのままでも寒くない。


 そのまま椅子に座ったユウは羊皮紙とペンとインクを取り出して書き始めた。今日は昨日中途半端に終わった部分からである。


 書いている最中に休むことがたまにあるが、そんなときは夜明けの森に入った3人のことを考えた。今日の活動範囲であの3人が後れを取るとは思っていないが、それでもうまくやれているだろうかという思いが湧いてくる。やれていなければ不安だが、やれていると疎外感があるという実に面倒な感情だ。実に厄介である。


 ある程度腕を休めるとユウは再びペンを手に取って書き始めた。書いている間はそういった感情を忘れられる。


 丸1日書き続けたユウは六の刻の鐘が鳴るのを耳にした。予定ではそろそろあの3人が戻ってくる頃である。もう少しで2枚目の羊皮紙に書き終わるので続けて書くことにした。


 それも終わってペンを置いたユウは首を傾げる。まだ相棒がやって来ない。遅いと思っていると扉が開いた。顔を向けるとトリスタンが入ってくる。


「遅かったね」


「途中、砂時計をひっくり返すのを忘れていたんだ。その分だけずれたんだと思う」


「たまにあるよね。それで、どうだった?」


「何も問題なく行けたな。大体鐘2回分くらい進み続けたんだが、ユウと2人で行ったときとは魔物に襲われる回数がまるで違ったぞ」


「あー、うん。そうだろうね」


「戦った回数はユウを入れて4人で活動していたときの方が圧倒的に多かったな」


「ということは、明日はいよいよ一晩野営をするんだ」


「そうなるな。あの襲撃頻度なら他のパーティと同じところまで行けるんじゃないかなぁ」


「僕もそう思う」


 相棒の言葉にユウはすべてうなずいた。自分に問題があるとわかってからは予想できたことばかりである。悲しいが仕方ない。


 複雑な心境を抱えつつもユウはトリスタンと共に部屋を出る。この後ヴィアンとルパートの2人と合流して直接話を聞くことにした。




 翌朝もユウたち4人は二の刻に起きた。朝の準備を済ませて一晩だけ泊まった宿を出る。今日の天気は久しぶりに良い。空がほとんど青いのだ。


 夏の到来を確信させる天気だが、朝の間はまだ涼しい。その間にユウは他の3人と宿屋街の路地で別れる。


「それじゃ、みんな気を付けてね」


「おう、任せろ! 明日の夕方にいつも通りな!」


 トリスタンを先頭にヴィアンとルパートが夜明けの森へと去って行くと、ユウは昨日と同じように宿屋『乙女の微睡み亭』へと向かう。特に指示がない限りは待機だからだ。しかし、今日はルパートから手紙を託されているので三の刻になれば冒険者ギルド城外支所へと出向くことになっている。


 昨日とほとんど変化のない1日を送ることになったユウだが、夕食についてはいつもと違った。トリスタンたちは森で1泊するので夕食も1人なのである。


 ここでどうしたものかとユウは考えた。依頼を引き受けてからは毎日酒場を変えて食事をしていたが、今は1人である。ならば、いつもの店に行っても良いのではないかと思ったのだ。正直なところ、日替わりで入る店で満足できるところは少なかったのである。


 迷いはしたものの、ユウは酒場『昼間の飲兵衛亭』へと向かった。安酒場街に入って路地を歩いていると、あと少しというところで声をかけられる。


「ユウじゃねぇか! お~い!」


「クリフ、エディも?」


「最近顔を見ていなかったな。これから晩メシなんだが、一緒にどうだ?」


「行くよ」


 思わぬ誘いを受けたユウはパーティリーダーの2人の誘いを受けた。胸中の寂しさが消えてなくなっていく。


 行きつけの店である酒場『昼間の飲兵衛亭』へと入るとユウたちはひとつだけ空いていたテーブル席に座った。3人揃って給仕女に料理と酒を注文する。注文の品を待っている間、雑談を再開した。


 クリフが真っ先にユウへと話しかける。


「ユウ、お前って最近何をしてるんだ?」


「新人冒険者の面倒を見ているんだ」


「へぇ、珍しいことやってんな。アーロンみたいな引率ってやつか?」


「そうだよ。最近はよくやるようになってきたんだ」


「大変だなぁ。冒険者ギルドから依頼でもされたのか?」


「違うよ。たまたま話す機会があって、あんまりにも右も左もわからないように見えたから、しばらく面倒を見ることになったんだ」


「物好きだなぁ、お前」


 給仕女が運んできた木製のジョッキを手にしたクリフが呆れた。基本的に自己責任の世界なのでユウのように赤の他人を助ける冒険者はほとんどいない。いても圧倒的に少数派だ。


 その会話に反応したエディがエールで口を湿らせてからしゃべる。


「新人で思い出したんだが、最近珍しい新人の冒険者がいるって聞いたことがあるんだ」


「なんだよ、それ?」


「町の中から出てきたヤツなんだが、何でも最近没落した貴族の関係者らしい」


「いくら没落した貴族でも、オレらのところまで落ちてくるヤツなんているのか? 財産没収されて町を追放されたヤツならわからんでもないが」


「それに近いらしいぞ」


「マジかよ」


「魔物の間引き期間になんか貧民街で大捕物があったらしいんだが、町の中でも似たようなことが起きてたらしいんだ。そのときに罰せられた貴族なんだと」


「う~ん、信じていいのか悪いのか、わからんなぁ」


 給仕女が並べる料理には目もくれず、クリフは木製のジョッキを傾けた。去ろうとする給仕女を呼び止めて代わりを2つ注文する。


 ユウは料理と酒を口にしながらクリフとエディの話を慎重に聞いていた。自分が話したときは可能な限りぼかしたが、目の前の2人がしゃべっていた内容も中途半端に話の輪郭がぼけていて良い感じになっていることに安心する。


「エディ、その町から出てきた冒険者の話ってよく聞くの?」


「いや、この前知り合いから聞いたのが初めてだな。それ以外は聞かないが、どうした?」


「今初めて聞く話だから有名なのかなって思ったんだ」


 首を傾げるエディの感じからしてあまり広がっていない噂のようだ。クリフも知らなかったみたいなので、町の外で活動を始めて2週間が過ぎた割には目立っていないと考えられる。


 あまりこの件を掘り下げるのはよくないとユウは考えた。そこで話題を逸らすことにする。


「クリフ、最近の夜明けの森って魔物はよく出るのかな?」


「え、お前、全然入ってねぇのか?」


「最近は日帰りなんかで入るようにはしているんだけれど、ほら、僕って魔物を引き寄せる体質だから」


「あーあー、そんなこと言ってたな! そうか普通の状態がわかんねぇのか。間引きが終わったから落ち着いてるぞ。今のところ突発で大量に出てくることはねぇな」


 思い出しながらしゃべるクリフの話を聞いてユウは安心した。これで森で活動している3人が不測の事態に襲われる可能性が低いことがわかったからだ。


 そんなユウに対してエディが疑問を投げかけてくる。


「ユウ、さっきお前って新人の面倒を見てるって言ってなかったか? その体質でできるのか?」


「最初は森の浅い場所で僕の体質を利用して魔物を誘うんだ。それで慣れたらトリスタンに奥の方へ引率してもらう形にしているよ」


「トリスタン、ああ、パーティメンバーだったな。なるほど、そうやってるのか」


 返答を聞いたエディが面白そうに笑った。厄介な体質も使い方次第かと独りごちている。


 3人は近況を語りつつも噂を交換し、料理と酒を口にした。誰もが楽しげである。


 この日の夕食はいつもよりも長めに続いた。

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